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マジックワード【短編小説】

あらすじ

主人公のミカは、親友のチエと喧嘩した。自分の好きなゲームみたいな平和な世界の夢を見る。しばし楽しい時間を過ごしたミカだったが、現実に帰るには『マジックワード』を探さないといけなかった。そのマジックワードは何なのか。ミカは、チエと仲直りできるのか。

文字数:4,600文字
ジャンル:ファンタジー


喧嘩はいつだって些細なことから始まる。

小学生のミカとチエは親友だ。いつものように2人で下校していた。ミカは最近、『さがそう!お菓子の国』というゲームにハマっている。

「『お菓子の国』のゲームでね、住人から探しものの依頼をされるの。あ。住人は子供みたいな見た目で、お菓子の衣装や被り物をして、めっちゃ可愛いの!探しものをしたらね、お菓子アイテムをくれて、そのアイテムで可愛いお菓子衣装と交換できるんだ!」

ミカは目を輝かせて話す。

「ねぇ、チエもやろうよ!仲間同士で通信もできるし、楽しいよ!」
「いや〜。私はいいかな。ゲームなんて時間の無駄だし」
「なにそれ?」

ミカはカチンときた。2人は感情的になり、お互いの嫌な部分を言い合った。後に引けなくなったミカ。

「チエなんて、大嫌い!」

チエは黙って、傷ついたような表情をした。その場にいられなくなったミカは、チエを置いて家に帰った。

毎日一緒にいて、こんな喧嘩は初めてだった。

むかつく!チエがあんなこと言うなんて!何がくだらないの?めっちゃ楽しいじゃん。ゲームって。チエとはもう、口聞いてやんない。私は悪くないもん。もう知らない。ゲームして忘れよう!

ミカは、ゲームを起動した。

お菓子の国は今日も平和。住人たちがミカに話しかけて、アイテム探しを依頼する。ミカが「No」と言っても、住人たちは快く「また今度ね」と言ってくれる。住人たちが喧嘩しても、二択の会話のどちらかを選べば仲直りしてくれる。ミカは思う。

こんな世界ならいいのに。

「起きて」

ミカは誰かに体を揺すられて目を開けた。意識が戻ってきて、ガバっと体を起こした。そして、周りを見渡した。

綿あめのように柔らかい地面。マカロンでできたカラフルな山、クッキーの家、チョコレートの噴水。青い空にはマーブルチョコが浮かんでいる。歩いている人たちは人間だけど、お菓子の衣装や被り物を身に付けている。みんな楽しそうだ。

ミカは気がついた。

自分の好きなゲーム『お菓子の国』の世界にいる、と。

「夢…だよね」

ミカは自分に確かめるように言った。

「そうよ」

ミカは声のする方を振り返る。

「ゆみ姉だ!」

ミカは目を輝かせて、ゆみ姉に近づく。

ゆみ姉は、『お菓子の国』でガイド役を務める大人のキャラクターだ。みんなの頼れるお姉さん的な存在として、ファンの間で”ゆみ姉”と呼ばれている。

「あんた、ミカだよね?」とゆみ姉が尋ねる。

なんでそんなこと分かるの?とミカは思ったが、ここは夢だからと都合よく理解した。

ミカはうなづいた。

それよりも、周りの風景が気になって仕方がない。

お菓子の国は、ミカが住んでいる現実世界と変わらない。色んな施設があって、人の住む家がある。見た目や家具がお菓子なだけ。

「私、ゲームの世界にいるんだ!」

頬がほころぶ。

「ミカ。あんたは、ここで自由に過ごしていいけど、帰る時は…」
「ねぇ!ここのお菓子食べられるの?!」

ミカはゆみ姉の言葉を遮った。今にも走り出したいのが分かる。まだ小学生のミカが、好きなものを前にして大人しく話を聞くことはできない。

ゆみ姉は、やれやれと頭を振った。

「食べられるよ。いくら食べても太らない。ここでは自由だよ。争いも、規則もない。」
「あ!マカロンちゃんとマシュマロちゃんだ!可愛いな〜!」
ミカは、マカロンとマシュマロの衣装を着た子を眺める。

