緒方謙

全国紙社会部記者、デスクとして事件、調査報道を主に担当。数々の事件を担当し、チームとし…

緒方謙

全国紙社会部記者、デスクとして事件、調査報道を主に担当。数々の事件を担当し、チームとして新聞協会賞、坂田記念ジャーナリズム賞を受賞。テレビ局で報道担当を務める。調査報道をテーマにした小説「暗黒報道」の連載が2024年10月からスタート。日本記者クラブ会員。

最近の記事

暗黒報道⑳第三章 巡航ミサイル大爆発                      

■大神の元カレは内閣府顧問  マスコミ規制法が10月10日午後の国会で、野党の猛反対を押し切って成立した。世界で増え続ける専制国家における報道機関への対応を参考にして作られた。いざ、戦争状態になり、非常事態宣言や戒厳令が発令された時の報道の在り方まで細かく盛り込まれている。明日、下河原総理大臣による記者会見が組まれた。ここで何を語るのか国民の注目が集まった。    インターネット報道会社、スピード・アップ社社長、河野進は、霞が関の中心に聳え立つビルの10階にある本社の社長室で

    • 暗黒報道⑲ 第二章「報道弾圧」

      ■相棒橋詰の悲劇  民警団精鋭部隊の存在を、橋詰が、団の先輩である香月から聞いてから3日後の日曜日。地元商店街の秋祭りがあった。民警団練馬の団員たちは手伝いに駆り出されていた。橋詰も朝から参加し、演芸会が開かれる舞台の設定をした。祭りが始まってからは、子供相手の的あてゲームを担当し、列をなす子供たちにボールを渡したり、景品を贈呈したりした。  祭りが終わったのは午後7時だった。舞台の片づけも終え、いつものように、打ち上げが始まった。橋詰は香月の隣に座ったが、香月はぶすっとし

      • 暗黒報道⑱第二章「報道弾圧」             

        ■極秘任務「民警団」精鋭部隊  朝夕デジタル新聞社会部記者の橋詰は、毒物混入事件の取材の合間を縫って、朝夕デジタル新聞大阪本社の資料室に入り浸っていた。検索専用のパソコンで気になる資料をチェックしていた。ここでは朝夕デジタル新聞のほか、全国の地方紙の記事のすべてが検索できる。  富山市で6月に起きた暴力事件のニュースを見つけた。    15日午後7時半ごろ、富山市内の路上で、男性が数人の男たちに囲まれ、殴る蹴るの暴行を受け、両足を骨折して全治2か月の大けがを負った。  富山署

        • 暗黒報道⑰ 第二章「報道弾圧」

          ■国民自衛防衛団大阪代表  大神は、大阪府警本部長との食事会の翌日、社会部の1年後輩で東京から一緒に応援に来ている橋詰記者と会った。そして、今後の取材の応援を頼んだ。橋詰は相変わらずホテルの会議室に交代で詰めていて、当番ではない時は暇そうにしていた。  「勘弁してくださいよ。大神先輩に付いて行ったら、命がいくつあっても足りない。みんなが先輩のことをなんて言っているか知っていますか。『事件を呼ぶ女』ですよ。私は事件の前に『大』を付けたいですね」  「結構よ。『大』でも『巨大』

        暗黒報道⑳第三章 巡航ミサイル大爆発                      

          暗黒報道⑯ 第二章「報道弾圧」

          ■大阪府警本部長と共同戦線?  夕方になって滝川府警担当キャップから大神のスマホに電話がかかってきた。  「今晩空いていないか。会わせたい人がいる」  「夜は空いています」。夜回りの予定もなく、今日は早めにホテルに戻って休もうと思っていたところだった。滝川は刑事部長にセイラのことをあてたのだろうか。その結果を知らせてくれるのだろうか。  午後7時半。滝川が指定した大阪の歓楽街、北新地のど真ん中にある老舗の料亭を訪ねた。個室の真ん中に置かれた4人掛けの机では、滝川と横に座って

