西加奈子「サラバ」上・中・下巻 から考える現代共感社会とか同調圧力とか
初版 2017年10月 小学館文庫
いや~時間かかった。長かった。
上・中・下・文庫3巻読了。
長い長い、家族の話。
僕と真逆の性格の主人公に全く共感できず、
終始イライラ、読むのも何度も挫折しかかり中断し・・・
何とか意地で読み進めました。
この作家はこの物語をどう締めくくるのか、
その1点だけをよりどころにして・・
そしてそれは、あまりにも小さな小さな結末でした。
が、
こんな小さな結末に思わずホロリとさせられてしまうとは・・
参りましたよ。
第152回直木賞受賞作。異論なしです!
(上巻あらすじ)
圷歩(あくつあゆむ)は、父の海外赴任先であるイランの病院で生を受けた。その後、父母、そして問題児の姉とともに、イラン革命のために帰国を余儀なくされた歩は、大阪での新生活を始める。幼稚園、小学校で周囲にすぐに溶け込めた歩と違って姉は「ご神木」と呼ばれ、孤立を深めていった。
そんな折り、父の新たな赴任先がエジプトに決まる。メイド付きの豪華なマンション住まい。初めてのピラミッド。日本人学校に通うことになった歩は、ある日、ヤコブというエジプト人の少年と出会うことになる。
(中巻あらすじ)
両親の離婚、そして帰国。母の実家のそばに住む母子三人は、次第にバラバラになっていった。
母は頻繁に恋人をつくり、サッカーに興じる歩は高校で同級生の須玖に影響を受けていく。姉は、近所に住む矢田のおばちゃんが宗教団体の教祖のように祀り上げられていくなか、次第にそこに出入りするようになった。
そして、阪神淡路大震災が起こった。それは歩の生活にも暗い影を落とし、逃げるように東京へ向かう。脳が蕩けるような学生生活を経て、歩はライターになった。だが、その先で、ある取材を依頼される。そこには変わり果てた姉が絡んでいた。
(下巻あらすじ)
姉・貴子は、矢田のおばちゃんの遺言を受け取り、海外放浪の旅に出る。一方、公私ともに順風満帆だった歩は、三十歳を過ぎ、あることを機に屈託を抱えていく。
そんな時、ある芸人の取材で、思わぬ人物と再会する。懐かしい人物との旧交を温めた歩は、彼の来し方を聞いた。
ある日放浪を続ける姉から一通のメールが届く。ついに帰国するという。しかもビッグニュースを伴って。歩と母の前に現れた姉は美しかった。反対に、歩にはよくないことが起こり続ける。大きなダメージを受けた歩だったが、衝動に駆られ、ある行動を起こすことになる。
感想
主人公圷歩の僕と真逆の性格とは
とにかく周りの目ばかり気にして、周りからどう見えているか、目立たぬように、空気に溶け込むことを美徳と考えている。
空気読むことが何より大事。空気読めない奴が何より大嫌い。
これ比較的、今どきの平均的人物像ではないでしょうか・・・。
(僕は子供のころから空気を読まない奴でした。読めないことはなかったと思うけど、同調圧力的な空気を感じると逆に反対に行こうとするようなところがあって。目立ちたがりだったわけではないと思います。潜在的な事を問われればはっきり否定できないけど・・・。ただ偏屈な自分を自覚していたけど、周囲の普通に合わせて自分を曲げるのがとても嫌いでした。それは自分に負けることのような気がしていて・・。だからこの作品の主人公、圷歩ともしも学生時代に同じクラスの同級生ならば、きっと水と油のように反発しあっていただろうと思うのです)
対して姉貴子は、いたるところで奇行を繰り返す問題児。
歩に言わせれば「私を見て!」願望の強い最も軽蔑すべき恥ずかしい奴。
母も、母親であるより女を優先する、「私を見て!」人間。
例えば家族で写真撮るときはいつも父が「撮る人」で母は、「じゃあ今度は私が撮ろうか?」とは決して言わない人。
父はそんな母と姉に対して何も言わずただ微笑んでいる、僧侶のような人。
これもまた歩に言わせれば、家長として無責任な人。
家族の中でまともなのは、自分だけだと思っている。
読者も始めのうちは歩に同調して読み進めていくのではないでしょうか。
僕は始めから合わなかったけど・・。
歩が、高校生になってきたあたりから、おやおや?という片鱗が見えてくるのではないでしょうか・・。
