20『ジム史上最弱女がトップボディビルダー木澤大祐に挑んでみた』
#20 瀕死でパーソナルに臨んだ末路
最初に言い訳をさせてほしい。
過密なスケジュールとプレッシャーにより折からずっと体調が悪かった。また、当日朝に胃の中を全てひっくり返すような出来事があり、「パーソナル前に食べてはならない」という規則と両立するため、栄養が空の状態で挑むことになった。
でもまあ根性には自信あるし、やり出せばなんとかなるだろう。淡い期待を込めて、いつものレッグプレスに挑んだ。
だが、慣らしのウエイトが異様に重い。みるみる汗が吹き出し、視界が白くなる。なんとかセットをおえたとき、ふふっと嫌な笑い声が降ってきた。
「明らかに弱体化してますね」
「あのさ、トレーニングしてないでしょう」
一撃で見抜かれた。やばい。怒られる。焦った私は咄嗟にしてますと答えた。
「いや、やってないね」
「してるわけない」
木澤さんの眼光は確信を得て私を刺している。はい、やれてなかったです。嘘をついて申し訳ありませんでした。仰る通りというか、睡眠、栄養、運動の三本柱がすべてへし折れていました。満身創痍の身体でトップビルダーに教えを乞う。あってはならない姿勢だ。
「トレーニング以外の、全部がきつくて、それで……」
「以外ってなんすか」
「……仕事です」
またかよ。を含んだため息が聞こえた。私は常々木澤さんに「生活すべて」に苦言を呈されている。めちゃくちゃなスケジュールを詰め、心身がおかしくなり、たまに「やばいので一言応援をいただけますか」と勤務外の労働を要求するとんでもない客だ。(頑張ってくださいと律儀に返してくれる)。ただ、一向に改善見込みのないやりとりに、木澤さんの呆れポイントが臨界に達しつつあった。
「あのさ、そこまで仕事やる理由ってなんですか?お金稼ぎたいなら、もっと楽な方法なんかいくらでもあるでしょう。なんでそんなギリギリみたいな状態までやるわけ?そこまで意義のある仕事なんてありますか?」
「……木澤さんがトレーニングに命を賭け続けているように、私は仕事に命を賭けている。理由なんてありません。そういう性分なんです」
沈黙が流れる。しかし、実力の伴わない不心得者の反論に静かに、ふつふつと恐竜のボルテージが煮立っていく音がする。
「あなたは結局、何かに追い込まれるのが好きなだけなんですよ」
「仕事が好きなんじゃなくて、極限になるのが好きなだけ。だから無茶苦茶なスケジュール立ててこんなことになる」
ギロリと、目がオープニングの鋭さに変わった。
「追い込まれたいんでしょう。いいですよ、僕が叶えてあげますから、さっさともっかいやって。存分に、死ぬほど追い込んであげますよ」
終わった。完全に逆鱗に触れた。
この日、結論から言うと全身10種目近く回ってボコボコにされた。どれをやらせても酷い有様になる私に様々な種目をあて、どれならマシに動くか検証していたと推測される。一例を挙げる。
・レッグプレス……「手グリップ放すな!手を出すな!最後上げて終わり、はいあと3回!いけるね!?はいあと2!」
→全然駄目だった。2回潰れて、重量も激落ちした。5セット程度だがこの時点で全身が震えている。
・ロータリートレーナー……「引き上げたところでもっと静止。2秒。伸ばし切って胸をつけたまま全力で引く。そう!」
→比較的できた。だが「ギアに頼らず握力で引け」と言われており、また、前回私の握力のなさについて、「野生だったら死んでる」という評価を得ている。
・ベントオーバーロウ……「全然だめだ。やめましょう(5秒)」
→一番軽いおもりが持てず即刻打ち切り。
・プレートベントオーバーロウ……「だから引きつけるのは胸じゃなくてお腹だって!もっと!お腹に押し込む!前を見ろって言ってんの下向くな!」
→めちゃくちゃ叱られたけど効いてる部位は合ってた。
・ブルガリアンから変更ランジ……「凄いっすね!地面なのに綱渡りしてるみたい。バランス感覚じゃなくて、本当に筋肉がないってことですよ」「え!?これでもできない?まじすか」
→まともにできず。周りのマッチョが一様に笑いを堪えて視線を逸らしたり、明らかに吹き出したりしていて、あまりの恥ずかしさにこの日の最大心拍数174を叩き出した。
・バックエクステンション→「はい上がる。上がってない上がってない上がってない!やれっつってんだろ上がれ!」「もっとガニ股にして目線上げない!ここ!ここで止める(背中グイ)!目線!」
→一番きつかった。あまりの辛さに私が狂った笑いを上げ、それを見た木澤さんがまた笑うというホラー映画さながらの光景となった。
・インクラインダンベルプレス……木澤さんこの日一番の爆笑。なぜ人が苦しんでいるのに笑うのかと聞いたところ、「あなたの苦しみ方はやばいんですよ。筋肉に効いてる苦しさじゃなくて、幼児がパニックで『もうやだー!やめてー!』って癇癪起こして泣き喚いてるのといっしょ。そりゃ笑いますよ」
→5キロのダンベルすら重すぎて、ダンベルからの木澤さんの腕を拳で持ち上げる(手のひらを拳で押す)ドロップセットという、おそらく前代未聞の指導。木澤さんの腕のほうが色んな意味で重圧すごかった。マッチョたちがこちらをチラ見しては笑っている。完全に「なにしにきたんだアンタ」「ここにはミルクはねえぜ」という酒場の空気。
ちなみに、帰宅して旦那に泣きついたところ、「お前みたいなのが入店してきた時点でもうひと笑い起きてるって。今更だから」と言われた。
あまりに酷すぎた。鼻血を出しながらトレーニングしている人もいるような環境でこの体たらく。情けなくて泣きそうだった。というか、ほぼ泣いていた。
これは盗撮ではない。木澤さんがいきなり「ちょっとあれ面白いから写真撮って」と言い出して、「いやいやいや勝手に撮ったら駄目だと思いますよ」と言っても、「あいつはいいんすよ」と断言するレベルで愛されているジュラシックアカデミーのマスコット、大塚くんだけが唯一の癒しだった。
あと、最後にホワイトデーのお返しをいただきました。
勝手に押し付けただけなのになんて律儀な恐竜達だろう。こんな可愛いものを屈強な男性が選んだ場面を想像して(木澤さんに関しては奥様だと思うけど)、非常に微笑ましい気持ちで店をあとにした。本当にありがとうございます。
今回は予後もひどくて、終わったあと食事をとることもできず、なんとかゼリー飲料を戻しそうになりながら飲み込んだ。翌日と翌々日に熱が出て、全身の痛みに悶え苦しんでいる間にもらったお菓子を半分以上食べられており喧嘩になった。
このままではいけない。生活の見直しをして、ちゃんと指導に見合った体調で臨みたいと思う。横川選手の「デカくなりたいなら仕事をやめろ」論は尤もだと思う。そのためには不労所得が必要だ。ただ、私は叶いそうにないので、できる範囲で仕事量のコントロールをはかって、トレーニングの余裕を捻出しよう。
次からはもっとちゃんとやります。でも、これだけは訂正したいです。ジャングルに落とされたとしたら、生き残るのは木澤さんではなく私だと思います。
#21につづく