【読書感想】アンネの日記
「アンネの日記」を読んだことはありますか?
私はついこの間まで
「読んだことはないけど、知ってるよ。歴史の資料集とかに載ってたよね。アンネ・フランクという、ふんわりとした黒髪のユダヤ人の女の子が第二次世界大戦中に書いた日記でしょ」
という程度の理解しか持っていませんでした。
が、実際に読んでみて、「なんて軽薄な理解をしていたんだ!」と気がついたので、皆さんにも内容を共有します。
最初に(アンネと日記の概要)
「アンネ・フランク」ってそもそもどいういう人だっけ?
日記はどんな背景で書かれたんだっけ?
という方に向けて、まずは基本事項を。
アンネ・フランクを含むフランク一家は元々ドイツに住んでいたが、ドイツ国内の反ユダヤ感情の高まりなどにより、1933年から翌年にかけて一家全員でオランダに移住。
しかしながら1940年にはドイツ軍がオランダに攻め込み、オランダは降伏。オランダ国内でもユダヤ人弾圧が始まる。
そのためフランク一家は1942年7月から潜伏生活を余儀なくされる。アンネの父親の同僚一家とともに、「隠れ家」から一歩も出ない生活を開始。
日記は潜伏生活を始める直前の1942年6月(アンネの13歳の誕生日)から書き始められ、以降週に数回、友だちに宛てる手紙のような形式で書かれた。(平均文字数は1回あたり1000〜1500字程度くらいだと思います)
その後、ドイツ軍に「隠れ家」を見つけられる1944年8月まで日記は書き続けられた。アンネはこの約半年後、衛生状態が極めて悪い収容所の中で病死する。
さて、ここから感想です。
日記から一番感じられるのは戦争の悲惨さじゃない
これが私にとって衝撃でした。
中学校の歴史の授業で第二次世界大戦のことを扱うときは
「戦争は悲惨なんだ」「繰り返しちゃいけない」
という言葉が幾度となく反芻され、その悲惨さを物語る様々な資料を見せられました。
だから「アンネの日記」もそうした資料の一つだと思い込んでいました。
誤解を生まないよう最初に断りますが、もちろん日記では、当時のユダヤ人に課せられた様々な規制や、ラジオから流れる戦況の内容、物価高騰と物資不足、爆撃への恐怖心や悪化するばかりの治安などにも触れられています。
が、アンネは意図的にそういった話題を盛り込みすぎないようにしているようでした。
それよりも、生きていくための最低限の食料はなんとか調達できていること、隠れ家の中で飼っている猫のこと、家族や親しい人の誕生日などイベントの度に用意するささやかなプレゼントのこと、その他たわいもない日常の話が中心となっており、「戦争の悲惨さ」が前面に出ているわけでは全くありません。
それでは、日記から感じられる主たるものは何でしょうか。
アンネの日記から伝わるもの
個人的な見解に過ぎませんが、私は次の三つを特に感じました。
1. 自分を信じ、自分の考えを表現していく力強さ
自分目線でしか物事を捉えていない子どもらしい部分もありますが、彼女は常に一定の自信を持ちながら、力強く自分の意見を書き出しています。
もし、彼女がめそめそと泣き言をばかりを、文庫本600頁分書き綴ったとしたら、私たちは最初から最後まで読み通せるでしょうか?
…きっと無理だと思います。
確固たる自信を感じさせるまっすぐな文章だからこそ、主張の幼さはあるにせよ、読み手をこれほど惹きつけるのではないでしょうか。
2. 理想、希望、向上心を希求する若者の心
少々長い引用になってしまいますが、まずは実際の彼女の言葉に触れてみてください。
社会の中で働きはじめると、ついつい「理想を語る前に現実を見なきゃ」なんて気持ちになってしまいがちですが、彼女の無邪気な理想と憧れや向上心が溢れる文章は、昔自分も持っていたはずの若々しさを思い出させてくれます。
3. 考えを深める力と身の回りを鋭く観察する力
二年間ずっと隠れ家の中だけで生活し、いつも決まった人とだけやりとりをする毎日の中で、週に数回日記を書くことを想像してみてください。
すぐに書くことに詰まりそうではないでしょうか?
ところが、アンネは来る日も来る日も、あれこれと話題を見つけてきます。
その時起こった出来事の描写のほか、「今こんな空想しています」という報告や、「前にこんなことがあったの」という回想や、「愛について」といった大人びた思想から、「私は〜に対して〜という気持ちを抱いているの」という心情分析などなど。
もし私が聞いていたら「よくそんなこと考えたり、思い出せたりするね」という相槌ばかり出てきそうです。
アンネはなんていうでしょう。
「なんであなたは想いにふけったり、自分に向き合ったりしないの?」
なんて言われるでしょうか。
思えば、私は多種多様な情報やサービスに囲まれて暮らしています。
自分で大して頭を使わなくとも、モニター画面から「こう考えなよ」「こうしなよ」という内容の文字や音声が否応なく入ってきます。
意識しなくとも注意はモニターや音声に向き、身の回りのものごとが変化していっても気づけない。
そんな風に、現代社会に生きる私は考える力や観察する力が弱っているのかもしれないと、アンネの日記を読んで改めて感じました。
以上の三つが、日記をとおして私が感じた主なものですが、いずれも「戦争」と直結するものではありません。
アンネの日記は、「戦争」を伝える資料として以上に、ひとつの「読み物」として価値があるのではないかと私は思います。
さて、最後に本の内容を少し離れて、歴史教育について思うことをひとつ。
「戦争を繰り返さない」と言い続けるだけでいいの?
10代半ばでありながら、文才を発揮させ、厳しい現実の中でも夢を忘れずに希望に満ちた日記を残したアンネが、戦争によりその夢を奪われ、大人になれずに亡くなったのは間違いなく悲劇です。
アンネの日記を読み、このような戦争がもう起きぬよう願う気持ちになることも当然です。
でも、過去の戦争で起こった悲劇の内容を知り、「戦争は悲惨だから繰り返さないように」と言い続けるだけで、戦争は起きなくなるでしょうか?
——私はそう思いません。
戦争を起こさないために重要なのは、なぜ戦争が起こってしまったのか、どうして大量の人が死ぬまでやめられなかったかを調べ、発生構造を理解することではないでしょうか。
歴史は「暗記教科」になりがちですが、「物事が起きる仕組みを歴史をとおして自分なりに考えてみよう」という心持ちで勉強すべきではないかと、大人になった私は思います。
…以上がアンネの日記を読んでの感想です。
おすすめしたい人
「十代の子が書いた日記なんて…」と手に取るのをためらう人もいるかもしれませんが、大人になってから読み返すと、すっかり忘れていた自分の子ども時代を思い出し(若いが故に自分中心に物事を語りがちだけれど、無邪気で、素直で、未来に希望を抱いていた自分!)、新鮮な気持ちになれます。
個人的には20代後半〜30代前半あたりの読書好きの方に特におすすめします。
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