解離概念の整理
※心理臨床学会用に調べた資料です。当日は事例の前に発表したものです。
はじめに
現在、臨床心理学あるいは精神医学において、解離という用語は多義的でともすれば混乱したものとなっています。簡単に整理すると、次のような四つの意味で解離という言葉は使われていると考えられます。
診断名としての解離
症状名としての解離
防衛として解離
心的活動あるいはプロセスとしての解離
これを順番に見ていくことにしましょう。
診断名としての解離
まずは診断名としての解離です。歴史的には、解離はヒステリーと呼ばれる広範な神経症カテゴリーの中の一つとして扱われていました。そのため、神経症をまさに葬ろうとした操作的診断基準と解離は、極めて相性が悪いものといえます。
DSM-5では、解離症群の特徴は「意識、記憶、同一性、情動、知覚、身体表象、運動制御、行動の正常な統合における破綻およびまたは不連続である」と定義されており、その症状に基づいて解離性同一性障害、解離性健忘、離人感・現実感消失障害に分かれています。
症状としての解離
次に症状としての解離を見ます。まず解離症内を見ると、本来ないものが生じてくる陽性症状と、本来あるべきものが消失する陰性症状に分かれると記載されています。これはヒステリー症状を偶発的なものによって生じるアクシデントと、本質的なスティグマータに区分したジャネの観察に近いものになっています。しかしこの区分においては、離人や現実感消失が陽性症状に含まれるなど、やや不明瞭であることも指摘されています。
そして解離症状は、DSMにおいてさまざまなカテゴリーにも登場しています。代表的なのはPTSD・ASDの診断基準のB3であるフラッシュバックですが、その他の侵入症状も解離症状に含めるべきであるという意見もあります。また、身体表現性障害にある転換症状は、いわゆる身体表現性の解離症状としてみなされていたものであり、解離症状が併存することが多いと記載されています。そして、解離性の幻聴をはじめ解離症状は精神病エピソードとして体感されることは珍しくなく、時に統合失調症の診断基準を満たすものであることにも注意が必要です。同様の指摘は境界性人格障害にも行われています。
このように異なる診断カテゴリーの中に症状としての解離があることを知ることは、例えば精神科通院歴のあるクライアントの病名から解離症状の可能性を推察することに役立つものとなります。診断基準に基づいて正確な病名が与えられることは、支援の第一歩です。しかしこうやって症状を見るのであれば、解離はさまざまな診断の中に横断的に存在するものであり、その支援においてはその背景にある心理的側面に注目していくことが必要であると思われます。
防衛としての解離
その心理的側面として、まず防衛としての解離をみる見方を取り上げます。まず解離は防衛機制の一つとして扱われることがあります。こうした防衛機制として解離をみる見方はサリヴァンの「選択的不注意」として解離をみる見方に代表されます。
しかしここで注意しなくてはならないのは、防衛機制という考え自体がフロイトに由来するものであるということです。すなわち、たとえ無意識における働きだとしても、防衛機制として解離を見るときには、そこに自我の能動的な働きを前提としているのです。いうならば、無意識的に自身にとって都合の悪い事柄がそこに含まれており、それを解離によって防衛しているのだ、という見方なのです。このサリヴァンの説明は、たとえば遁走や一部の健忘、あるいは転換性障害といった解離症状の背景にストレス因が存在することを見るときによく当てはまることがあると思われます。
しかしトラウマ臨床における解離症状、とりわけフラッシュバックといった症状を考えるのであれば、この説明には強い違和感を抱くことになるでしょう。そこで起こる現象は、トラウマ臨床においては解離的防衛と呼ばれ、凍りつき(フリーズ)として理解されるものとなります。これは確かに生命維持のために役立つものであるかもしれませんが、熱いものに触れたときに手を引っ込めるというような、反射的な防衛に近いものです。いうならば、それは意識的にも無意識的にも自我に受動的に生じるものであり、防衛機制としての解離とは異なる見方です。
ただその一方で、「凍りつき」タイプとしてこの解離的防衛を長期間用いる人の中には、孤立の中で満足しているように見える人も存在しています。このタイプは、(本当は真の孤独の苦痛を感じているにも関わらず)ともすればそれを自ら望んでいるように捉えられてしまうことがあるかもしれません。
このように、防衛として解離を捉える見方は、防衛機制としての解離もあるいは解離的防衛としても、それぞれ一部の解離症状を説明するように見えるものの、それに当てはまらない症状や臨床像もまた存在していると言えます。両者とも解離は意識においては受動的に生じるものであると体験されるという点は共通しているものの、防衛機制としての解離は無意識においては能動的な働きがあると捉え、一方で解離的防衛は無意識においても受動的に生じると捉えているのです。
心的活動あるいはプロセスとしての解離
フロイトとジャネのヒステリー理解
