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【Concert Report】オーケストラ・アンサンブル金沢第487回定期公演②

オーケストラ・アンサンブル金沢(以下、OEK)の定期公演をお聞きくださった音楽評論家、ジャーナリストの方々に当日の演奏について寄稿していただく「Concert Report」。第487回定期は指揮者引退を発表した井上道義OEK桂冠指揮者との最後の共演となりました。どんな公演だったのか、ぜひその当日の「熱」を感じてください。

 音楽は時間の芸術。だから、始まりがあり、いつか終わりがある。
 井上道義が、齢77歳、2024年12月30日をもって指揮活動から引退することを決めたのは、「老醜を晒したくないから」と表向きは言っているけれど、井上道義という名のシンフォニーの作曲者として、フィナーレは絶対に自分で書くと決めていたのだろう。
 OEKの創設者・岩城宏之から第2代音楽監督としてバトンを受け継ぎ、現在は桂冠指揮者の地位にある井上が、愛するOEKとの最後のコンサートに選んだ曲は、両者の歩みを振り返れば、これしかないという組み合わせになった。西村朗の「鳥のヘテロフォニー」は岩城時代の委嘱作だが、井上とOEKがヨーロッパ公演でも取り上げたゆかりの曲。そして、井上がライフワークとしているショスタコーヴィチの交響曲から、唯一、室内オーケストラのために書かれた「第14番」が選ばれた。きわめて渋い選曲にもかかわらず、満員の聴衆が集まったことにマエストロも感激した様子だった。
 私は今年、マエストロを追いかけてさまざまな楽団とのラスト・コンサートを聴いてきたが、感動の深さと演奏の壮絶さにおいて、この日のOEKとの共演は出色だった。ガムランの熱狂が天に届くかのような、原初的な生命力に満ち溢れた西村作品に対して、「死」をテーマにしたショスタコーヴィチは、ロシアからこの公演のために招いた二人のソリスト、ソプラノのナデージダ・パブロヴァとバスのアレクセイ・ティホミーロフの、一点の非の打ちどころもない歌唱と、万感の思いを込めたOEKの渾身の演奏によって、これまで闘い続けてきた井上が、芸術家としてたどり着いた到達点のごとき演奏となったのである。
 終演後のロビーでのレセプションは、当初は楽団員や関係者に向けたものだったと聞くが、マエストロとの別れを惜しむたくさんの聴衆が集まり、井上も嬉しかったに違いない。
 道義さん、これからもどうか元気で、ふらりとOEKの客席に遊びに来てください。(岩野裕一/音楽ジャーナリスト)