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25『ジム史上最弱女がトップボディビルダー木澤大祐に挑んでみた』

#25デブ犬の散歩

※洒落が通じないひとへ フィクションということで楽しんでほしいということです

レッグプレス中、木澤さんの視点が一点に固定されていた。

「……また太った」
「会うたびに太ってる。もう丸すぎて歩くより転がってきた方が早いと思う」

おっぱいではない。腹だ。
そもそも木澤さんは胸に興味がない。尻派だ(YouTube調べ)。補正レギンスをもってしてもたわわに実る私の豊満な腹肉に、視線が釘付けになっていた。

「今、何キロ?僕の見立てだと⚪︎キロはある。分からない?嘘つけよ、体重計あるから乗ってみてよ」

ジュラシックアカデミーに通い出してから太りまくるという、風評被害甚だしい有様に辛辣な叱責が飛ぶ。幸い体重計は電池切れだったため、具体的追求は避けることができた。よく物が壊れたまま放置されている環境に感謝だ。しかし、あまりの増量幅に木澤さんの口は止まらない。

「なんでそんな太れるの。もうさ、いっそ何キロまでいけるかやってみよう。あ、この人お花やさんです。100目指そう100キロ。これ、お花やさん。X面白いでしょ」

脈絡なく私をジムの人に晒しあげながら、雑な暴言を飛ばし続ける。木澤さんは私が出没すると、必ずこのやりとりを差し挟んでくる。知らない人は、というかほぼ知らないため、「えっ、何でいきなり見知らぬ人の職業を紹介されたの?」という顔をする。しかし木澤さんの発言を無視もできず、曖昧な笑顔で頷いて目を逸らす。この空気がたまらなく恥ずかしい。本当にやめてほしいと何度も懇願している。

「言ったよね。僕、皆に言うって。わざわざ紹介してあなたを広めてあげてるんですよ。文句言われる筋合いない。感謝したほうがいい」

暴君竜すぎる。ティラノサウルスではなく最早イビルジョーだ。

デブであることを貶されながら紹介される。こんなシチュエーションは、あまり人生には発生しない。

「まあ正直、僕はあなたが太ってもどうでもいいんですけどね。痩せたら痩せたで怒るネタ探すだけで、あなたは怒られ続ける予定なんで」

木澤さんはこういう人だ。人をいじるのが大好きだ。知らない人は、私が一方的にネットで木澤さんをおもちゃにしていると勘違いしているが、リアルでは完全に逆だ。私はフリー素材であり、人権とかない。大塚くんもかなりない。ジュラシックアカデミーでは、在籍が長くなっていくほど人権が失われていく。建物前に「この先、日本国憲法通用せず」の看板をつけるべきだ。

こんなファンシーな台詞じゃなしに

そうこうしているうちに、スミスラックの中に謎の台が設置された。ベンチの真横に水平に置かれた低い木箱。なんの儀式。

「ここ(木箱)に立って、ベンチの上に片足ずつ上がって。上がったら、反対の足の甲で揺れを止める」

いよいよ意味が分からない。とりあえず言われたとおりにやってみるも、上がる時点から上体が大きく揺らめき、転落しそうになった。木澤さんは何かを考えたあと、「ベルトをつけて」と指示した。久しぶりのベルトに苦戦していると、

「胴太すぎてはまらないんでしょ」

と、また野次が飛んだ。違う。肉が邪魔で穴が見つからないだけだ。

「しかし靴も忘れるわベルトもないわ、何してんだほんと」

そう。この日、私はシューズを忘れて誰のか分からない靴を借りていた。ベルトもさっき借りた。ちなみに水も忘れたため、木澤さんから140円を借りてジム横の自販機で買った(パーソナルの途中で気づいた)。人権を失うのも納得の愚行ばかりで反論の余地はない。

「よし、OK!」

背後に回り込んだ木澤さんが声を上げた。ベルトの後ろが掴まれている。何が?頭に疑問符が浮かびまくった。読んでいる人には、私以上に意味が分からないと思うので図解する。

「上がって。はい登る。早く!遅いよ!」

なんだこれは。まじでなに?
罵倒されながらぴょこぴょこベンチを上がり下りする。上がるたびにベルトが引かれる。自分の置かれている状況を客観的に想像した結果、思い当たる光景があった。