これらを最後に、心的活動あるいはプロセスとして解離を考えることで整理していきましょう。まず、解離症状の元となったヒステリーの概念の歴史を辿ると、そこには二つの見方があることに気づきます。まず、フロイトによるヒステリー理解です。フロイトはヒステリーの発生において、無意識における意思の働きによって生じる抑圧の役割を強調しました。意識の分割である解離も、あくまで抑圧の働きによって生じるものである、と考えたのです。このフロイトの視点は、防衛機制としての解離、すなわち無意識的には能動的に解離は生じるという見方に受け継がれたということができます。
もう一つが、ジャネによるヒステリー理解です。ジャネはヒステリーの理解にこの解離の概念を持ち込んだ張本人なのですが、フロイトと異なりヒステリーは意識の高次機能の崩壊(統合不全)によって意識野が狭窄することによって生じると考えたのです。このジャネの視点は長らく忘れられていましたが、トラウマ臨床の中で再注目されることになり、解離的防衛、すなわち無意識的にも受動的に解離は生じるという見方に受け継がれたということができるでしょう。いわばルーツとして、解離はフロイトとジャネという二つの源流を持っており、それぞれ無意識における能動と受動という全く異なるモーメントがそこには想定されていたと言えるのです。
解離にある二つのサブタイプ:離隔と水密区画化
現在の多くの理論家や治療者も、解離には二つのサブタイプがあると述べています。Holmesら(2004)は理論と実証的研究を整理し、これを「離隔(detachment)」と「水密区画化(compartmentalization)」と整理しました。
離隔とは、それを体験するときに「ぼーっとしている」「ぼんやりしている」「夢の中にいる」と報告されるようなものであり、自己や世界からの分離感を特徴とする意識の変容状態であると定義されています。この症状は強い恐怖、すなわちトラウマから生じ、時に環境または個人的な誘因によって慢性的または再発性の症状に発展することがあります。
離隔はまず、トラウマ体験時の感覚そのもの、すなわち周トラウマ期解離と呼ばれるもののフラッシュバックであるかもしれません。または、フラッシュバックによって生じる強力な情動体験への現在のリアクションとして生じるものかもしれません。あるいは、フラッシュバックそのものが現実から切り離された感覚を特徴とする意識変容という点で極端な離隔の一種であるとも言えます。この離隔はまさに熱いものに触れたときに生じる反射的なものとして、意識にも無意識にも受動的に引き起こされるものであると捉えることができます。
一方で「水密区画化」とは、通常であれば制御できるはずの行動や認知過程を意図的に制御できないことを特徴とすると定義されています。水密区画化されたプロセスや情報は、能動的にアクセスできないものですが、認知システム内にそのまま残っています。そのためそれは、その元となった事柄と結びつけられることなく、現在進行中の情動、認知、行動に影響を与え続けてしまうのです。
離隔と異なる点としては、水密区画化では機能そのものは維持されていると考えられていることです。つまり水密区画化はあくまで意識における制御系の問題であり、意識にとっては受動的に引き起こされるものですが、無意識的な自我の能動的な関与を想定することが可能なものとなっています。
この二つが異なる形で解離症状に関わるものであることは、健忘のプロセスとその治療を例に取ることでわかりやすくなります。例えば水密区画化によって引き起こされる解離性健忘とは、通常なら思い出せるはずの記憶の想起が妨げられている状態です。意識的努力でそれを思い出すことは困難ですが、その想起を無意識の領域で妨げている心的葛藤の問題を力動的心理療法や催眠療法によって解決することで、その健忘は回復する可能性があります。
一方で同じ健忘でも、トラウマ体験時の出来事が想起できなかったり、あるいは通常の記憶とは異なった断片的なものとなっている例がみられます。こうした健忘あるいは想起不全は、心的葛藤というよりもトラウマ体験の衝撃そのものによって生じた離隔、つまり周トラウマ期解離によって生じるものであると考えられます。すなわち離隔の作用により、その時点で通常の出来事に行われるような符号化が生じないために、通常意識を維持したまま使用可能な記憶情報として存在しないのです。そのためのこの想起不全は、PEやEMDRといったトラウマ処理における再符号化を経ることがないのであれば、解消しないのです。このように同じ健忘という解離の症状においても、離隔と水密区画化という、それぞれ異なった心的活動およびプロセスが存在している可能性があるのです。
このように離隔と水密区画化は別々のシステムと考えられますが、その間には相関関係があると考えられます。どちらかのシステムがほとんど目立たない場合もある一方で、一般的には片方が重症であるときにはもう片方も重症となります。この関係について、Holmesら(2004)はこの両者の関係を身長と体重の関係のようなものである、と述べています。
