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暗黒報道㊲第四章 孤島上陸


■潜水艦だ! 発射されたミサイルで爆死


 「うそでしょ、何考えているんですか。私を撃つ気ですか。冗談ですよね」。伊藤楓は目を見開いて叫んだ。
「お前がいけないんだ。何度も注意したはずだ。俺を裏切るなと。だが、お前は聞かなかった」。河野進の拳銃を握る手に力が入った。

 「正気の沙汰ではない。拳銃なんて捨ててください
 「『東京湾Fプロジェクト』は国家の最高機密事項だった。決して表に出してはいけなかったのだ。その情報にお前は触れた。それだけで重罪だ。さらに敵に情報を流し、島までやってきた。お前はすべてをめちゃくちゃにした。恩をあだで返しやがって」。大神の紹介で、楓は大学卒業後、河野が社長のスピード・アップ社に就職した。能力が高いこともあったが、河野は楓に自由にやりたいことをやらせていた。人からは甘やかしすぎといわれたが気にしなかった。

 河野は話しながら興奮してきたのか、顔が赤く上気してきた。目がぎらつき見開かれた。目から零れ落ちていた涙が止まった。
 「狂ってる。正気を、正気を取り戻してください。私は取材をしただけです。なんで社長に撃たれないといけないのですか」
 「うるさい。お前をこの手で仕留めなければ、俺は総理から見放されてしまう。そうなれば会社はつぶれる。俺は、俺は、社会から追放されてしまう。抹殺されてしまうんだ」

 遠くの方で銃声が一発聞こえた。それを合図にしたように、再び銃撃戦が始まったようだった。激しく撃ち合っているようだった。
 河野は拳銃の引き金に指をかけた。楓は覚悟を決めた。

「ダーン」。銃声音が鳴り響いた。
 
 次の瞬間。悲鳴があがった。地面に倒れ込んだのは河野だった。持っていた拳銃は吹っ飛び、右手首が変な方向に折れ曲がっていた。血が噴き出していた。
 「えっ、えっ、何が起きたの?」。楓が顔をあげると、5メートルほど離れた木の前に大神由希が立っていた。
 
 「大神さん」。一体何が起きたのかわからなかった。自分は河野に撃たれたはずだ。だが、大神の両手に拳銃が握られ、河野が悲鳴をあげながら地面をのたうちまわっていた。 
 大神が河野を撃ったのか。楓はショックで意識を失った。
 大神は茫然と立ち尽くした。両手がしっかりと拳銃を握りしめていた。撃った時の衝撃は激しく、2、3歩後ずさりした。

 いつまでも帰ってこない楓が心配で、大神は1人で船を出た。枝を杖代りにして足を引きずりながら歩いた。洞窟にたどり着いた。

 そこで見たのは、信じられない光景だった。河野が楓に向かって拳銃を構えていたのだ。至近距離に立ち尽くす楓を明らかに狙っていた。  
 なぜ、楓を殺そうとするのか。わからなかった。声をかける間もなく河野が引き金に指をかけた。次の瞬間、大神が河野に向かって引き金を引いていた。

 大神は倒れた河野の方へ駆け寄ろうとした。すると、後ろから走って来た「虹」の隊員2人が大神の前に立ちふさがった。井上もいた。3人は大神の脇を抱えるようにして引きずりながら逆の方向の林に入った。
 「すぐにここを立ち去るんだ。武装した民警団が近くまで来ている。今まで撃ち合っていたんだ」
 「でも河野さんが」。振り切って行こうとしたが、許されなかった。林の中の遊歩道に灯りを照らして走った。別の隊員が気を失っていた楓を抱えてついてきた。
 
 入れ替わりに民警団のメンバーが反対側の道からやってきた。倒れている河野を見て驚き、抱きかかえて洞窟の中に入っていった。

 「なにがあったんだ。君には船で待っているように念を押したはずだ」。井上が歩きながら大神に話しかけた。
 「すみません。楓のことが気になってしまって。洞窟にいると思って来てみたら、河野さんが楓に拳銃を向けて、撃つ瞬間だった。私は思わず所持していた拳銃を河野さんの手にめがけて撃っていました」

 「それが命中したというのか」。井上が驚いていると、隊員に抱えられていた楓が我に返った。何が起きたのか、状況を聞いた楓は「大神先輩のおかげで助かりました」と礼を言った。大神はまだ興奮した状態が続いていて、首を振るだけだった。

 味方で死亡したのは、楓グループの隊員2人。遺体がどうなったかもわからない。ほかにけがを負った者もいた。大神らは、林を抜けて、島に上陸した岩場まで走った。後ろを振り向いている余裕はなかった。しかし、岩場に着いてみて誰もが唖然とした。船が破壊されていたのだ。

