![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/148157073/rectangle_large_type_2_aa753eb96f37e62524593e3e444610ce.jpeg?width=1200)
Voce Primaverile(春の声)
カズオ・イシグロの『夜想曲集』は私にはほろ苦い小説だ。『夜想曲集』の2つのテーマ「理想と現実」「現実から目をそらす」、あるいは「プライドと選択」。それらは別に遠くの話ではなく、誰の身近にもある話だと思う。
才能があるとかないとか、運がいいとか悪いとか、どんな選択をしたのかとか、人生はいろいろなのだと思う。学生時代の友人の兄であるMさんも芸大の作曲科の卒業で、とても仲良くしてもらい、いろいろな話をしたが、不遇のうちに亡くなってしまった。いまでもMさんには時々電話をかけて話をしている。
下記は、ドロシーが30代の頃に録音した歌。全部で8曲。1997年だからもう25年以上経つのか。"Voce Primaverile”という題はイタリア語として合っているのかどうかはわからないけれでも「春の声」という意味で、私がつけたものだ。
ピアノを弾いているのはレジーナというロシアから来たおばさんで、ところどころ転んでるが、明るいおばさんだった。旦那は絵描きで私も一度会ったけれども、アメリカという国が肌に合わなかったのか、しばらくするとロシアに帰ってしまった。いや、ロシアというのは正しくはない。レジーナは「チェルノブイリが・・・」と言っていたから、彼らはウクライナの人だったのかもしれない。そんなことも分かっていなかった。
レジーナの娘さんのオルガは、ドロシーがいうにはものすごい美人なんだそうだ。残念なことにオルガに会う機会はなかった。オルガは若い頃にロシアで結婚したがうまくいかず、アメリカに来て2度目の結婚をしたという。それをレジーナはとても喜んでいたそうだ。ただ、その後「その結婚もうまく行かなかったのよ」という話を聞いた。レジーナはとてもがっかりしていたという。
録音の方は、出来不出来もあるし、ところどころ「あ~あ」というところもあるかもしれないけれども、私にとってもドロシーにとっても、いろいろな思い出のある歌だ。手前味噌な話だけれど私は気に入っていて、時々聴いている。1曲目の"Mattinatta"や8曲目の"O mio Babbino Caro"が聴きやすいかもしれない。
01 Mattinatta
02 Les Files de Cadix
03 Il Baccio
04 Sin Tu Amor
05 Saper Voreste
06 Quel Guardo il Cavaliere
07 Come Scoglio
08 O mio Babbino Caro
"O mio Babbino Caro"(私のお父さん)は、プッチーニが作曲した『ジャンニ・スキッキ』というオペラのアリアだ。歌詞は「お父さん、あの人を愛しているの。ダメというならヴェッキオ橋から身を投げるわ」という案外、他愛もないものだ。
ああ、私の愛しいお父さん
私は彼を愛しているの、彼は素敵、素敵
ポルタ・ロッサへ行きたいの
指輪を買いに
そうよ、そうなの、私は行きたい
そしてもし、彼への愛が無駄になったら
私はヴェッキオ橋に行って
アルノ川に身を投げてしまいたい
私は苦しんで、耐えてきたの
ああ、神様、私は死にたい
お父さん、許して、許して
お父さん、許して、許して
その後、ドロシーも一緒に二人でヴェネチアに行ったとき、"O mio Babbino Caro"で歌われているヴェッキオ橋の上で「歌ってよ」と頼んだら、ドロシーは小さな声で歌ってくれた。
他愛のない、けれども懐かしい、私にはとても大切な思い出だ。