ドイツにも「聖地巡礼」があると知る。
先日、モーリッツブルク城(Schloss Moritzburg)へ行ってきた。
ドレスデン周辺の史跡や観光スポットを紹介するマップに載っていたのがきっかけで、割と近いしどんなものか観に行ってみようということになった。
ドレスデンの中心部から1時間に1本ほどしか出ないバスは満員だった。
しかも乗っている人の年代は幅広いものの、外国人観光客らしき人たちは私と夫しかいなくて、かなり浮いている雰囲気があった。
というのも、このバスの私の耳に届く範囲全員ドイツ語話者なのだ。
日本ではバスの中に日本語話者しかいないのはわりと普通かもしれないけれど、ヨーロッパだと電車やバスの中でもいろいろな国の言葉が飛び交うことのほうが日常的だ。
とくに観光スポット周辺ともなると、私たちのようなアジア系も含めていろいろな国の人が入りまじる。
だから観光スポットへ向かうはずのバスが概ねドイツ人だらけというのは、むしろちょっと異質であるように感じていた。
珍しいことがあるものだなぁ。
このときはそれくらいにしか思っていなかった。
バスに揺られること1時間弱。
目的のモーリッツブルク城に到着した。
事前に調べたときに見た通り、お城が水に浮かんでいるように見える。水面にオレンジの屋根の宮殿が写っていて、お城としては小ぶりながらも、なかなか幻想的な光景だった。
このお城は16世紀にこの土地の大公、モーリッツ公爵が狩猟のときのお家として建て、18世紀にアウグスト強王による大改築を行った。
そして今見ることができる「水の上に浮かぶお城」のスタイルになったのだそう。
城の正面に人工池を作り、このファンタジックな雰囲気を完成させたのも、18世紀の改築によるものなのだそう。
お城の背面に池は続いておらず、線対称に作られた庭と、かつて狩りをしていたと思われる森が広がっている。
つまり、お城の前と後ろでだいぶ趣が異なっている。
なかなか機能性が高いというか、色々な要素が詰め込まれたお城のようだ。
この日はお城の中で冬の特別展みたいなものが開催されているらしい。
よくわからないけれど、お城の中も見てみたいということで試しにチケットを買って入ってみることにした。
チケットブースには3ヶ国語でイベント名らしきものが書かれていた。
「Drei Haselnüsse für Aschenbrödel」あと、英語で「The Three Hazelnuts for Cinderella」と書かれている。あと一つはこの前行ったチェコの言葉に近い気がする……くらいに、このときは思っていた。
英語で読む限り「シンデレラのための3つのヘーゼルナッツ」という展示会らしい。
よくわからないけれど、とりあえず入ってみることにする。
中に入ると最初にあったのは、立派な馬車と謎の人(マネキン)。
よくわからないセットを横目に、ずっと列ができるくらい混雑している城内をゆっくりと進んでいく。
わけがわからないまま進むと先には、さらに混雑。
そして全ての解説が、ドイツ語とチェコ語(このあたりで翻訳ツールを使い、チェコ語と判明する)。
そんな展示なので、周りの人からもドイツ語と少しだけチェコ語らしき言葉しか聞こえてこない。
ドイツの美術館などの解説は大抵ドイツ語のみか英語と併記が多い。なのでドイツ語とチェコ語の併記はなかなか特殊だ。
どういうことなんだ、ここはどこなんだ。
皆は何を楽しみにこんなに混雑しながらこの展示会を見ているんだ。
理由が知りたくて、色々調べつつ解説を読みつつスマホで進んでいく。
するとどうやら、さっきの「シンデレラのための3つのヘーゼルナッツ(日本では『灰かぶり姫の三つの願い』というタイトルになっているよう?)」というタイトルの、チェコと東ドイツの合同で制作された1973年公開の映画があるらしい。
それで主役のシンデレラを演じて有名になったリブシェ・シャフラーンコヴァーというチェコ出身の女優さんの人生とシンデレラをかけて、シンデレラストーリー風に紹介する、みたいな内容のようだった。
彼女はその後も様々な作品に出演していて、映画内で着ていたと思われる衣装や、年代ごとの活躍などが紹介されていたようだった。
水の上のような特殊な環境と古いお城というのもあってスマホの電波が届かず、翻訳ツールがほぼ使えなかったのが悔やまれる。
色々調べながら展示を見ながら分かったのが、この「Drei Haselnüsse für Aschenbrödel」という映画作品が、ドイツで長年人気のクリスマス定番映画で、そしてこのモーリッツブルク城がロケ地でもあるということだった。
この作品は、日本でいうところの「ホーム・アローン」みたいな感じらしい。
毎年必ずテレビで放映されていて、カルト的人気を誇る映画ともネットに書かれていた。
つまり私は、何も知らないうちにドイツでカルト的人気を誇るクリスマス映画の聖地巡礼をし、聖地で行われる聖地たらしめる作品にまつわる展示会を見て回っていた、ということらしい。
カルト的とは?と思ったりもしたけれど、普段混雑や人口密度が高いところを避けるドイツの人たちが、ぎゅうぎゅうになってでもこの作品にゆかりのあるものを見ている。
それだけでもちょっと珍しいことなのだけれど、しかもそんな環境のなか、みんなとても真剣でかつ楽しそうなのだ。
おばあさんが熱心に子ども用の作品紹介のツールをいじっていたり、古そうな色味の映像が流れる映画音楽コーナーに、ティーンが座り込んでいたり、とにかくみんな夢中なのだ。
これは、カルト的と言っていいのかも……と思わずにはいられなかった。
このお城はドイツの人にとって聖地的な人だから、観光で来る人もその作品のファンであるドイツの人が多くなる。
しかも今はその映画にまつわる展示会までやっているから、来ているお客さんの熱量も高いということなのだろう。
このお城までくるバスの中がドイツ語を話す人ばかりだった意味が、ここにきてやっと理解できた。
この場所と、周りのただならぬ雰囲気の理由を一通り理解して、「何も知らず来ちゃってすみませんでした」と思いつつ、また新たなことを知れて嬉しくなった。
ドイツで愛される作品を知ることができたこと、そしてドイツにも聖地巡礼の文化があるということを知れたのはとてもいい経験だ。
この場所は本当に老若男女に人気で、小さい子がシンデレラの仮装をして遊びに来ていると思ったら、お城の外階段で女性が家族らしき子供と男性に階段で片方の靴が脱げている自分を写真で撮らせていたり、男の子が段ボールで作った剣と盾を持って歩いていたり、それぞれがおもいおもいの方法で楽しんでいる光景があった。
クリスマスマーケットでも見てきたけれど、ドイツの人はテンションが上っているときの姿がとてもキュートだ。
楽しむときは「おとなげない」「みっともない」なんて言葉は忘れてしまう。「楽しい!」「嬉しい!」という感情をストレートに出して楽しんでいるから、見ているこっちもその気持ちをおすそ分けしてもらっているような心地になる。
そしてなにより、聖地巡礼を通して好きなコンテンツに触れる喜びは、人種や出身国、コンテンツの種類に関係なくあるものなのだと知ることができた。
思わぬかたちで聖地巡礼をする巡礼者たちに混じってしまった。
けれど、好きな作品を追いかけてゆかりの地へ行きたいと思う気持ちは変わらない。愛情を傾ける作品に違いはあれど「 作品へ寄せる愛情 」は世界共通なのだと知る、いい機会になったのだった。