
幼稚園の頃、知らないおばあちゃんの家でスイカを食べさせてもらった話。
「暑いのに、何しとるん?」
幼稚園の年長さんだった頃、家の前に一人で座ってたら、知らないおばあちゃんに声をかけられた。
私が通っていた幼稚園は、月曜から土曜まであって(当時は世の中 週休1日制だった)水曜と土曜は半日授業、それ以外は午後までだった。
夏休みが近づいたその日、通常なら午後までの曜日だったのだけど、何かのイベントで午前中で帰らされてしまったのだ。
幼稚園は、家からだいぶ離れた場所にあったので、幼稚園バスで通っていた。
パンダがプリントされたバスだった。通称「パンダバス」。
3歳の頃、幼馴染のお姉ちゃんが「パンダバス」に乗ってるのを見て「あたしもあのバスにのりたい!」と、この幼稚園に行くことを決めたらしい。
ちなみに、違うルートを走る「バンビバス」「いぬバス」もいた。
なぜ「ねこバス」はなかったんだろう。という余談。
そしてその日、いつも通り、幼馴染の男の子と二人、酒屋さんの前でバスを降りた。
いつもは、私の母と幼馴染の母親が二人で待っているのだけど、その日は彼の母親しかいなかった。
「ともちゃん、ママ来てないけど大丈夫?」とかなんとか聞かれたと思うけど、私は一人で家に歩いて帰った。
(あとから母が「なぜそのまま一緒に連れて帰ってくれなかったのだろう…」とボヤき、今後どちらかがお迎えにいなかった場合は、一旦お互いの家に連れ帰ろう、というルールになったらしい)
家に着いた。分かっていたことだけど、母は家にいなかった。
ちょうどその頃、父が脱サラして会社を始め、母はその手伝いをしていた。
だから「午後のお迎えの時間までは帰ってこないんだろう」ということは理解していた。
まだその頃、家の鍵を持たされていなかった。
だから家に入ることもできず、今みたいに携帯電話もないし、公衆電話の使い方も知らなかったし、仕方なく家の前にいた。
その日は暑い日で、「暑いなあ」と思いながらも、車道と歩道を区切る縁石に腰掛けて石や草を触っていた。
そのうちお母さん帰ってくるし。ぐらいの気持ちで、特に不安も不満もなかった。
どれぐらい時間が経ったのか分からない。
急に知らないおばあちゃんに声をかけられた。
「何してるの?」という問いかけに、多分「ママを待ってる」という話をしたところ、「こんな暑いのに、熱射病になってまうぞ」とおばあちゃんが言った。
(当時は、熱中症ではなく熱射病って言っていたのよね。覚えている人はきっと同世代)
割と平気だけどな…と思っていると、おばあちゃんが「うち、来るか」と言った。
全く知らないおばあちゃんだったけど、私はすんなりついて行った。
おばあちゃんは自転車を引いて、私はその横を歩いた。
5分か10分か歩いたところにおばあちゃんの家はあった。
平屋建ての古いお家だった。
家に入れてもらい、台所の横にある食卓の椅子に座った。
机にはビニール素材のテーブルクロスが敷いてあった。
そこで、麦茶か何かを飲ませてもらった。美味しかった。
今度は「すいか、食べるか」とおばあちゃんが言った。
「うん」と言うと、すいかを切ってくれた。
おばあちゃんの分と、私の分と。
食卓にふたつ、すいかが並んでいた。
「塩かけると、甘くなるで」おばあちゃんは言った。
我が家では、すいかに塩をかける風習はなかったのだけど、なんとなく断るのも悪いかな、とか、一体どんな味になるんだろう、と思い、「うん」と言った。
おばあちゃんが、すいかに塩をかけてくれた。
食べてみると、思ったよりもしょっぱくて「塩はかけない方が好きだな」と思った。
でも「美味しいか?」と聞かれて「美味しい」と答えた。
「そうかそうか」おばあちゃんが嬉しそうで、私も嬉しかった。
おばあちゃんも、自分のすいかに塩をかけて、一緒に食べた。
その後、どういう経緯で母親と連絡がついたのか、迎えに来てもらったのか、自分で帰ったのか、そのあたりの記憶はまったくない。
ただ母親が「ごめんねえ」と謝っていたことと、後日おばあちゃんの家に「菓子折り」を持って行ったことだけは覚えている。
でもその後、おばあちゃんに会うことはなかった。
おばあちゃんの顔も、おばあちゃんの家も、名前も、日々の記憶に埋もれてぼんやり忘れてしまった。
でも、あの日食べた、ちょっとしょっぱいすいかの味はいまだに覚えている。
今も心に残る 遠い遠い、夏の思い出。
おばあちゃん、あのときはありがとう。
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