以上を単純化すると、解離症状は意識的には受動的に引き起こされるものであったとしても、心的活動あるいはプロセスとしては受動と能動の二つのモーメントがその背景に働いているのではないか、ということになります。この二つのモーメントが相関しながら働くことにより、複雑な解離症状が発展していくと考えることができます。その代表例が、PTSDから解離性同一性障害までの連続的な外傷関連障害スペクトラムとなります。
ハイブリッド・モデルとしての構造的解離
解離における受動と能動の二つのモーメントが絡み合いながら症状が発展していくということについては、van der Hartらによる「構造的解離」はこの関係をよく説明します(van der Hart, Nijenhuis, & Steele, 2006).。
まずトラウマ体験は強い衝撃と強烈な情動を自我にもたらし、そこで離隔の作用によって、一次構造的解離として日常生活を送り外傷記憶を回避しているANP(あたかも正常に見える人格部分)とトラウマ体験を受けたときに活性化した活動システムに固着したEP(情動的な人格部分)が作り出されます。この分割は、意識的にも無意識的にも自我にとっては完全に受動的に生じるものです。EPが持つ激越な(vehement)感情はその活性化によってANPを機能不全とするものであり、それぞれがフラッシュバックや離人感などの離隔の症状として体験されることになります。
さらに幼少期に慢性的な外傷を体験したり、あるいは外傷がより深刻であったり長期間に及ぶ場合、二次構造的解離としてEPの分裂が生じることになります。このEPの分割は防衛の失敗として生じるものであり、とりわけ経験するEPと観察するEPの分離が主なものであることは注目に値します。これはあまりにもトラウマ体験の侵入が苦痛であるためにそれを切り離すということであり、離隔によって分割された自我が、それでも環境に適応しようとして生じるものだからです。つまりここには、受動的なモーメントだけでなく、能動的なモーメントも存在すると言うことができるのです。さらに三次構造的解離となると、日常生活の破綻に対処するためにANPの分割も生じ、離隔と水密区画化の双方が高度に発達した本格的な解離性同一性障害の状態となると考えることができます。
以上を整理すると、心的活動あるいはプロセスとしての解離には二つのサブタイプが存在しており、それぞれ無意識における受動と能動という異なったモーメントによって特徴づけられる、ということができるのではないでしょうか。トラウマ関連疾患における解離症状はこの両者が絡み合って生じるものとして理解することが可能であり、その治療においてもこの両側面からのアプローチが必要であると考えられます。
参考文献
Holmes , E. A., Brown , R. J., Mansell , W., Fearon , R. P., Hunter , E. C., Frasquilho , F., & Oakley , D. A. (2005). Are there two qualitatively distinct forms of dissociation? A review and some clinical implications. Clinical Psychology Review, 25(1): 1–23.
van der Hart, O., Nijenhuis, E., Steele, K. (2006). The Haunted Self:Structural Dissociation and the Treatment of Chronic Traumatization. Norton, New York, 〔野間俊一,岡野憲一郎監訳:構造的解離:慢性外傷の理解と治 療上巻(基本概念編).星和書店,東京,2011〕
※補足
Twitterで「PTSDからDIDのスペクトラムに関しては解離だけでなく愛着の問題が入ってくると聞いた」とリアクションをいただいたので補足で完全な私見を述べておきます。
主に虐待的な環境の中で生じる愛着スタイルである無秩序型愛着は、その後の人生でトラウマ後解離が生じるリスクを大きく引き上げると言われています。これは、その愛着システムが生存防衛システムという相反する反応と同時に生じてしまうからであると説明されます。これによってストレス場面において複雑な行動パターンが生じることになるのです。構造的解離の理論においては、この複雑な愛着システムは第一次構造的解離から第二次構造的解離、そして第三次構造的解離への発展に影響すると考えられています。
幼児期に愛着の問題があるということは、非常に強いストレス下においてなんとか生き延びようとした活動システムのパターンが存在しているということになります。上記の説明に則るのであれば、そうしたパターンが存在することにより、ストレス(トラウマ)にさらされて生じた受動的なモーメントに対し、より能動的なモーメントを用いて対処しやすくなってしまっていると言えます。これは主観的な苦痛を軽減することには役立つものとなるかもしれませんが、その一方でより解離の病理を深刻化させていくことにもつながる可能性があるのではないかな、と思います。
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