テスト:第七話
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「・・・・・・やらかしてるね」
「・・・引くよな。俺も、自分のこと引いたよ」
闇。まあこの手の闇の理由は簡単だ。人に暴力するのが怖い。自分が傷を負うリスクを取れない人間。自分の過去を被害的に思っていて、弱い自分を正当化するために自分の暴力を認められない。
「別に。普通だよ。セックスはキモイ。当然なんだよ。それでもするのは、お互いに気持ち悪さを受け入れて補完し合うためでしょ」
「・・・いいよな、お前は。セックスがまともにできて」
「いや、私は処女だけどね」
「・・・処女がセックスについて知った風な口聞くなよ」
「行為自体は知らなくても目的はわかるでしょ。私はセックスなんてしなくても、自分の気持ち悪さすら愛せるナルシストなだけ」
「寂しいやつ・・・」
この男が何故私に近づいたのか。その真意は何か。それを探るために私はこの部屋に来た。物には恵まれている。でも、なぜかこの部屋は冷たい。無造作に物が置かれている。
「悲観的にならなくてもいいのよ。セックスがキモイことくらい皆思ってるんだから。それを嘔吐で拒否したあんたは大したもんよ」
「なんでそんな上から目線?」
「上から目線にならないと、舐められる」
「俺はそんなことしないよ」
「そう言ってる人間が一番信用できない。人間はもっと簡単で単純なものよ。自分の有能感に溺れることはかえって危険なんだから。別にこんな言い方してるだけで、実際に上か下かなんてないの」
「・・・・・・そっか。そういう考えも確かにある」
「うん。だからあまり人の言葉を信用しちゃだめだよ」
そういう私は言葉遊びが大好きだった。お話することが好き、でも、私の話に耳を傾ける人間はいなかった。私は人の話の矛盾点や問題点ばかりを指摘する人間であると悪評を叩かれた結果、敵意を買っていじめられていた。悪意の有無に関わらず、人は自分の見たくないものを見せようとされた時に拒否反応を示し、被害を受けたと思って自分を庇うのだ。それは自己防衛本能が正常に機能している証拠でもある。ただ藤野君に関しては、割と素直に話ができるタイプにも思う。理由はわからない。しかし、彼は拒否でなく寧ろ話をするよう促していた。
「コーヒーでいい?頭冴えるから」
「うん。砂糖はなしで」
「お、気が合う」
ただ理解されたい気持ちがないわけではない。私も人間だから、ちょっとしたことでも気が合うというのは嬉しいことなのだ。
「君のゲロの話で親近感湧いた。だから少し素直になって話するね」
「うわ・・・コーヒーブレイクしようって時に・・・常識ない奴」
「・・・ゲロって言われると味覚まで想像するの?私は視覚情報までしかイメージしないようにしてるから平気・・・」
私はコーヒーを一口飲む。藤野君は私を見たまま益々顔に皺を寄せ、嫌悪感を全面に出してきた。
「もうゲロっていうなよ。てか、そんな汚い話で親近感湧く奴初めてだわ。・・・ん?でも、それってセックスに似てるよな。人間の気持ち悪いところを共有して補完する、みたいな」
「そう。だから、セックスって肉体関係でなくてもできるのよ」
藤野君の表情は警戒心が解け、次に好奇心が浮かび上がる。何ともこの人は表情に出やすいタイプ。分かりやすい人は好かれやすい。藤野君がモテる理由は何となくここにあると思う。
「なんかそれ聞いて、少し安心した。ありがとう」
彼は初めて私に温かい笑顔を見せた。そうか、彼は安心したかったのだ。自分は大丈夫であると。そう思いたかったのかもしれない。
「なんかさ、結衣って人と違った意見を持ってるよね。だからかな、モテてるのも一目置かれてるのも。でも、話してみると優しいよね」
「優しい・・・?」
別に優しくしたつもりはない。しかし、これが優しいと受け取る人もいるのだな。
「結衣、俺たちって付き合ってるよね。だから、抱きしめてもいい?」
「え・・・」
断る隙はあった。しかし断れなかった。私の頭は「優しい」という言葉で支配され、優しい行動をとってしまうようだった。藤野君はとても自然にハグしてきた。なんだ、自然じゃないか。とても。嫌な気持ちもなく受け入れられる。優しく柔らかく背中に手を回された。