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「俊徳丸」を令和のおばちゃんが語る

去る2024年5月3日の午後、私は東大阪市民美術センターの展示室で、大量の流れる文字を浴びながら、琵琶を弾いておりました。

現代美術家の中野裕介/パラモデルさんの企画展の関連イベントで、展示の中心テーマとなっている「俊徳丸」の琵琶曲を演奏したのです。

顔面にもしっかり浴びてますね。

「俊徳丸」は、大阪に古くから伝わる物語で、能「弱法師」や、文楽「摂州合邦辻」の題材としても有名です。
今回、縁あって、この「俊徳丸」の琵琶歌を制作しました。

琵琶歌を作る時、その題材についての基礎知識から時代背景、受容の歴史などをとにかく脳に摂取させます。
そこから湧き出てくる言葉や感情を物語に沿って組み立てて、七五調の歌詞を作っていくわけです。
なのですが、今回、どういうわけか、この俊徳丸という主人公が私の脳に定住してくれず、どうしたものかと苦戦していたわけです。

困った挙句、私が取った方法は、
「とりあえず、身近な存在に、俊徳丸について語ってもらう」
というものでした。

大阪に古くから伝わる物語を語るにふさわしい身近な存在。
それは、大阪のおばちゃんです。
おばちゃんは架空の人物に対して忖度をしません(多分)。感じたことをそのまま口に出します。
そして、おばちゃんはお話が大好きです。世間話のように、古の物語を情感豊かに語ってくれるはずです(恐らく)。

というわけで、琵琶歌を作る過程で突如脳内に出現したおばちゃんによって語られた「俊徳丸」。
事前の打ち合わせで中野裕介さんにお見せしたところ、面白がって下さったので、調子に乗ってこちらに載せてみたいと思います。

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大阪の八尾に高安ってとこがあって、今もあんねんけど、そこに、信良さんっていう長者がおってんな。
そこの夫婦には、なかなか子どもができひんかって、で、京都の清水寺ってあるやん。そこの観音様にお願いしに行ってん。
そしたら、観音様が「あんたら夫婦の前世での行いが悪かったから、子どもができひんねんで」って言うねん。
そしたら、信良さんが逆ギレして、「子ども授けてくれへんかったら、ここで切腹して呪ってやる」とか言い出して、すごいやろ?仏さま脅しにかかってんねん。
で、もし授けてくれたら、あれもあげます、これもあげます、あそこも修理します、言うて無理から頼み込むねん。
観音様もついに折れて、ほしたら、子どもが3歳になった時に、あんたらのうち、どっちかが死んでまうけど、それでもええか?ハイ、いいです、てことで、やっと子どもができんねん。

生まれたのが男の子で、俊徳丸って名付けられて、そらもう大事に育てられて、可愛い、賢い子に育つねん。
で、観音様に言われた3歳になっても、何でか知らんけど誰も死なんかって、そのまますくすく育って、そのうち勉強さすために、信貴山っていうお寺さんに預けられんねんけど、そこでもめっちゃ優秀で、もう完璧超人みたいな子になんねん。

ほんでな、俊徳丸が12歳くらいの時に、大阪の四天王寺さんで、稚児舞っていう大きいイベントをやることになって、その舞人、ダンサーに俊徳丸が選ばれんねん。
信貴山のお寺さんから呼び戻されて、四天王寺さんの石の舞台で、今もあんねんけど、めっちゃ上手に舞を舞って、みんなにめっちゃ褒められんねん。
その稚児舞を見てた人の中にな、和泉の蔭山長者っていう人の娘で、乙姫っていう女の子がおってん。
その子をな、俊徳丸が舞台の上から見て、ズキューンって一目惚れしてしまうねん。
俊徳丸のとこには、家来の仲光っていう人がおんねんけど、その人の勧めで、ラブレター書いて、この時代、まだ郵便とかないから、仲光が直接届けんねん。
俊徳丸、賢いもんやから、わざと例え言葉とか使って難しく書いてんけど、乙姫も賢いから、それをスラスラ読んでしまうねんな。
で、お付きの女房とかに「これはこういう意味で…」とか教えてあげんねんけど、最終的に、これが自分に対するラブレターやって分かって、「恥ずかしい!!」って、一旦破り捨ててしまうねん。
けど、それを聞いた乙姫のお父さんが、いい縁談やないかって言って、結局、二人は婚約することになるねん。
そう、ここまで、めっちゃめでたいお話やねんな。

