No.1046 空の景色
「秋は夕暮れ。夕日のさして山の端いと近うなりたるに、烏の寝所へ行くとて、三つ四つ、二つ三つなど飛び急ぐさへあはれなり。まいて、雁などのつらねたるが、いと小さく見ゆるは、いとをかし。日入り果てて、風の音、虫の音など、はた言ふべきにあらず。」『枕草子』「春はあけぼの」秋の段
昨日、午後5時15分に散歩をしに家を出ました。胸に、チョコの写真の入ったネーム入れをぶら下げて…。太陽は山の向こうに沈み、夕焼けがうっすらと掛かっていました。
団地から外の通りに出ようとしたとき、急に空から声がしました。
「カァー、カァー、カァー…。」
50羽ほどのカラスが、ほぼ西に向かって、群れることなく、三々五々、好き勝手に飛んで行きます。「♪可愛い七つの子」のいるねぐらに向っているのでしょうか?中には、激しくつつき合い喧嘩しながら飛んで行く2羽のカラスもいました。若者たちの風情です。
ひとしきり鳴いて飛んで行ったかと思うと、また別のカラスたちが、これも50羽ほどが声を上げながら東側の裏山から現れ、これまためいめい勝手に日の沈む方に向かって飛んで行きました。清少納言の書き残した空の風景よりもずいぶん賑やかでした。
今頃は、虫の音もしません。昔は、7月~9月の頃を「秋」と認識していたようですから、現在とは少しだけ季節感にずれがあるようです。私は3kmほど歩いて、午後6時に帰宅しました。大分県在住なので雁の姿はありません。
その雁は、鴨より大きく白鳥よりも小さい渡り鳥で、9月末頃から日本にやってきます。10月8日~12日の頃を「雁鴻来(こうがんきたる)」と言いますが、越冬のために北から雁が渡ってくる謂いだそうです。
日本では、北海道や宮城県や福島県、新潟県などが雁の飛来地として有名だと言われています。雁は、ロシアからはるばる日本にやってきます。その飛行距離は4,000kmにもなるそうです。中には長旅に疲れ命を落とすものもいるでしょう。深代惇郎は、コラム「雁風呂」(朝日新聞「天声人語」1973年9月16日記事)で、日本人と雁の関係について格調高く書いています。
とはいえ、雁たちは、これだけの長距離移動を可能にするためにV字編隊を編み出したと言われています。羽を上下させて飛ぶ時に上昇気流が生まれ、斜め後ろにズラリと並んで飛ぶ鳥たちがこの上昇気流に乗ると、浮力が発生するのだそうです。生き物の知恵ってスゴイですね。
当然、先頭はかなり体力を使うため、同じ雁が長い間担当することはなく、交代しながら旅をします。『ニルスのふしぎな旅』(1906年)の女性リーダー・アッカ隊長も時には部下に先頭を任せながら、旅をしたのでしょう。
西暦1,000年前後の頃に書かれた『枕草子』ですが、「春はあけぼの」の秋のシーンで、清少納言は、自由でバラバラに見えるカラスと、一糸乱れぬ統率力ある雁の群れを近景と遠景に対照的に描いてもいるようです。なにげない一文の中に秘めた彼女の視点の鋭さに驚かされます。
そんな秋ですが、いよいよ深まってきましたね。
※画像は、クリエイター・まりゆすさんの、タイトル「隊列を組んだ雁」の1葉をかたじけなくしました。お礼申し上げます。