「ミカ、これだけ受け取って。」

ゆみ姉は、ミカにスマホのような端末を渡した。ケースには桜色したカップケーキのイラストが入っている。

「これは、私と繋がる機械ね。困った時、帰りたい時は連絡するんだよ。わかった?」
「は〜い!もう行っていい?」
ウズウズしているのがわかる。

「楽しんでお…って聞いちゃいないか」

ゆみ姉が声をかけたが、すでにミカは走り出していた。

夢の中で数日が経った。可愛い住人たちと交流して、お菓子もたらふく食べた。好きな時に寝て起きて、勉強もしなくていい。友達とも喧嘩なんてない。

でもミカは、メロンソーダの海を眺めて思う。

「退屈だな」

そういえばチエも、メロンソーダが好きだよな。チエもここに来たら喜びそう。

ミカは突然、泣きそうになったチエの顔を思い出した。胸がズキッと痛んだ。でもミカは、ゲームを「時間の無駄」と言われたのは許せなかった。

私は悪くない。

ミカは思った。

でもそろそろ帰ろうかな。飽きてきた。お菓子もいっぱい食べたし。

ミカは、スマホでゆみ姉に電話した。

「もしもし、ゆみ姉?私、帰りたいな」

「いいよ。でも、あるゲームをしないと帰れないよ。」

ゆみ姉は優しく言うが、ミカは不安になる。

「大丈夫!『マジックワード』を集めるだけだから。マジックワードは、住民がくれるお菓子についてる。もらうには、ミッションを成功させないといけないよ。」

ミカのスマホが鳴る。
メッセージが届いた。
そこには2つのミッションがあった。

「喧嘩の仲裁をすること」
「忘れ物を届けること」

お菓子の国ではとても簡単なミッションだ。なぜなら、住人たちはプレイヤーの言うことには逆らわない。探しものをしている住人も簡単に見つけられるからだ。

「お菓子は開けずに私のところに持ってきてね」と、ゆみ姉が言った。

ミカは、これならできそうだ、と思った。

さっそくミカは、「忘れ物を届ける」ミッションについた。忘れ物はゆみ姉から渡された。鍵付きの日記のようだ。表紙は桃色で、真ん中に小さくイチゴのイラストが載っている。

すぐに、探し物をしている人を見つけた。ショートケーキちゃんだ。ミカは声をかけた。

「これ、あなたの?」

ミカは日記を差し出す。

「そう!探してたの!」

嬉しそうに、日記を胸に抱えるショートケーキちゃん。

「どこにあったの?」

ショートケーキちゃんが聞く。

「わかんない。ゆみ姉に持ち主を探してって言われただけだから。」

ミカが答える。

「そっか。でも無事だったからいいや。」と日記の表紙を眺めるショートケーキちゃん。

「これね、おばあちゃんがくれた大事なものなんだ。」と愛おしそうに日記を撫でた。

「見つかって良かったね!」

ミカは笑顔で言う。

「ミカちゃん、ありがとう!」

ショートケーキちゃんは、ミカにキャンディを渡した。何の変哲もない、藤色の包み紙。ミカはいいことをして気分が良くなった。

しばらく歩いてると、人だかりができていた。どうやら、いつも仲良しのマカロンちゃんとマシュマロちゃんが喧嘩していた。

どちらが人気で美味しいかを競って喧嘩になったようだ。ミカは2人の間に割って入って言った。

「どっちも美味しいよ!どっちも人気だよ!私は好きだよ!だから喧嘩しないで。」

マカロンちゃんとマシュマロちゃんの喧嘩が止まる。2人は顔を見合わせて、「そうだよね」と笑った。

「ごめんね。」とマカロンちゃん。
「ううん。私こそ、ごめんね」とマシュマロちゃん。

「今度、マカロンとマシュマロを使ったお菓子を作ろう!」
2人は笑顔になり、手を繋いだ。

「ミカちゃん、ありがとう!これ、お礼だよ」
マシュマロちゃんがキャンディをくれた。今度ははちみつ色の包み紙。

「いいな。」とミカは思った。

前まではチエと喧嘩しても、あんな風にすぐに仲直りできたのに。ゲームを時間の無駄って言われたのはやっぱり、辛い。でも、チエと友達でいられないことはもっと辛い。なんで、「大嫌い」なんて言っちゃったんだろう。チエはもう友達でいてくれないかも。どうすれば許してくれるんだろう。