ここでな、俊徳丸のお母さんが、いらんこと言うねん。
「観音様が、この子を授けて下さるとき、この子が3歳になったら、夫か私のどちらかが死ぬって言わはったけど、もうこの子、13歳になったで。観音様も嘘つかはんねんなあ」。
でもな、観音様やで、こんなん聞き逃すわけないやん。
観音様怒って、バチが当たって、お母さん、その日のうちに亡くなってしまうねん。
俊徳丸もお父さんも、嘆き悲しむんやけど、この時な、お父さんの信良長者は、まだそんなに年いってなかってんな。
で、親戚たちが、再婚しろって言って、京都のお公家さんの娘を、新しい奥さんにすんねん。
でも俊徳丸は、お母さんが亡くなって間もないのに、そんなん嫌やって言うて、仏様をおまつりしてるお堂にずーっとこもって、お母さんのためにお経あげててん。

そんでだいぶたって、新しい奥さん、俊徳丸からしたら継母に、男の子が生まれんねん。
でも、その子、次男やから、跡取りになられへんねんな。
それがこの継母、嫌やってん。
何とかして、自分の産んだ子を跡取りにしたいと思って、今の跡取りの俊徳丸を呪うことにすんねん。
それもな、よりによって、清水の観音様んとこ行くねん。
「俊徳丸はアナタんとこの氏子ですから、私の子もアナタの氏子ですよね。なら、私の願いを聞いて下さい」って理屈やねん。怖いやろ。
「あの俊徳丸を殺して下さい。でなければ、人が嫌がる病気にして下さい」って言って、本堂の前に生えてる木に、呪いの釘を打ち込むねん。
他の神社とかお寺にも、全部で136本も呪い釘を打って「私が家に帰るまでに、やっといてくださいね」って念押しまでするねん。
そしたら、その呪いの力が強くて、俊徳丸の目が見えんようになって、体中にできもんができて、病気になってしまうねん。

継母の方はな、帰ってみたら、ちゃんと俊徳丸が病気になってるからめっちゃ喜んで、その勢いで、信良長者に「俊徳丸を追い出して下さい、でなければ私と息子が出て行きます」って迫るねん。
信良さん、最初は渋るんやけど、結局負けて、家来の仲光に、俊徳丸を四天王寺さんに捨てに行かせんねんな。
仲光もホンマ嫌やってんけど、主人の言うことは聞かなあかんから、泣く泣く、物乞いの道具を持たせて、目の見えへん、姿も変わってしまった俊徳丸を馬に乗せて、高安から、四天王寺さんまで連れて行くねん。
この道のことを俊徳道って言って、今も駅名になってたり、地名が残ってんねんで。
四天王寺さんに着いたら、俊徳丸は疲れて、お堂で寝てしまうねんな。
その俊徳丸を置き去りにして、仲光は泣きながら、馬を引いて、高安に帰っていくねん。

目が覚めた俊徳丸は、持たされた荷物を手さぐりで見つけて、自分が捨てられて、物乞いとして生きていくしかないって気づくんやけど、生き恥を晒すくらいなら、飢え死にしてしまおうと思うねん。
それを見てた観音様が、さすがにかわいそうに思って「アンタの病気は、前世の行いとかが原因じゃなくって、人から呪いを受けたのが原因やから、今はひとまず、物乞いをして生き延びなさい」ってお告げをするねん。
それを聞いて、俊徳丸は外に出て、物乞いをするんやけど、目が見えへんし、病気やし、ごはん食べてへんから、体に力が入らんくて、ヨロヨロしてんねん。
それを見て、周りの人たちが「あいつはヨロヨロしてるから弱法師や」ってあだ名つけて笑うねん。ひどいやろ。

そうやって俊徳丸が苦労してると、観音様がまた助けてくれて「アンタの病気は、熊野の温泉につかると治るから、行ってみなさい」って言うんで、俊徳丸は四天王寺さんを出て、今の和歌山の熊野を目指して旅に出んねん。
その途中で、貧しい人に炊き出しをしてる家があるって聞いて(これも観音様が教えてくれてんけどな)、行ってみんねんけど、その家、何と、婚約者の乙姫の家やってん。
ヨロヨロの俊徳丸を見て、家の人たちが「あれは乙姫様の許嫁の成れの果てや」って噂して笑うねんな。
それを聞いてしまった俊徳丸は、恥ずかしさでいっぱいになって、四天王寺さんまで逃げ帰って、今度こそ飢え死にしたろと思って、引声堂っていうお堂の縁の下に隠れてしまうねん。

