まや川

臨床心理士・公認心理師による、アカデミック風エッセイ。 比較文化とか宗教学とかやってた過去あり。 今は総合病院の精神科、開業先のお手伝い、あとは講師とかやってます。

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「生きとし生けるものは皆、複雑性PTSDである」:トラウマ臨床への誘い

2022年7月9日に学生さん向けにお話をさせていく機会がありました。今回の記事はその原稿の後半部です。 心理職としてトラウマ臨床を行うやりがいについて感じることについて話していきます。 トラウマとは何なのか? まずは、トラウマとは何か、ということについてです。PTSDの診断基準の中には「実際にまたは危うく死ぬ、重傷を負う、性的暴力を受ける出来事に晒される」と書いてあります。これはトラウマというのが単なる過去にあった嫌なことではなく、重大な心の傷つきであるということを示し

    • イエスという男(短編)

      あまりに長すぎる記事ばっか書いていたため、短い記事が書いていけないような気になっていたが、最近考えていることのメモ代わりに。 僕ら人間は「こうしたい」「ああしたい」という願望を持つ。しかし、常にそうした願望が叶うわけではない。僕はプロ野球選手になれなかったし(そもそも野球部でもなんでもない)、宝くじには当たらないし、ナニモノにもなれない平凡な人生を順調に歩いている。 しかし、時にそれはとてもとても強いものになる。その願いが叶わないと人生が前に進まない、ダメになってしまう、

      • 人権の概念はどう治療的に働くのか:トラウマ臨床と人権②

        ※前回の記事の続きです ※2022年11月のクローズドな勉強会で発表した原稿です。今回転載を快諾いただいたことに感謝いたします。 ※またこれも投げ銭の設定です。無料で最後まで問題なく読むことができます。 人権の概念とトラウマ治療それでは、もう少し突っ込んで人権の概念とトラウマについて考えてみましょう。それは人権の概念と、治療の関係です。 われわれにとって人権擁護は、常に求められています。臨床心理士の倫理綱領の前文には「臨床心理士は基本的人権を尊重し、専門家としての知識と技

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        • 人権の歴史とトラウマの歴史:トラウマ臨床と人権①

          ※2022年11月のクローズドな勉強会で発表した原稿です。今回転載を快諾いただいたことに感謝いたします。 ※またこれも投げ銭の設定です。無料で最後まで問題なく読むことができます。 はじめに普段は精神科で臨床をしていて、合間に開業を手伝いをしたり、講師をしたりしています。ただもともと大学・大学院では哲学や神学といったものを専攻していて、修士課程に入り直して臨床心理士になりました。Twitter(現X)で好き勝手つぶやいていたところ、本日はこのような機会をもらいました。一体何を

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        「生きとし生けるものは皆、複雑性PTSDである」:トラウマ臨床への誘い

          共感的態度はトラウマ治療において効果があるのか?(トラウマにおける「逆転」の取り扱い②)

          ※金額は投げ銭の設定です。全文無料で読めます。 ちょっと前に「トラウマにおける「逆転」の扱い:心理的逆転の概念を手がかりに」という記事を投稿したが、後半部に関してはちょっと好き勝手書きすぎかな?と思っていたので公開せずにして、数人の人に読んでもらっただけにしていた。ただまあこのまま寝かしていても忘れてしまうので、僕にとっては忘備録も兼ねているこのNoteにアップしておこうと思う。 ただし、今読み返しても自分の思考の流れをそのまま書いている感じで、結構尖った内容である。他者

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          共感的態度はトラウマ治療において効果があるのか?(トラウマにおける「逆転」の取り扱い②)

          解離概念の整理

          ※心理臨床学会用に調べた資料です。当日は事例の前に発表したものです。 はじめに現在、臨床心理学あるいは精神医学において、解離という用語は多義的でともすれば混乱したものとなっています。簡単に整理すると、次のような四つの意味で解離という言葉は使われていると考えられます。 診断名としての解離 症状名としての解離 防衛として解離 心的活動あるいはプロセスとしての解離 これを順番に見ていくことにしましょう。 診断名としての解離まずは診断名としての解離です。歴史的には、解離

          解離概念の整理

          『構造的解離』のためのジャネ入門①(かなり専門家向け)

          はじめに『構造的解離』はオノ・ヴァン・デア・ハート、エラート・ナイエンフェイス、キャッシー・スティールによって書かれたThe Haunted Selfの邦訳である。原著は三部構成であり、第一部を野間俊一・岡野憲一郎の両先生の監訳によって出版されている。 しかし上巻と題されて2011年に出されたものの、続巻は現在まで出版されておらず、今後もその見通しはたっていないと聞く。その理由としては様々あるだろうが、第一部が非常にシステマティックに構造的解離の理論が提出されているのに対

          『構造的解離』のためのジャネ入門①(かなり専門家向け)

          トラウマの本質とは何か:自己の物体化と基本的価値観の変化

          上の引用は、大谷彰先生による『マインドフルネス実践講義:マインドフルネス段階的トラウマセラピー(MB-POTT)』の中でトラウマの定義として述べられた部分である。非常に端的に、トラウマ体験が人の心にもたらす影響を表している。 多くの専門家が指摘しており、そしてこのnoteでもたびたび述べてきたように、記述的精神医学をベースとした操作的診断基準はトラウマ概念と極めて相性が悪い。そのため何がトラウマ体験となるかは主観的側面に大きく左右されるにもかかわらず、トラウマの定義をDSM