          暗黒報道⑯ 第二章「報道弾圧」

          暗黒報道⑮ 第二章 報道弾圧

          ■セイラが毒物を入れた? 府警キャプは笑い転げた  大神は東京に戻った。松本市に残ってもセイラにこれ以上、話を聞くのは難しいと判断した。さらに取材を続けたら、本当に誘拐容疑で告訴されていただろう。  翌日も、内閣府報道管理局と警察庁からの呼び出しはなかった。東京社会部にいても、毒物混入事件のことばかりが気になった。セイラの別れ際の行動が気になって仕方がなかった。大阪府警はどこまでの情報を握っているのか。セイラからも話を聴いているはずだが、どのように受け止めているのだろうか。

          暗黒報道⑮ 第二章 報道弾圧

          暗黒報道⑭第二章 「報道弾圧」

          ■水本夏樹が死んだ。セイラはどこに   内閣府報道管理局調査課長と警察庁警備局特別チーム所属の刑事による大神由希記者に対する取り調べは続く。   沈黙の時間が30分ほど続いただろうか。突然、取調室に全く別の男が入って来た。相当慌てたような感じだった。  そして取り調べにあたっていた2人に耳打ちをした。  「なに、本当か」。2人は同時に驚いたような表情を浮かべた。そして部屋の外に飛び出していった。  間もなく、課長が戻って来た。  「なにかありましたか」。大神は新聞記者の習性

          暗黒報道⑭第二章 「報道弾圧」

          暗黒報道⑬ 第二章「報道弾圧」

          ■机をたたく刑事、厳しい取り調べが続く   大神は午前9時、指定された警視庁に正面玄関から入っていった。テレビと新聞、通信社のカメラマンと記者が階段の上に陣取り、映像を撮った。  「誤報の経緯をすべて説明するのですか?」。テレビ局の女性記者が前を通る大神に聞いた。記者が「誤報」と決めつけて質問してくるとは。大神はなんとも嫌な気分になった。質問には答えようがなく、首を横に振るだけだった。  取調室に入った。殺風景な部屋に置かれた机と椅子。ジャンパーを着た警察庁警備局特別チーム

          暗黒報道⑬ 第二章「報道弾圧」

          暗黒報道⑫ 第二章「報道弾圧」

          ■大神 事情聴取に応じるかどうかで悩む  毒物混入事件の捜査は一向に進展しなかった。  大神は事件発生から2週間して大阪から東京にいったん戻った。「カブトン」取材から直接大阪に向かったので、出張準備をなにもしていなかった。着衣や日用品は購入してしのいできたが限界だった。  東京に戻ると、田之上社会部長からすぐに呼び出しがあった。  「内閣府と警察庁が同時に大神から事情を聴きたいと言ってきた」  「どういうことですか」  「毒物混入事件で『重要参考人浮かぶ』の記事について聴き

          暗黒報道⑫ 第二章「報道弾圧」

          暗黒報道⑪ 第二章 「報道弾圧」

          ■「マスコミ規制法」ではアウトだ  国会では、最大の焦点である憲法改正についての審議と同時に、報道適正化法(通称「マスコミ規制法」)の制定についての議論が大詰めを迎えていた。  「孤高の党」は与党第一党になり、政権を握って以後、メディアに対する厳しい規制を敷き、報道の自由を制限しようと画策してきた。  テレビと新聞、ネットの報道部門を一括して管理するという構想もその一つで、そのための組織として、内閣府に報道管理局が新設された。  マスコミ規制法が法制化されれば、大半のテレビ局