一方その頃ですよ。
乙姫が、女房たちから俊徳丸がうちに来たことを聞くねんな。
で、今の俊徳丸の状況を知って、探しに行こうとすんねん。
ご両親を何とか説得して、巡礼の人に変装して、まず熊野に向かうねんけど、見つからん。
引き返してきて、あちこち訪ね歩いても、やっぱり見つからん。
最終的に、二人が初めて出会った四天王寺さんに行くねん。
そこでも見つからんかって、前に、俊徳丸が稚児舞を舞ってた石の舞台に上がって、もうこの世で会われへんねやったら、後を追おうとまで思うねんけど、待てよ、いっこだけ、まだ見てないお堂がある、って気がついて、引声堂に行って、「どうか恋しい俊徳丸様に会わせて下さい」ってお願いすんねん。
そしたら、縁の下から、か細い声が聞こえんねんな。
乙姫、バッて縁の下に飛び降りて、そこにおった人の蓑と笠をバッて取ってみたら、姿は変わってしまったけど、俊徳丸やって分かってん。
でな、ガバーッて抱きついて「会いたかった!私です、乙姫です!!」って言うねんけど、俊徳丸は最初、バカにされてると思って「やめて」って杖で払っちゃうねんな。
でも乙姫が泣きながら「あなたみたいな病人に抱きつく人なんておらんやろ」って訴えんねん(この言い方もヒドイけど)。
それで、やっと俊徳丸も相手が乙姫と分かって、でも「死にたくても死ねないでいるのに、あなたにまた出会ってしまった。恥ずかしいから、はよ帰って」って言うねん。
それ聞いて、乙姫は「何言うてんねん」って、俊徳丸をガッて肩にかついで…すごいやろ。肩にかついで、お堂の縁の下から助け出すねん。

乙姫な、「あなたは清水の観音様の申し子やから、観音様にお願いに行きましょう」って言って、俊徳丸を連れて、清水寺まで行くねん。
で、お祈りすんねんけど、その後、病人とか貧しい人の宿で寝てたら、乙姫の夢の中に観音様が出て来て「俊徳丸の病気は、継母の呪いによるものです。この鳥の羽根のほうきで体をなでて『善哉あれ、平癒あれ』って唱えたら治るよ」ってお告げをすんねん。
乙姫がパッと目ェ覚まして、見たら、鳥の羽根のほうきがあんねん。
言われたとおりに、俊徳丸の全身をなでてみたら、アラ不思議、体のできもんも消えて、目も元どおり見えるようになんねん。
ふたりともめっちゃ喜んで、観音様にお礼を言うんやけど、乙姫の両親がそのうわさを聞いて、京の都に迎えをやんねんな。
ここでもだいぶめでたしめでたしやねんけど、俊徳丸が「病人だった時に、たくさんの人に助けてもらったから、お礼に、四天王寺さんで貧しい人たちに施しをしたい」って言って、七日間の施行、まあ、炊き出しやな、することになるねん。

一方その頃ですよ。俊徳丸の父親、信良長者は、俊徳丸を呪ったバチが当たって(継母にじゃないねんな…)、目が見えんようになって、家も没落して、高安におられんようになって、各地を放浪するようになんねんな。
それに継母と弟もいっしょについていくねんけど、ある日、四天王寺さんで施行があるって聞いて、行ってみたら、施行をしてたんは、自分が追い出した息子の俊徳丸やねん。
俊徳丸の方もお父さんに気づいて「お父さん!!」って泣いて抱きついて、観音様からもらった鳥ぼうきで目をなでてあげたら、お父さんの目も見えるようになんねん。
で、俊徳丸な、自分を呪った継母と、その息子は、殺させてしまうねんな。そこだけは許されへんかったんやな。

その後、俊徳丸と信良長者は高安に帰って、産みのお母さんを弔いながら、家族仲良く暮らしましたとさ。おしまい。

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令和のおばちゃんが語る「俊徳丸」、いかがでしたでしょうか。
これからも、琵琶歌を作る時、ちょくちょくおばちゃんにご登場いただこうと思っています。

俊徳丸とテナシイヌちゃんに見守られながら演奏する荻山。


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