          トラウマの本質とは何か:自己の物体化と基本的価値観の変化

          トラウマ概念の歴史の簡単なまとめ

          鉄道事故・ヒステリー・フロイト現在のトラウマ・PTSDに連なる症候群が最初に発見されたのは、19世紀半ばのことでした。1866年、イギリス人外科医のジョン・エリクソンの『神経系の鉄道事故および他の原因による障害について』において、鉄道事故の後遺症として生じる精神症状として語られたのが最初です。 エリクソンはあくまで「鉄道脊髄症」という物理的損傷があり、そこに精神的ショックが重なることで発症するモデルを想定していましたが、同僚のハーバード・ペイジは物理的損傷がなくとも精神的シ

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          トラウマ概念の歴史の簡単なまとめ

          トラウマにおける「逆転」の扱い:心理的逆転の概念を手がかりに

          ※金額は投げ銭の設定です。全文無料で読めます。 はじめに心理的援助の中でも、トラウマが背景にある人、とりわけ複雑性PTSDと呼ばれる人たちへの支援は困難を極める。その中の理由の一つとして挙げられるのが、トラウマ治療の中で生じる独特の治療抵抗的な振る舞いである。この振る舞いに対して、TFT(思考場療法)の創始者であるロジャー・キャラハンが論じた心理的逆転(Psychological Reversal)と呼ばれる概念を結びつけることで、それを解消しようという試みがしばしばなされ

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          トラウマにおける「逆転」の扱い:心理的逆転の概念を手がかりに

          心理的援助としての学習支援

          Google Driveを漁っていたら、学習支援をやっていた頃に作った資料が出てきた。多分ほとんど公開していない資料である。供養と記録のためにNoteに乗っけてみる。 しかし5年くらい前に作ったものなので、いろいろ間違っているところがあるかもしれない。またかなり自己流なので、きちんと応用行動分析など勉強している人からするとツッコミどころが満載かもしれない。 駆け出しのころ、それなりに頑張ってやったものである。そういう温かい目線で見ていただければ幸いであるし、誰かの何かのた

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          心理的援助としての学習支援

          「トラウマが背景にある人たち」への心理支援について(3):傾聴とトラウマ

          ※この記事はいわゆる「投げ銭」式となっています。問題なく全文読めますが、最後に課金設定をしておきます。 はじめにもうしばらく前であるが、「トラウマが背景にある人たち」への心理支援についてというタイトルで、(1)支援の基本姿勢、(2)回復の過程と支援のニーズと言う2本の記事を書いた。これらはトラウマが背景にあるクライエントが訪れるものの、さまざまな制約がある現場で働く、若手の心理職の臨床の手助けになればと思って作成した資料に基づく記事である。 ありがたいことに2022年3月

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          「トラウマが背景にある人たち」への心理支援について(3):傾聴とトラウマ

          何がトラウマとなるのか

          ※別の場所で書いていた記事を専門家むけにリライトしたものとなります。 トラウマとは何か「トラウマ」は、もうすでに一般に多く広まった言葉になっている。しかし一般語彙としてのトラウマは、「過去にあった嫌な出来事」ぐらいの使い方をされてしまっている。一方で、臨床心理学/精神医学では強い衝撃によって生じた心の傷のことを「トラウマ」と呼ぶ。 ポイントは、一般語彙としてのトラウマとは、ありとあらゆる出来事がトラウマになりうるものなのであるが、一方で臨床心理学/精神医学においてのトラウ

          何がトラウマとなるのか

          「なんで死んではいけないのか」と問われたとき②

          この記事は「なんで死んではいけないのか」と問われたとき①の続きとなっている。まずは①を読んでからご覧いただければと思う。 自殺に反対するここまで自殺の積極的側面を取り上げ、また中立的立場からそれを評価することをしてきたが、最後にようやく、自殺に反対する意見を少し述べておきたい。前回に述べたように、これは何か特定の証明したい結論があるからというよりも、クライアントをオープンなコミュニケーションの継続という、自殺予防のプロジェクトへの参加へと促すものである。 ヒューマン・プロ

          「なんで死んではいけないのか」と問われたとき②

          「なんで死んではいけないのか」と問われたとき①

          はじめに「なんで死んじゃダメなんですか?」 臨床場面で、こうした問いがセラピストに向けられたとき、どうしたらいいのか。教科書的には、なぜそうした問いが発せられたのか、その意図をクライアントに聞いていくことになる。こうした問いが発せられる背景を見ていく作業そのものに、治療的意味がある。 その一方で、生きる意味や、死んではいけない理由について説明し、説得させるということが目的になることはない。それは臨床心理学の領域を超えるからである。ひたすら傾聴に徹するのもいいだろう。それは

          「なんで死んではいけないのか」と問われたとき①

          自殺に向かう人の心について

          ※別の場所に書いたテキストの転載になります はじめに「なぜ死んではいけないのですか」 臨床場面において、よく問いかけられ、そして答えるのが難しい質問が「なぜ死んではいけないのですか?」というものです。切迫さはそれぞれ異なるものの、こうした疑問を臨床でぶつけられることは珍しいことではありません。この問いは自殺をほのめかすものであることから、私たち臨床家にとっては頭を悩ませるものとなります。 精神科領域において、それに対する代表的な答えは以下のものでしょうか。 「あなたは

          自殺に向かう人の心について