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歳時記を旅する 1〔春昼〕中    *春昼や羽音に向けて犬の耳

佐野  聰
                      (平成七年作、『春日』)

 太宰治は、妻と妹と甲府の武田神社に訪れたときのことを、作品『春昼』(昭和十四年)に描いている。

「においが有るか無いか、立ちどまって、ちょっと静かにしていたら、においより先に、あぶの羽音が聞こえて来た。蜜蜂の羽音かも知れない。四月十一日の春昼。」

 犬の聴覚は人間の四倍もあるという。人間には聞こえない虫の羽音が、句の犬には聞こえていた。
かすかな羽音に反応したわずかな耳の動きを捉えたことで、犬の聞こえる世界と人間の聞こえる世界が交錯した。

(岡田 耕)

(俳句雑誌『風友』令和二年四月号 「風の軌跡―重次俳句の系譜―」)

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