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【陽だまり日記】南蛮とはなんぞ。
昼休みが終わる頃のこと。
同僚の女の子が、私の席の前でピタッと立ち止まった。
外でランチをしてきたらしい彼女の手には未だお財布が握られたまま。
寒さのせいか鼻のてっぺんが少し赤い。
天真爛漫を地でゆく彼女だけれど、どうしたことか其の表情はしんなりと萎んでいた。
慌てて隣の席に座るよう促す。
腰を下ろした彼女は、おずおずと口を開いた。
「あのう……なつめさん、ナンバンって、どういう意味か知ってますか。」
「うん?」
想像の斜め上をゆく質問に、瞬きを3度。
「ほら、チキンナンバンとか、アジノナンバンヅケとかって言うじゃないですか。」
「アジノ……ああ、鯵の南蛮漬け……。」
謎の暗号が頭の中で美味しそうな料理に姿を変えて、頷く。
チキン南蛮はもとより、鯵の南蛮漬けって美味しいわよね。
でも最近は、スーパーでアジを見かけることも少なくなったわねえ……10年前までは、私もよく豆鯵を買って南蛮漬けにしていたというのに。
それにしても、改めて言われてみると南蛮って何かしら。
日本史の授業で習った「15世紀頃になると南蛮貿易が……」「南の蛮族という蔑称……」というあのくだりは覚えているけれども、料理としての南蛮は何を指してるのか。
「普通!知らないですよね?」
語気を強めて問われたので、なんとなく頷く。
「ですよね!」
「南蛮って葱のことらしいんですよ!」
あぁ、なるほど、葱…。葱?
葱なの、南蛮って。
同意を得られて勢い付いたのか、事の顛末の詳細を彼女は話してくれた。
聞いてくださいよう……
今日、同期と一緒にお蕎麦屋さんに行ったんです。
それで、お店のメニューを見たら「カレー南蛮」があって、それを頼んです。
だって、カレー南蛮って余り見かけなくないですか?なんだか名前、美味しそうだしっ!
そうしたら、ちょびっとのお肉と沢山の葱が入ったカレーうどんが出てきたんですっ。
私っ、メッチャ葱、苦手なのに!
一頻り話し終えた彼女は、また、しおしおと萎んでしまった。
せっかくの外食で苦手なものを食べることになったことが相当応えているらしい。
そろそろ業務の再開の時間になるので、口直しにと、飴ちゃんを握らせ手を振る。
なお、帰宅後に調べてみると、チキン南蛮の「南蛮」は、もともと戦国時代に来日したポルトガル人や、その文化を表す言葉だそう。
彼らのもたらした食文化の中に「南蛮漬け」があり、これは唐辛子入りの甘酢に食材を漬けてつくられるもので、これに鶏肉を用いて料理されたため、「チキン南蛮」と呼ばれるようになったらしい。
一方で、葱を南蛮と呼ぶようになった由来は、江戸時代に来日した南蛮人が、健康保持、殺菌などの目的でネギを盛んに食べていたからだそう。
つまりは、南蛮がただちに葱を示すわけではないようだ。
……彼女の落ち込みようときたら相当のものだったので、私が彼のお蕎麦屋さんだったらメニューの改名を検討してしまうかもしれない。
取り敢えずは、「カレーうどん(ネギ入り)」あたりで手を打とうか。
うーん。
……なんだか味気なくなるなあ。