大神たちが乗って来た小型船は破壊されていた

 「だめだ。島から脱出できない」。1人がため息をついた。
 「だからか、民警団は追いかけてこなかったのは。船を破壊したのでこの島からは逃げられないことを知っていたからだ。洞窟で態勢を立て直してから再び、襲いかかってくるのではないか。あるいは応援が来るのを待っているのかもしれない」。井上が絶望的な表情で言った。
 どこに隠れたらいいのか隊員同士で話し合っていた時、林の方で音がした。全員が身構えた。

 「こっち、こっちです。大神さん」。暗闇から突然、声がした。
 背広姿の男が現れ、大神を手招きした。上陸部隊のメンバーは警戒して銃を構えて撃とうとしたのを、大神があわてて止めた。
 「本当に、本当に助けに来てくれたんですね」
 「大神の知り合いか。なぜこんなところに」。井上が驚いて言った。
 「説明は後だ。とにかく急いで」。その男についていき、皆が林の中を駆け上がった。島の一番高い場所にある広い空き地に出た。
 そこに巨大な「カブトムシ」がいた。

 空飛ぶクルマ「カブトン」が2台、停まっていたのだ。みなが「カブトン」に乗り込んだ。「カブトン」はその場から約50メートルほど垂直に上昇してから、東京方面に向かって水平飛行を始めた。

 「ありがとうございました」。大神は船で休んでいる間に、「カブトン」開発の責任者の高嶋課長にメールをうったのだった。白蛇島で危険な状況にあることを訴えた。だが、実際に来てくれるとは思ってもいなかった。
 「実践でも飛べることを証明したかったのですよ。もう十分にテストは積んできましたから」。高嶋は言った。操縦桿を握っている姿は真剣で余計な事は話す気はないようだ。

 大神は青白い顔でぐったりしていた。河野の右手を撃ち抜いた。楓を救うためとはいえ、撃ったことは間違いなかった。河野は治療を受けられるのだろうか。あのまま、出血多量で死んでしまうのではないか。
 
 「大神さん、まさか、自首したりしないよな」。隊員の1人が言った。「大神さんが撃たなければ、楓さんは殺されていた。大神さんにも銃口が向けられただろう。正当防衛だ」
 別の隊員も言う。「俺の親友、仲間が殺された。悔しい。民警団はここで次々に殺人を犯している。遺体が山積みされていたのを見ただろう。ここは、狂気の島だった」
 楓は「大神先輩に命を救っていただいた。河野さんは民警団が抱きかかえていました。応急手当が施されているはずです」と言った。
 大神の気持ちは晴れなかった。憂鬱な精神状態だった。東京に戻ったら、警察に行き、すべてを話そう。そう心に決めた。

 その時だった。
 「な、なんだ、あれは」。操縦桿を握っていた高嶋が大声をあげた。
 「カブトン」が島の上空を飛び、もうすぐ海にでるところだったが、切り立った岸壁の上に、1人の男が立っていた。
 暗くて見えにくいが、「カブトン」の照明でその姿が浮かび上がった。
 
 紺色仮面を被っていた。
 「鮫島次郎だ」。誰かが大声を上げた。

 鮫島は肩に武器を抱えていた。「ジャベリンの新型か」。対装甲車両で高い破壊能力を誇る携行性に優れる武器で世界の戦場で使用されている。

鮫島はシールドを使い、携行用武器を肩にかついでいた。

 「カブトン」に向かって照準を合わせていた。「虹」の隊員が機関銃を発射した。鮫島に命中したように見えた。しかし、白い煙が立ち上った後、鮫島が再び現れた。

 にたにた笑い、片手をあげて顔の前で指を左右に振った。「無駄だ」とでも言うように。鮫島の周囲にはシールドが張り巡らされているようだった。

 「ダメだ」。全員が覚悟した。鮫島の餌食になるのは確実だった。
 その時、はるか遠くで、とてつもなく大きな爆発音がした。そしてシュルルという音が響き渡った後、鮫島が立っていた岩そのものが大爆発した。とてつもない威力のあるミサイルが岩に命中したのだ。岩は破壊され、鮫島は宙に舞い、バラバラになって海に落ちていった。

 大神らは一体何が起きたのかわからなかった。九死に一生を得たことだけは確かなようだった。
 だが、「カブトン」の速度は遅い。鮫島を岩ごと吹き飛ばしたミサイルがいつこちらに向かって襲ってくるかわからなかった。
 
