【ポートレート・イン・キョウト】 第1回 タブチ ヨウジロウ
『Portrait in Jazz』という本がある。イラストレーターの和田誠さんが敬愛するジャズマンたちのイラストを描き、それを気に入った小説家の村上春樹さんが、彼らへの愛を書いたという、ただそれだけの本なのだが、ジャズを好み、和田さんと村上さんをそれ以上に好む僕にとってはたまらない1冊だ。この本を読みながらひらめいた。僕も尊敬する京都の人たちをイラストと文章で紹介しようと。そうして生まれたのが、『Portrait in Kyoto』なのである。
河原町丸太町周辺のお店に限れば、僕は京都市在住の人たちの平均よりもちょっぴり詳しいという自負がある。それはタブチさんに散々連れ回してもらったからだ。かもがわカフェも、誠光社という本屋も、モンブランという喫茶店も、花いちりんという定食屋も、天狗といううどん屋も、sampoというお菓子屋さんも、琢磨という中華も、全部タブチさんに連れて行ってもらった。
タブチさんは遊ぶのが本当に上手だ。彼は音楽(特にクラシック音楽)が好きで、いろんな楽器を弾きこなすから、僕がギターを弾き出すとおもむろにスマホを取り出してピアノのアプリで合わせてくれたりする。ある日の仕事終わり、御所でキャッチボールをしたり缶ビールを飲んだりしているとき、このまま飲みにでも誘おうかと思っていると、「このあとチェロのレッスンがあるから」とそそくさと帰ってしまう。彼のデスクにはカリンバ(どこかの国の民族楽器)が置いてあったり、ギターでフラメンコ調の曲を弾いたりもする。大学まで合唱をやっていたというから、歌声もオペラ歌手みたいだし、コーラスで紅白歌合戦に出たこともあるという。
しかしタブチさんは、音楽を生業にしているというわけではない。僕が働いている京都の某出版社で営業の仕事をしている人だ。タブチさんの書店営業について行けば、書店員さんとの雑談の流れで自然とフェアの話や本の注文が決まる。それは営業としての技なのか、人としての魅力なのかと問われると、多分どちらでもあるとは思うのだけれど、フラフラと遊んでいるように見えて、実はめちゃくちゃ仕事人だ。一方で、夕方になると「酒飲みたいねぇ」「早く帰りたいねぇ」なんて言いだすけれど、酒を飲んでいるところも早く帰っているところも見たことはない。タブチさんはきっと、「マラソン大会だるいねぇ」なんて言いながらトップ集団を走っているタイプの人かもしれない。実際、足も速いらしい。
タブチさんが初めて書店に営業へ行った時、対応してくれた書店員さんに「この店でいちばん面白い人は誰ですか?」なんて道場破りみたいな質問をすると、その書店員さんは「私です」と答えたという。そんな話を、4つくらいの出版社の営業が登壇するトークイベントのゲストであるタブチさんは、初営業のエピソードとして話していた。そして、「その時の書店員さんが、今の奥さんです」と続けた時には、会場のいろいろな場所から、驚きとか感嘆とかいろいろな声が聞こえて来て、その日いちばんウケていた。
そんなタブチさんと一緒にライブをすることが僕の夢のひとつである。たぶんその気になればあっという間に叶いそうな夢だ。僕がギターを弾き、タブチさんがピアノやチェロなどを弾き、歌う。あと2人くらい募り、どこかのバーなどで演奏できたら最高だ。それをBGM代わりに聞いている人はご機嫌にお酒を飲んでいる。あわよくば、車に楽器を積んだりして演奏旅行なんてものに出かけてみる。タブチさん、こんな夢はいかがでしょうか?
「ポートレイト・イン・キョウト」は極めて個人的に発行している極めて個人的な『月刊テイクフリー』というペーパーにて連載しています。お求めはこちらより。