金平糖は甘い
妹がいる。
正確には1歳7ヶ月離れている。母にとっては
ほとんど年子のような状況だったのではないかと思う。
女の子2人だから男の子と違っておとなしくて育てやすかった、ということは決してなかった筈だ。
妹とわたしはまるきり正反対だ。
わたしは浅黒く、眉も黒く太くボサボサ。
鼻は低く団子鼻。
髪の毛は太く量も多く、そして硬かった。
母が朝は髪の毛を漉いてくれて三つ編みに結ってくれるのだが、それはまるで太いしめ縄のようになった。
ところどころ毛がぴんぴんとたってはみ出ていて、やがてそれは小汚い筆のように突き出てくる。
妹は色白で目がぱっちり、薄茶色の天然パーマの巻き毛がフランス人形のようで愛らしい。
少し大きくなってからそれらの写真を見て、姉妹の差に胸が痛くなるほどだった。
容姿も違えば性格も違う。
わたしは愚鈍な子供だった。
何度説明されても教えられても飲み込むまでに時間がかかる。そんなわたしに母はいつも苛立っていた。
母を怒らせないように、機嫌を損ねないようにそればかり思っていたのだが、結果焦りが増すばかりで余計に手間取り、また母を怒らせる羽目になった。
妹はそんなわたしをよく見ていた。
機転が効き頭が良かった妹は、わたしが読めずにオロオロしていた時計の針が何時を指しているのか隣で無邪気に答えたものだ。
すると妹は読めるのに姉のお前が読めないのはなんだとまた怒られた。
どうしたら母を怒らせてしまうのか、わたしを見て学んでいたので、それらを回避するやり方を身につけることに長けていた。
妹は勝ち気だった。
トランプでもなんでも負けそうになると大泣きし、テーブルに並べていたカードをぐちゃぐちゃに放り投げたりした。
2人で一緒に通っていた近所の書道教室でも何かのきっかけですごい口喧嘩になった。
どちらも引かない。
ばーか、ばーかと言い合いが止まらない。
最後に先生がどうしてあなたたちは女の子の姉妹なのにそんなに仲悪いのと呆れ顔になって溜息と共に悲しげに言われた。
中学、高校とわたしのあとを妹もついてきた。
学年は2つ離れていたから高校3年の時に妹は一年生だった。
その頃になると恋もする。
わたしはねえ聞いてと妹に好きな人の話をこれでもかと語りまくる。
妹は寝転んで漫画を読みながら時折、へえとかふーんとか言うのみでまったく顔を上げようとしない。
人の話、聞いてる?と怒ると、よくそれだけその人のこと喋れるねのひと言だった。
美人でスタイルもいいのに化粧にも服にもいっさい興味を示さない。
リアリストなのかミニマリストというのか、ほんとうに必要最低限のもので事足りると思って、美容などにほとんどお金をかけたりしない。
説明書をほんの少しちらっと見て読んだだけで難しいものもあっという間に作り上げる。
何かの配線などもパッと見てあっという間にここはこっち、などと複雑なものも器用にこなしてしまう。
高校を卒業すると就職し、片道1時間の車通勤を始めた。
むろん、車の運転も丁寧かつ正解で無駄がない。お給料は母にほとんど渡して、夜遊びもしなければ、浮ついたところが一つもない。
父が亡くなってすぐに専門学校を勝手に辞めてアルバイトを始めたわたしとは雲泥の差だった。おまけに初めて彼ができたわたしは完全に浮ついていた。
大好きな父という重石を失い、その反動でひたすら楽しい方へ流れるのは仕方なかったかもしれない、なんて。
ひとり家族が無くなり、いやでもクローズアップされる母の存在にわたしはますます息苦しさを感じていた。
妹もそんな母と同じような雰囲気で華やかな話ができるでもない、そんな彼女をどこかで疎ましく思っていたのかもしれない。
わたしが遊び呆けている間も妹は高校に通い、就職し、まじめに働いていた。
その姿が逆にわたしのだらしの無さを責めているように思えた、ひどい姉だった。
ある日、何がきっかけなのかは覚えていない。また妹と喧嘩した。
あまり自分の気持ちを言わない、言うのが苦手な子だった、はずだった。
だが、その時の妹は違った。
ねえ、わたしがどれほど嫌だったかわかる?
お姉ちゃんが家に帰ってこなかったり、好き勝手やっていた間、わたしはずっと我慢してた。
トモコハイイコダ。
トモコハマジメダ。
トモコハイウコトヲチャントキク。
そうずっとお母さんに言われていたあたしの気持ちわかる?
あたしだってね、お姉ちゃんみたいに自由に好きなことやりたかったよ!
でもね、トモコハイイコダって言われてできなかったんだよ!
わたしは何も言えなかった。
言い返せなかった。
わたし達姉妹は今でもべったりの仲ではない。
何かあれば連絡はくるだろう。
お互いにそう思っている。
わたしが結婚する前にもあまり特別なことは話さなかった。
会社の人から貰ったんだけど手を出して、と言われてわたしが広げた掌に妹が金平糖をザラザラっと乗せてくれた。
あまり好きではないが、口の中に放り込んだ。
ガリっと噛んだら思いの外甘くて、舌の上でいくつか転がしてみた。
うん、金平糖は甘い。