「お疲れ様!」
ゆみ姉がミカに言った。

ミカは、集めてきたアメをゆみ姉に差し出す。
「簡単だったでしょ?」
ゆみ姉がミカに聞いた。
「うん」
「どうしたの?浮かない顔して。」

答えようとしないミカ。ゆみ姉は微笑んだ。

「帰るんでしょ?マジックワードが何か教えて。」

ミカははちみつ色の包みを開けた。キャンディは、どこにでもある普通のキャンディ。包みの文字は薄くてよく見えない。ミカは読める部分だけ、声に出した。

「あ…う?」

ミカは包みを色んな方向へ動かしたり、光に透かしたりする。

「ああ!」とひらめいた。

『ありがとう』か」とミカは微笑んだ。

食べてみて、とゆみ姉に言われて、ミカは口に入れた。

「んふ!おいひ〜!あま〜い」

ミカは自分のほっぺに手をやった。さっきまで曇っていたミカの表情が晴れやかになる。

ミカは、チエと初めて友達になった日を思い出した。遠足の日、ミカはお菓子をカバンに入れるのを忘れた。その時、バスで隣に座っていたチエがキャンディを分けてくれたのだ。

「それが『ありがとう』の味だよ」
ゆみ姉が言った。

ミカは、藤色の包みも開く。これも文字がうっすらとしか見えない。

「ごん?」とミカは首をかしげた。
「あ!」と大きな声を出した。
「『ごめん』だ!」

ミカはそのキャンディも口に入れた。だがすぐに、ミカは思わず「うっ」となる。苦くて酸っぱい。キャンディをベッと吐き出した。

「げ!なにこれ!」
ゆみ姉がミカの顔を覗き込む。

「それが『ごめん』の味だよ。『ごめん』と伝えない間、ずっと気持ちがモヤモヤすると思う。」

ミカは、チエと喧嘩した日のこと、チエの傷ついた顔を思い出して涙が出てきた。

「その2つの言葉はね、人と仲良くする時、喧嘩した時に使える魔法の言葉だよ」

ゆみ姉が言う。彼女はミカにハンカチを差し出した。

「『マジックワード』って言っても、万能ってわけじゃない。その2つをただ言えば良いってもんでもない。」

ゆみ姉は、ビシッと人差し指を立てた。続けて言う。

「でもね、少なくとも、その言葉でミカの話を聞いてくれるんじゃないかな?」

ミカは涙を拭いて頷いた。ミカはゆみ姉にハンカチを返す。

「じゃあ、その言葉を唱えてみて。」とゆみ姉が言った。

ミカは息を深く吸って、吐いた。

一言ずつ噛みしめるように唱える。

「ご め ん ね」

「あ り が と う」

去り際、ゆみ姉が言った。

「心を込めて言うんだよ。ちゃんと伝わるから。」

ゆみ姉が、笑顔で手を振っている。

ミカは自分のベッドで目を覚ました。ガバっと体を起こす。いつもの自分の部屋。本当に夢だったんだ。そばにあったゲーム機に目をやる。充電が切れていた。

「チエ、本当にごめんね!」

ついにミカは、下校中だったチエを追いかけた。そして頭を下げる。

お菓子の国から戻っても、すぐには勇気が出なかった。2人は何日も口を聞いてなかった。話しかけるタイミングがあったけど、「今じゃない方が良いかも」と先延ばしにしてきた。そのたびに、『ごめんね』のキャンディの味を思い出す。

ミカは、「ごめんね」を言うのがこんなに難しいものだと思わなかった。ゲームだと簡単なのに。

ミカは自分の服の裾をいじる。

「私、ひどいこと言った。」

チエは無言だ。ミカは顔をあげられない。何を言うべきか迷うミカ。しばし、2人の間に流れる気まずい雰囲気。

「あの、ごめん!私こそ。」

チエは体の前で手をもじもじさせながら言った。

「『時間の無駄』なんて、言って…。ミカには大事なものなのに。」
チエは続けて言う。

チエの声が震える。
ミカの目が潤む。

「ミカと、とも…友達でいられないかもって思ったら…辛かった」
チエの目から涙が流れてくる。

「わ、私もだよ!」とミカが言う。
ミカも泣き始めた。

「もっと、ミカの好きなものの話、ちゃんと聞く!」
2人はこの時初めて目を合わせた。お互いの泣き顔がひどくて笑う。そして抱き合った。

「チエ、友達でいてくれてありがとう」
「こっちこそ、ありがとう!」

ミカは、『ありがとう』のキャンディの味を思い出した。

End