 「あれを見て」。楓が叫んだ。遠くの沖合に赤い点滅が見えた。
 「潜水艦だ」。井上が叫んだ。船体は静かに海中に潜っていった。
 「カブトン」は晴海ふ頭に向かった。飛んでいる間、全員が沈黙していた。一体、この数時間に起きた出来事は本当に現実にあったことなのか。
 遺体の山、後藤田の出現、銃撃戦、岸壁に立つ鮫島、潜水艦によるミサイルの発射……。全員が殺されていてもおかしくなかった。
 
 「カブトン」は晴海ふ頭に到着して、静かに降り立った。
 「ありがとうございました。助かりました」。大神らメンバーが口々に高嶋に礼を言った。高嶋も無事に送り届けることができてうれしそうだった。   国など関係機関の飛行許可申請を出しておらず、途中で事故でも起きたら大変なことになっていた。開発そのものが中断するかもしれないリスクを冒していただけに、ほっとした様子だった。

 「大神さんからメールをもらった時はまさかと思いましたよ。でも、白蛇島と聞いて行けると思いました。あの近辺はテスト飛行でよく飛んでいるんです。地上だと『変な物体が空を飛んでいる』と目撃者が警察に通報したりするんです。海上でしかも真夜中だったからよかった」

 「深夜によく来てくれました」
 「以前試験飛行で乗っていただいた時に危険が差し迫った時には迎えに行きますからと約束しましたからね。大神さんからSOSを受けてすぐにほかのスタッフと駆け付けました。豊高自動車は嘘はつきません」

 「飛行タクシー代はお支払いしますので」
 「高いですよ、後日、請求書を送ります、と言いたいところですが、無届飛行なのでお金は受け取ることはできません。その代わりにまたカブトンのPR記事をお願いします。以前大神さんに書いていただいた体験搭乗記が大評判なんです」。高嶋は笑いながら言った。大神は事件取材の合間を縫って、晴海で体験搭乗した時のレポートをネットにアップしていたのだ。

 大神らは2台のワゴン車に乗り込んで、東京郊外の「虹」の秘密基地に向かった。途中何度も車を乗り換えるなど慎重を期した。
ワゴン車は未明に秘密基地に到着した。
 
(次回は、核搭載ミサイルの設計図)
 

                                 ★      ★       ★
小説「暗黒報道」目次と登場人物           
目次
プロローグ
第一章 大惨事
第二章 報道弾圧
第三章 ミサイル大爆発 
第四章 孤島上陸
第五章 暗号解読 
第六章 戦争勃発 
第七章 最終決戦
エピローグ

主な登場人物
大神由希 
主人公。朝夕デジタル新聞社東京社会部の調査報道を担 当するエ ース記者。30歳独身。天性の勘と粘り強さで' 政界の不正を次々と 暴いていく。殺人集団に命を狙われる中、仲間たちが殺されたりして苦悩しながらも、「真相の究明」に走り回る。
下河原信玄 
内閣総理大臣、孤高の党代表。核武装した軍国主義国家を目指す。
後藤田武士 
国民自警防衛団(民警団)会長、元大手不動産会社社長。大神の天敵。

★朝夕デジタル新聞社関係者
橋詰 圭一郎 
東京社会部調査報道班記者。大神の1年下の最も信頼している相棒。
井上 諒   
東京社会部デスク。大神の上司で、大神と行動を共にする。
興梠 守   
警察庁担当キャップ。

★大神由希周辺の人物
河野 進
「スピード・アップ社」社長。下河原政権の広報・宣伝担当に就任。大学時代の大神の先輩で婚約者だった。
岸岡 雄一
「スピード・アップ社」のバイトから取締役へ。子供の時から「IT界の天才」として知られる存在。
伊藤 楓
インターネット会社「トップ・スター社」を創設した伊藤青磁の長女。大神に憧れて記者になる。
鏑木 亘
警視庁捜査一課警部補。夫婦とも大神のよき理解者。大神が時々夜回りに通う。
永野洋子
弁護士。大神の親友でよき相談相手。反社会的勢力の弁護を引き受けることもある。
田島速人
永野の夫で元財務官僚。総選挙で当選し、野党「民自党」副代表になる。

★下河原総理大臣周辺の人物
蓮見忠一
内閣官房副長官。元警察庁警備局長。報道適正化法(マスコミ規制法)制定の責任者。        
鮫島 次郎
内閣府特別顧問兼国家安全保障局長。下河原総理の指示で、最新鋭のミサイルとドローンの開発にあたる。いつも紺色仮面を被っている。
江島健一
民警団大阪代表から、民警団本部事務局長になる。
香月照男
民警団員。精鋭部隊入りを目指している。
★事件関係者
水本夏樹
スーパー美容液を売るマルチ商法の会社経営者。会社倒産後、姿を消していた。
水本セイラ
水本夏樹の一人娘。知能指数が際立って高い小学3年生で、謎の多い少女。

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