歩は容姿端麗という設定で、とにかく幼少期から女にはモテます。
しかしどんなにクラスのマドンナ的美女に言い寄られても、姉や母のような「私を見て!」的気配のする女は見下す。(といっても表立って波風立てる言動はとらない。あくまで腹の中で)歩の好みは、地味で目立たなくても、決していじめられたりはしない孤高の気配を携えている女。
そんな理想の女と付き合い始めるが・・歩が気にするのは常に周りからどう見られるか。男友達との関係性。そして少しでも「私を見て!」な気配を見せれば興ざめする。
と、そんなわけで長続きはしません。
大学時代、社会人になってからも女には不自由しませんが、いつも同じ理由で長続きはしない。
この頃になればだいたいの読者は「あら?もしかして・・圷家で一番まともだと思っていた歩。けっこう歪んでるぞ」と気づくのではないでしょうか。
それでもたいした努力もせず舞い込むフリーライターの仕事は順風満帆。
その頃姉貴子は巻貝のハリボテ作って中に入って都内のいたるところにゲリラ的に出没する「巻貝アートクリエイタ―」としてSNSでバズッている。
歩にそんな姉の取材の依頼が舞い込む。当然、歩は断る。
ますます「私を見て!」ぶりに磨きをかけている姉が、家族だと世間にばれることが何よりもおぞましい。
その時に付き合っていたフリーカメラマンの彼女にそんな姉の話したら
「素敵じゃない。ぜひ取材したい」と言われたのを機に、彼女とは別れる。
歩が期待していたのは姉への理解ではなく、歩への同調だったからとの理由で・・・。
この同調を何よりも欲している感じがとても現代社会的だと思うのですが・・。
母は再婚すると言い。父は出家して本物の僧侶になるという。
姉は「巻貝アート」がある心無い書き込みから一転、炎上すると、
あっさり止めて海外放浪の旅に出る。
勝手気ままに我が道を進む家族たちに振り回され、頭も剥げてくる歩。
他人からの見た目を重視する歩にはそれは決定的でした。
人と会いたくないから家に引きこもり、フリーライターとしての仕事もなくなっていく・・・。
それでも父が出家する時に家族に均等に分けてくれた財産によって
数年は食べていけ・・・女性関係も途切れなかったが・・・。
それは、自分の剥げた容姿に合わせてランクを落としたからだと思っているようで・・。
結局そういう付き合い方は変わらず・・長続きはせず。
この頃になれば歩本人も自分が深い暗闇に落ちていることを自覚してきて・・と。
さてさて、西さん。
空気読むこと、周りに合わせる事を何よりも大事と考える、今どきの
一般常識を否定するのか?さあどう締めくくる?
下巻中盤になってようやく読むピッチが上がってきました。
結末、言いたいけど止めておきましょう。
ネタバレ控えた方がいいので、あえて抽象的に言えば
空気読むこと、周りにあわせることを大事にする人たちの気持ち
「わかるよ。わかるよ」と寄り添いながら
姉や母のような「私を見て!」側の自分の気持ちを大事にする人たちにも寄り添って
「自分のための一歩、ふみだしてもいいんじゃない?」
優しく、小さく、ポンと背中を押しているような結末でした。
どんなに空気を読んで周りに合わせたところで、やはり自分自身はごまかせないのだから・・・。その歪みは必ずいつか出るのだから・・と。
そんなことを思ったのでした。
余談ですが・・
昨今の世の中を「共感資本主義社会」などと表現する人もいるようですが。
SNSなどで集めたフォロワー数がそのままお金になるような社会。
つまり共感を得ることが資本を生む社会になりつつあるという事です。
しかし反面、共感し共感されることに過剰な神経を浪費し自分自身で自ら同調圧力的なものを生み出してしまう。他人からの同調圧力にも晒される。結果、反意が出にくくなる。結局それは戦前の同調圧力と同質な、大きな潮流ができてしまうともう、反対意見が言えなくなってしまう。という危うさをはらんでいる気がします。
コロナ過の時もそうでしたし、ジャニーズ問題なんかもでもそれは顕著に感じます。反対意見が言えない世の中ってヤバいとおもいませんか?
※この記事は2020年8月掲載の自身はてなブログの記事に加筆修正を加えた引っ越し記事です。