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「すずめの戸締まり」と大きな物語

今日あったこと

 仕事終わりに夜ご飯を食べようと定食屋に入った。その定食屋の店員が非常に愛想のいい、いや愛想の良すぎる人で、帰り際の客に「ありがとうございました!」って言うのはいいとして、「今日も一日お疲れさまでした、おやすみなさい!」とまで声をかける。お客が夜勤でこれから仕事だったら大ハズレじゃないかとどうでもいいことを考えながら私も御多分に洩れず「おやすみなさい」まで言われて送り出された。少し恥ずかしかった。
 そういえば今日夕方地震があった。震度は3くらいとの報道だったが、かなり揺れたように感じた。震源は三重県沖。しかし揺れたのは関東一帯だった。なんとも不思議な地震だと思ったが私のデスクの向かいに座るおじさん社員は「なんかまた続きそうな地震だな」と縁起でもないことをポツリと呟いた。

「すずめの戸締まり」の世界観

 なぜこれほどまでに地震を意識しているかというと昨日新海誠監督の最新作、「すずめの戸締まり」を見てきたのだ。ここからは本映画のネタバレが多少含まれるため、小さい子どもは静かにブラウザバックをしてほしい。前段が長くなったが、作品の感想と一緒に私の考察とまではいかないが、考えたことを徒然なるままに記したい。
 先ほどから地震の話をしている通り、本映画は地震がテーマとなっている。作中では、地震は地下に潜む巨大なミミズが原因であり、このミミズがふとした瞬間に廃墟の扉から出てきてしまう。すると大地震が起きてしまう。このミミズが扉から出ないように廃墟を回り鍵をかけていく職業が「閉じ師」である。本作はこの閉じ師を中心に物語が進む。この構造は今までの新海作品と非常に似ている。世界観に「大きな物語」を付与してストーリーは始まる。新海監督の直近の作品で考えると、「君の名は」では隕石の墜落、「天気の子」では都市の水没だ。人の力ではどうにもならない現象にまず理由を与える。そして、その現象を解決できる人間が登場する。それが本作では閉じ師の草太(そうた)である。みなさんもご存知の通り、主人公の鈴芽(すずめ)はこの草太のことが好きである。

父親不在の物語

 ここで新海作品を語る上で私が重要だと考えている特徴をお伝えする。それは「父親が出てこない」ということだ。今回の鈴芽も母子家庭である(さらにお母さんも早くに亡くなっている)。君の名はも天気の子もはっきりと父親(的存在)が登場することはない。
 父親というのはストーリーの上で社会規範となる。子どもの行動は父親を通るとたちまち社会と対面する。もし鈴芽に父親がいたらどうなるだろうか。草太を追いかけて宮崎から東北まで旅をすることができただろうか。父親がいないからこそ自分の思いに素直な行動ができたのではないか。このように、社会規範を介さずに主人公と世界が直接対面する物語群を広義に「セカイ系」という。セカイ系では「boy meets girl」(恋愛物語、現代ではボーイである必要もガールである必要もないが)と世界の危機が社会規範など中間項を挟まずにつながる。
 そんな世界観の中で、主人公は「セカイ」か「君」かの二者択一を迫られる。鈴芽が草太を要石(かなめいし)にしたときのように、「君」を救えば「セカイ」が壊れ、「セカイ」を救えば「君」が壊れるという問題なのだ。ここで先ほどお伝えした「大きな物語」が意味をなす。大きな物語の中で、規範なき二者関係が語られる。非常に個人的な感情である愛情と世界の終わりが並列で語られるのだ。簡単に言ってしまえば、新海作品は「大きな物語とそれに必死に抗う人間の愛のストーリー」なのだ。

まとめ では現実の我々はどうか

 ここで、映画の内容を離れ現実の世界について考えてみたい。我々は広い意味で大きな物語を常に抱えている。たとえば会社であれ学校であれ自分の手ではどうしようもない決まりやレールのようなものだ。大きな物語による支配は常に試練を伴う。その中で拠り所になるものとはなんだろうか。最終的には自分自身の感情でしかないと新海作品は教えてくれる。セカイか君かで「君」を「自分で」選んだからそれは正しい。決して褒められる選択ではないけれど自分が選んだものが正しいのだ。幸せと胸を張っていうことはできないが、たしかに自分で選んだ道だという手触りこそが「生きる」ということである。そう新海作品を見ていると感じる。また、自分で人生を選択していく以上、切り捨てていくもの・なくなっていくものが必ずある。それひとつひとつも噛み締めて生きていかなければならない。それが「行ってらっしゃい」「おかえりなさい」につながっていた。

 そう考えると今日の定食屋の「おやすみなさい」と言ってくれた店員も「すずめの戸締まり」を見て一日を大切に過ごしてくれているのかもしれない。

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