          暗黒報道⑪ 第二章 「報道弾圧」

          暗黒報道⑩ 第一章 大惨事

          軍事国家を目指す権力VS天才女性記者の知略戦 ■「新社長のクビが飛ぶぞ」。小林デスクは怒鳴った  朝夕デジタル新聞大阪本社の会議室。午後9時半。事件の打ち合わせ会議は緊迫した雰囲気に包まれた。  事件担当の小林だけでなく、大阪社会部長も出席した。  大阪府警担当キャップが水本夏樹の取り調べの状況について説明した。 「捜査一課長からは厳重注意を受けたし、出入り禁止もくらったが、実は取り調べをする前は、『本星』と考えていたふしがある。事実上の容疑者といってもいいような厳しい取り

          暗黒報道⑩ 第一章 大惨事

          暗黒報道⑨ 第一章

          軍事国家を目指す権力VS天才女性記者の知略戦 ■美魔女は会見で泣き崩れた  水本夏樹は神妙な顔で壇上に現れた。製薬会社の大会議室で開かれる予定だった記者会見は参加希望者があまりにも多かったため、300人は入ることができる大講堂に急きょ、変更された。  夏樹はグレーの地味な服装だったが、登場と同時に舞台がパッと明るく華やいだ雰囲気に変わった。アルバイトをしている時は目立たないように気を遣っていたが、カメラを前にした時の存在感は格別だった。壇上の長机の上には、20本以上のマイ

          暗黒報道⑨ 第一章

          暗黒報道⑧ 第一章

          ■記事に激怒した捜査一課長   午後5時。大阪府警捜査一課長が府警本部で捜査一課担当の記者だけを集めた。一課長はどんなに緊迫した状況でも、にこにこと笑顔を絶やさず、会見が始まる前は、冗談を言ったりする余裕を見せるのだが、この日は終始、むっつりしていた。不機嫌な表情のまま、「今朝の報道によると、毒物混入事件で重要参考人が浮かんだらしいな。マスコミが言う重要参考人の定義はなんですか。ほら、事件取材に強い太陽新聞さん、答えてよ」と、太陽新聞の一課担当キャップを突然指名した。  「え

          暗黒報道⑧ 第一章

          暗黒報道⑦ 第一章

          軍事国家を目指す権力V天才女性記者の知略戦 ■「ママは毒物を入れていない」とセイラは言った   水本夏樹とセイラが公園から立ち去った後、大神はしばらくベンチに腰をかけたまま動けなかった。どっと疲れがでた。重要参考人との単独インタビューということで、かなり緊張していたのだ。興梠の要請もあり、夏樹の人権などを無視して、ずけずけと失礼極まりない質問を繰り出した。  夏樹の印象は悪くはなかった。「直談判しに行こうとした」という話は、いささか無理筋だと思ったが、その他ではうそを言って

          暗黒報道⑦ 第一章

          暗黒報道⑥ 第一章

          軍事国家を目指す権力VS天才女性記者の知略戦 ■「容疑者」の女に単独インタビュー決行!   製薬会社は、国道沿いに面した広い敷地に、5階建ての本社建物があり奥に工場が併設されていた。石塀に囲まれて中の様子はわからない。大神は、通りを渡ったところにあるバス停に立って、正門から夏樹が出てくるのを待つことにした。  午後5時過ぎ、正門の扉が開かれた。間もなく、ぞろぞろと社員が出てきた。女性が大半だった。談笑しているグループ、足早に歩く人、スマホを見ながらゆっくりと移動する人などさ

          暗黒報道⑥ 第一章

          暗黒報道⑤ 第一章

          軍事国会を目指す権力VS天才女性記者の知略戦 ■シンパからの「スクープ(?)情報」  大神は社を出て、ホテルエンパイヤー大阪に歩いて向かった。  ホテルに着いた後、前線本部には寄らずに宿泊に利用している部屋に戻った。毒物混入の事件後、一般客の部屋の予約は次々にキャンセルになったが、代わりに報道機関が全国から応援に駆け付けた記者用に部屋を借りたために、全体としてはほぼ満室状態になっていた。  大神は部屋に入るとそのままベッドに仰向けに寝っ転がり、スマホで東京社会部デスクの井上

          暗黒報道⑤ 第一章