散歩中、人に飛びかかるアホ犬をハーネスで制御するシーンだ。新手のドギースタイルが今誕生した。

「もっと初速ゆっくり。はいすぐ降りる、しゃがんで、登る──」

「なんでフラフラすんだよ!フラフラすんな。上がったらすぐ反対の足の甲で動き止める。止めるって言ってんだろ!」

既にキレだした。必死に指示に従う。ケツ定規スクワットといい、心拍ハラスメントといい、木澤さんは本当に手段を選ばない。だが、手段を選ばないということは、この珍妙な動作にも必ず目的となる意味があるはずだ。なかったらどうしよう。

「いちいち髪の毛触んな!前髪?どうでもいいよ!目見えてなくてもやること変わんないから!」

恥ずかしい。ジムにいる全員が目を逸らしている。しかも心だけでなくこの動き、身体も結構キツい。尻と腿裏がどんどん熱くなっていく。上がるのも辛いし、バランスの取りにくいベンチの上で片足で体重を支えるのもかなり難しい。

「腰を落とすんだって!尻後ろに来るんじゃなくて下に下げる!」

降りたら降りたで腰が地面にぐいぐい押し込まれる。私がディグダだったら陥没してるくらい力が強い。日本一の筋肉の無駄遣いだ。しかし、やっているうちにやっと動きの意味がわかってきた。

これは、踏み台昇降運動とランジの混合だ。

スタートポジションでしゃがんでストレッチしたハムストリングと大殿筋に、ゆっくり踏み上がることで負荷を与える。レッグプレスでは追い込みきれなかった私に、現在可能な動作の範囲で最大限に負荷を与えられる自重トレーニングを即座に考案したのだ。すごい。まさにパーソナルトレーニングだ。

「一回一回休むな!」

感心している場合ではない。回数を重ねるごとにいよいよ身体が傾き、最早、ほぼ木澤さんの腕にぶら下がっている。いよいよデブ犬の散歩だ。非常に屈辱的だが、確かに支えがないと顔面から床にダイブしそうだ。こんなことで救急車で運ばれたら、医者にどう説明したらいいか分からない。

「……はい、OK。いいよ。次いこう」

なんとかご安全に脚トレは終了した。出来は意外とまあまあらしい。階段登りのときもそうだが、私は“トレーニングをしている”と感じると途端に動きが鈍るそうだ。だから、できるだけ日常生活に近い動作で騙して動かすと、多少は力が発揮できる。それを踏まえてのワンワンお散歩作戦だったと思われる。頭の中どうなってんだ。

これで効果あるのかと思うだろうが、今、脚部の痛みに耐えながら書いている。動くたびに走る鈍い痛みで、的確に狙った部位が破壊されているのを感じる。しかもこれなら家でも出来る。本当に、筋肉を破壊するすべにかけて木澤さんはプロフェッショナルなのだ。牢獄でもムキムキになれる人だ。

このあとは立ったまま行うラットプルダウン、スミスベンチプレス、12月にパーソナル予約を入れ忘れたことをやる気がないとネチネチと責められるなどを受けた。残念ながら12月はもう埋まってしまったとのことなので、また1月から頑張りたいと思う。

最後に真面目な反省として、ここ最近、全くトレーニングに行けていないし、食事管理もしていなかった。詳細は省くが、まじで心身ともに限界をやりまくった反動が来てしまった。その余波で、おそらく今月いっぱいはまだトレーニングはできない。でもそれは言い訳にはならない。そもそも、刹那的な生き方自体の問題を再三に怒られている。言うことを聞かなかったばちが当たったんだと思う。

減量の具体的な指示ももらったので、さりげなく申し込んだ年末の忘年会までには多少は痩せた姿になりたいと思う。なんだかんだ言いながら、見捨てずに指導してくれる木澤さんに報いるためにも早く身体を治そう。

「皆様」に入っているのかは定かではない

それでは、今回も情けない記録にお付き合いいただきありがとうございました。今後とも頑張ります。

おまけ。昔の木澤さんの雄度は異常。

#26につづく

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