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サンフランシスコにもういない

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#エッセイ

(7)夜の黒い箱(最終話)『サンフランシスコにもういない』

(7)夜の黒い箱(最終話)『サンフランシスコにもういない』

 夜、家に帰るバスのなかで僕はガイドブックに目を通していた。
 まだまだやりたいことはたくさんある。せっかくの日曜日がこのまま終わってしまうことは惜しかったけれど、夜間は不用意に歩かない方が良いエリアも多く、今日はおとなしく帰るのが無難だろうと思った。
 現に膝の上でちいさく開いたガイドブックにも治安が悪いエリアとその時間帯が強調フォントで書かれていた。
 本から視線を上げると、バスの内側を向いた

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(1)『サンフランシスコにもういない』

(1)『サンフランシスコにもういない』

 世間から一目おかれるいやゆる〝エリート〟たちは、ひとたび旅に出れば、崇高な思想や哲学の一つ二つ誰に言われるともなくこしらえて、いざ帰国するなり、周囲に吹聴しては、いやにもてはやされ、いやに尊敬され、いやに自信と矜持と知性とを発散させる。
 いま見苦しいほど嫌味ったらしい書き方をしたけれど、これは自分には成し得ないことを目の前で成されたときに抱く自然な苛立ちと憧憬の裏返しにすぎない。つまり、
――

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(2)うんこの話をしよう『サンフランシスコにもういない』

(2)うんこの話をしよう『サンフランシスコにもういない』

 語学学校の帰り道。僕はルームメイトの韓国人ヤンとともにサンフランシスコ名物の急な坂道を登っていた。その間、僕たちは他愛もない議論をしていた。ヤンは政治に興味があった。だから日韓関係のことや日本国内の情勢について、あれこれと訊ねてきた。
 僕は政治がわからなかった。だから何か訊かれる度にニュース番組で聞き齧ったようなことをかろうじてぽつぽつと答える程度だった。
「この問題についてどう思う?」
 ヤ

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