お客様は神様?
こんばんは。
おかちもんこです。
たびたびTwitterなどで見かける「お客様は神様」問題。
お客さん側が、店員さんに大変横柄な態度をとってるとか
「誰だと思ってるんだ。俺は客だぞ」と言ったりだとか
お金を払ってるんだから店は言うこと聞いて当たり前だろ、という姿勢が問われてる事ですね。
私、こういう類の話を見聞きする度に
元々、この言葉の意味を知ってて使ってるのかしら?
って思うんですね。
この言葉を発した方は、今は亡き歌手の三波春夫さんです。
お若い方は知らない人の方が多いかもしれませんね。
歌謡界の大御所というべきでしょうか。
記憶の中ではとても丁寧な人という印象。
この方はどういう経緯でお客様は神様と言ったのでしょうか。
三波春夫さんのファンサイトにエピソードが載っていたので載せますね。
三波本人が生前にインタビューなどでこのフレーズの意味を尋ねられたとき、こう答えておりました。
『歌う時に私は、あたかも神前で祈るときのように、雑念を払ってまっさらな、澄み切った心にならなければ完璧な藝をお見せすることはできないと思っております。ですから、お客様を神様とみて、歌を唄うのです。また、演者にとってお客様を歓ばせるということは絶対条件です。ですからお客様は絶対者、神様なのです』
歌う時の心構えとして、素晴らしいプロ意識を持ってこう考えられていたんですね。
自分の歌をわざわざ聴きに来てくれた人達は神様なんだ。この人達に心から満足してもらうには自分自身もそれ相応の心構えで臨まないとこの人達を満足させられない。
だから神様に聴かせるに相応しいステージを作るのだ。
そういう強い想いが文からひしひしと感じられます。
さらに
(中略)
お客様に歓んでいただくことを歌手人生の第一義として追及して生きた、三波春夫らしい心情を表したものでした。
また、三波春夫の舞台をお客様が楽しみにお越しになり、三波も一所懸命に舞台をつとめるといった、楽しさや高揚感がいっぱいの、歓び合う場での思いを表したものでした。
お客様と一緒に歓び合う、これはお互いが同じ目線に立ってないと出来ない事だと思うのです。
お客様=神様とはいっても変に崇めるのではなく、一緒に分かち合う人間同士である事を意味しているのではないかと思います。
そして
三波にとっての「お客様」とは聴衆・オーディエンスのことです。
また「お客様は神だから徹底的に大事にして媚びなさい。何をされようが我慢して尽くしなさい。」などと発想したり発言したことはまったくありません。
とあります。
どうですか?
「お客様は神様」の真意
「お客様は神様」はお金を払ってわざわざ聴きにきてくれた真摯な方々へ最上のステージや舞台を見せたいという誇り高き意志から生まれたものでした。
この想いが、今日では悪い意味に捉えられていることが私はとても悲しいのです。
お客様は神様だけど神様じゃない
その前に人間
これは私の持論です。
もし本当にお客様は神様であるなら、お店側も神様が行くに相応しい神聖な場所である筈だと思うのです。
自分が神様だと思っている人達にはその事を自覚してほしいなと思うんですよ。
でもそういう事を自覚出来る人はそもそも自分を神様だ偉いんだと当たり散らかしたりのたうち回らないんですよね。
それも分かっています・・
せめて善良な人達は、自分は神様ではない
ただの人間であることを自覚しましょうね。
お客様がただの人間であるという事は相手も人間であるという事。
自分がされて嫌な事は仕事とはいえ相手も嫌なんだと。
機械じゃない限り、人間である限り、感情を持っています。
当たり前の事だけれど、今一度心に落とし込みたいところです。
私はどこかお店に入ってお会計を済ませたら言える限りは「ありがとうございます」と言うことにしています。
これは実体験から。
だいぶ前にコンビニでバイトをしていました。
その時に
一言も発さない人やムスッとした人達やお金を投げてくる人がいる中で
「ありがとう」
と言ってくれる人がいたく神様に思えたものです。笑
しかもね「ありがとう」って言ってくれる人ってみんな笑顔なんですよ。
いちコンビニ店員に笑顔でありがとう言ってくれる人はさぞ良い人でしょう。笑
すごい素敵だなと思いました。
だからね、私もなるべく言おうとしてるし言ってます。
お客様は神様ではない。でも時として神様になり得る時もあるだろう。
ちゃんとしたサービスを受けるに相応しい人間であるなら。
以上です。
昨日よりは真面目に書けたでしょう?笑
最後まで読んで頂きありがとうございました。