「空飛ぶ馬」北村薫
先駆者、パイオニアと呼ばれる人は本当にすごいと思う。
1から100と比べて、0から1は莫大なエネルギーを必要とするのだ。
仕事でもね、みんなが議論する素材となる資料を作るってのは大変で、でもその分重宝されたり、評価されたりする。
これは自身の経験から。
北村薫は本作で日常の謎、人が死なないミステリーを世に出した先駆者ではないかと。
厳密にはわからないけど、自分が日常の謎系ミステリーとはじめて出会ったのは本作とそれに続く「円紫さんと私」シリーズだ。
主人公は読書が好きな文学少女、落語も好きで寄席にも一人で行く、変わっているという表現は妥当ではないかもしれないが、今風じゃない女の子。
友達と旅行に行った時、浴衣のみんなと違って持ってきたパジャマを着ちゃう、ちょっと子供っぽいところもある子。
彼女が大学の先生経由で、同大学の卒業生だった落語家の春桜亭円紫と出会う。
この人が落語のうまさもさながら、まるで千里眼のような名探偵なのだ。
推理する事象は連続殺人や密室殺人といったものではなく、主人公やそのまわりの人物が遭遇するちょっとした謎、そんな謎が連作短編として描かれている。
どんな謎があるか紹介しよう。
1つは先生が見た子供のころの夢の話、見たこともない人物が切腹する夢を見たのだという。
その人物は歴史上の人物で、蔵にあった絵を見て「この人みたことある!!ひょっとして切腹した?」と聞くと、「そうだよ。なんで知っている?」との回答、どういうことだろうという話。
1つは女子高生数人が、喫茶店でコーヒーを頼む。
そしてなぜか、コーヒーカップに7~8杯も粉砂糖を入れるのだ。。なんで?って話。
1つは車のシートカバーのみ盗まれる話。
1つは必ず日曜日の夜に公園に現れる赤いものを身に着けた女の子、通称「赤ずきんちゃん」の話。
最後の1つは幼稚園の前から一瞬消えた木馬、盗まれたが翌日には返って来てた。。なんで?
これらの謎を円紫さんは鮮やかに解き明かすのだ。
ふんわりした文体、女子大生の1人称で描かれる為、ソフトな味わいに仕上がっているが、中には悲しい話、人の悪意がつまった話もある。
人のなす行いだから、嫌な話もほっこりする話もあるは当然なのだが、きちんと最後にほっこりする話を持ってきて「人間捨てたものではないでしょ?」と問いかけてくれる、やさしい作品なのだ。
ちなみに落語の話も面白く、これを機に少しだけ落語にはまった。
古今亭志ん生の「火焔太鼓」が好き、「あくび指南」も好き。
「後生鰻」「岸柳島」も好き。