【詩歌】黎明詩群 - 加宮 つばめ【オベリニカ】
- 序 -
- 本篇 -
【翌る日には】
朝。陽が昇ると同時に一日が始まると習ったけれど、それはどうにも間違いなようです。わたしの人生はいつから始まって、いつ終わってしまうのでしょう。窓を開けても無彩色。微かに雨の匂いがします。これから降るのか、もう降ったのか。わたしには皆目見当も付きません。
通りに一匹の猫がいました。ひどく汚く濡れそぼっているようにも、優雅に水浴びを終えた後にも見えました。人は見たいように物を見るらしい。ならば、わたしに付いているこの二つの眼は一体何を写したくて動いているのでしょう。
冬の寒さは嫌いではありません。肺いっぱいに満ちた空気はまるでガラス片のように胸を刺します。でも、全く痛くはありません。本当の痛みを知っているから。この程度では痛くない。清々しささえ感じてしまう。明日は雪が降ればいい。
一匙スープを啜ってみます。ずずッと音は鳴らないけれど。わたしは確かに落ちている。銀食器の中にはもう一つの世界。スープと合わせて三つほど。それでもわたしは生きている。歩かなければ始まらないらしい。食器はあとでまとめて洗います。
扉を開ければ波の音。押しては返す普遍の音。わたしはそれを知っている。ちっとも海は近くはないのに。潮の匂いもしないのに。わたしの心で鳴っている。今日も今日とて荒波らしい。制服のスカートの毛糸に気付かず、わたしは今日も歩き出す。「いってきます」
幅の広い道の先に何人もの人が見えました。みんながみんな歩いてる。わたしだって進んでる。信号だって渡れるけれど、気づけばわたしは独りぼっち。みんなは左に曲がったみたい。水たまりの先に虹が見えました。
制服は着たけれど学校に行くつもりはありません。遠くに見える時計塔。もうすぐ八時とその半分。始業の鐘はラッパの音。天気輪の柱が広がっていく。いつかはわたしを飲み込んで。「いってきます」と笑うんだ。
【花見】
春が立つ
桜の香に包まれて
3色団子
3つに分ける
【舞】
花が散る。桜舞う。風に揺られて、落ちる。否応なく落ちる。それが綺麗だった。散りたいと思ったことはない。落ちたいと思ったこともない。だけれど、自分がもしも桜だったなら。(もしかしたら)。そんなこと考えるだけ無駄だろうか。
【色彩】
廻る砂時計の柱を潜り抜けながら進んでいく。足元には魔法があった。暖かな絨毯とカツカツと弾ける暖炉。
厳かな静寂だけが横たわっている。目前には歌があった。ガラス板に閉じ込められた音符の一つ一つを手探りに引き寄せると世界に色が生まれた。
【初恋】
夏風に酔う
私は車窓を眺む
田園も今や遠く
再び都会へと戻りゆく
親しき乙女は言った
「いつかまた会おうね」と
進みゆく車輪
互いの軌道は分たれる
ああ人生とは常に
止まるということを知らず。
【哀憐】
空に浮かぶ瑕疵なき月が嗤っている。
【土埃】
いま私が立っている地面の上には幾つの死が重なっているのだろう。土を穿つように爪先で蹴ってみると濃い死の香りがした。咽ぶように咳をすると、なぜだか胸の奥が痛んだ。
【此方】
青々とした夜に雪が降った。
砂糖のような雪が月の光を反射して輝いている。
触れようとして窓ガラスがあることに気がついた。
そっちはきっと寒いだろうから。
そっとカーテンを閉めて布団に入った。
明日もまだ降っていれば良いと思いつつ。
【雪の日】
友達と傘をさしながらふわふわの雪を投げ合った帰り道。先生が「これだけ積もるのは珍しい」と言っていた通り、世界は一面銀世界になっていた。
しゃくしゃくと鳴る真っ白なカーペットはさながらシャーベットのように。長くて憂鬱な帰り道が遊園地のアトラクションのようだった。
道中の駐車場はまるで自分たちだけの遊び場のようにすら見えた。
「遊んでいこうぜ」とC君が言った。
「遅くなると怒られるよ」と僕は返す。
「じゃあ、待ってるから帰ってからこいよ」とC君は笑った。
僕は全速力で家へと駆けた。
ただいまと玄関を開けて、親の返事を待たずに飛び出した。
「友達と雪合戦してくる!」
靴下は濡れに濡れていて、上着は雪でできた衣のようになっていた。
【不明】
愛し方を知らぬ。
憎み方を知らぬ。
感情が、ないと言いたいわけではないが、私はどこかにそれらを置いてきてしまったらしい。
生まれる時におっことしてきたのかしらん。
【感情】
心の奥に耳を近づけてみると、黒いヘドロが揺蕩っている。
ネバネバと身体中を巡って時折口から溢れ出ようとする。
喉を鳴らしてすぐさま嚥下すると、ムズムズとした感情が駆け回る。
あぁ、あれが僕の心なんだ。
- 評言 -
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