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01恐竜体験記『ジム史上最弱女がトップボディビルダー木澤大祐に挑んでみた』
#01ジュラシックにようこそジュリエット
「パーソナルの予約を取りたいです」
「木澤さんを、木澤選手をお願いします」
数ヶ月前の朝10時。ジュラシックアカデミーの開店と同時刻。スマホに向かって上擦った声を振り絞って発した言葉が、この長い体験記のはじまりである。
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はじまり
当時、私は悩んでいた。厳格な食事管理により脂肪はかなり減少した。しかし、理想とする姿からは程遠かった。また、トレーニングの重量も頭打ちを見せ、徐々にボディメイクへの情熱は消えようとしていた。
欲しい。何か、決定的に変われる何かが欲しい。ソファに怠惰にねそべりながら日課のネット漁りをしていたとき、見慣れたアイコンがタイムラインに現れた。
「ジュラシックカップについての質問にご協力ください🙇」
私のもっとも敬愛するボディビルダー。競技者のみならず、一般にも広く認知されるジュラシック木澤こと、木澤大祐選手だ。
木澤選手は愛知県にジュラシックアカデミーというジムを有しており、パーソナルトレーナーとしても活躍している。
瞬間、私はジュラシックアカデミーのホームページを開いた。そして、50m走12秒の電光石火に飛び込んできた映像に息を呑んだ。
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『日常の中に、挑戦という時間を』
『トレーニングの真髄を余すことなく伝授します』
濃い。絵面も文面も濃い。明らかにガチ勢以外お呼びでない雰囲気が漂っている。
木澤選手の他にも長谷川選手、高橋選手、杉中選手といった名だたるトップビルダーがトレーナーとして名を連ねる。どう見ても素人が行くべき場所ではない。
だが、私はその一文を見逃さなかった。
「男女年齢・初心者を問わず」
──いける。やってみよう。やれなくても、とにかく行ってみよう。この文言を書いた方が悪い。私はスケジュール帳に朝10時、ジュラシックアカデミーに予約、と書いた。
余談だが、木澤さんの人気がありすぎて実際に予約がとれたのは、それから1ヶ月以上先のことである。
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邂逅
念願のジュラシックアカデミー当日。
実は、予約時間の1時間前にはついていた。いてもたってもいられなくて、近くのコンビニでずっとタバコを吸ったり、無駄な散財をして過ごした。
予約時間の15分前になり、さすがにもう入っていいだろと思い、無骨な建物の扉を開けた。
「こんにちは」
いきなり出た。ジュラシック木澤だ。本物だ。フロントって、事務の人とかが接遇するんじゃないのか。なんでいきなり社長出てきた。
かなり動揺したが、得意のポーカーフェイス貼り付け笑顔を作って頭を下げた。
「パーソナルの予約をしております、⚪︎⚪︎と申します。本日はよろしくお願いいたします」
名前を告げた瞬間、
「えっ、こいつ?まじで???」
みたいな顔をされたのを覚えている。
そう、なんら出来上がっていない、競技どころか見るからに運動できない奴が、あろうことかトップボディビルダー木澤大祐選手を指名してきたのだ。木澤さんの顧客は、ほとんどが選手やガチ勢だと知っている。知ってるけど、予約して来たのはわたしです。
深い困惑の沈黙がフロントを包むなか、木澤さんが低い声で言った。
「……時間まで、上でアップしててください」
そう告げられたときに思った。
「アップ?筋トレのアップって何すんの?」
事実、私はその程度の人間なのだ。2年間ゴールドジムに通ってはいるものの、ほとんど我流で黙々とやってきただけだ。日々能書を垂れているが、知識だけはあってフィジカルが全く伴っていない典型的なネッチョだ。
結局、アップとは何をすればいいのかわからず、更衣室のロッカーのカードキーがゴールドジムなのが面白くて写真を撮ったり、二階に置いてある月刊ボディビルディングを読んだりした。
予約の時間になり、のろのろと再度現れた私に、木澤さんは単刀直入に切り出した。
「今日は何をやりたいですか?」
私はスマホの画面を見せた。
「こうなりにきました。どうしたらいいですか」
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カーラ・デル・トーロ。フィットネスモデルであり、イギリス男性誌『MAXIM』で「最もセクシーな女性100人」に選ばれたインフルエンサーである。
何故、彼女を目標に選んだのか。負け組として名高い骨格ストレートがなり得る、理想的な姿だからだ。グラマラスな肉感を残しつつ、ハリのある筋肉で絞られた肢体は強く美しい。
「……ああ」
木澤さんは、うめき声なのか鳴き声なのかよくわからない反応をした。「何言ってんだコイツ」という意味の恐竜語なのかもしれない。
しばらく何か考えたあと、
「今って、どんなトレーニングしてます?」
と聞かれた。私はアプリを開いて、現在行なっているトレーニングをすべて見せた。またしばらく沈黙が流れた。YouTubeで見る限り、木澤さんの沈黙は深い思考の現れだが、正直怖い。シンプルに顔が怖いからだ。
沈黙に耐えきれず、「これは、通ってるところで、最初に組んでもらったトレーニングで……」と切り出した矢先を恐竜が切った。
「全部変えましょう。特に胸。胸にこの労力を割くなら、全身をもっと鍛えた方がいい。ビキニの選手も、胸はほとんどやらない」
「えっ、胸やらないんですか? それは胸が減るからですか!?」
私の厚顔と無恥そのものとも言える返答を苦笑いで無視してつづけた。
「週にジムに行けている回数を考えると、この分割はボリュームが少なすぎる。それよりは最低週3日だとして、全体の基礎的な筋肉の向上と、アウトラインを作っていける種目に絞りましょう」
提案された種目は、
スクワット、デッドリフト、レッグプレス、ラットプルダウン、DVGロウ、サイドレイズ
当時、PPL法で一部位5種目以上やっていた数からの相当の激減に驚いた。だが、今だからわかるが、部位分けでアイソレーション種目をやるほどの身体レベルに達していない私には、最適と言える選択だ。
「じゃあ、まずスクワットからやってきましょうか」
こうして、トレーニングという名の地獄が幕を開けた。
#02に続く