ゲゲゲとえろほん
小さい頃、「俺の部屋の本はなんでも読んでいいからね!」と父親に言われた。お気に入りの本を我が子が熱心に読む、なんかそういうステキな夢でもあったんだろう。
ローマ史やら戦国史から、科学雑誌のニュートンまで、色んな分野のだいぶちゃんとした本がズラリと並んでいた。
が、ガキンチョだったのでちょっとページをめくって絵が無い本はつまんないのですぐ閉じた。引き抜いた本が入っていた隙間から、さらに奥に本があることを発見した。奥行きの広い本棚だったのである。
奥の本が妙に気になった。
短い腕を伸ばして引き抜くと、表紙の色が赤と山吹色で良かった。ちょっとめくるとたくさん絵があった。おおいいじゃん。タイトルは『江戸の性愛学』。
哀れ父、娘はニュートンなんか読んじゃいないぞ!
鎖国下の謎の国日本から、唯一貿易があったオランダを通じてヨーロッパに春画(江戸時代のエロい絵)が伝播したそうな。春画は性器をものすごくでっかく描くので、東の果ての海の向こうには謎の巨根民族がいると思われていたらしい。
20年経っても内容をちゃんと覚えているのは、真面目な解説付きで載ってる春画がそりゃあものすごかったからだと思う。
春画の、(というか版画全般の)雲の表現とか、花の感じとか、面白くて真似してたくさん描いた。謎のでっかい部分はなんか描いちゃいけないものの気がして最後までスルーした。
さすがに江戸の性愛学に飽きてきた頃、その隣にあった『コミック昭和史』が気になった。開けば漫画である。背景がリアルで緻密なのに、キャラクターがだいぶ簡素で全員間抜け面だ。面白い。作者は水木しげる。ゲゲゲの鬼太郎を描いた人だ。
なぜ江戸の性愛学と同じ、奥の秘密コーナーに納められていたのか。読めばすぐ分かる。子供にはグロすぎるのだ。
水木しげるが体験した軍隊体験がありのままに描いてあって、全然救いが無い。読めば読むほど状況が悪くなる。
同胞達は戦死もあるが、飢餓か病気でかなり死ぬ。死が全然綺麗じゃない。本当は愛されて老いてゆくはずだった人たちが、理不尽に汚く惨めに死んでいく。
でもそれが本当だったのだろう。
水木しげるの戦争漫画は発売当時全然売れなかったという。戦争漫画が売れなかったのではなく、売れてる戦争漫画がいくつもある中で、水木しげるのだけ売れなかったらしい。
別の人間が書いた、売れた戦争漫画と売れなかった戦争漫画の比較考察を読んだことがある。
作者がどの時期に従軍したかでキレイに売れる/売れないが別れるらしい。曰く、初期で傷痍軍人になって戦線離脱した、特に元飛行機乗りなんかは綺麗な死を見ているから、その体験を漫画にすると綺麗なカッコイイ漫画になるので売れた、らしい。
本当かどうか分からんがありそうな話だなァと思った。
コミック昭和史の話に戻る。
有名な話だが、水木しげるは戦地の現地人と仲良くなる。終戦して帰国する際に、現地人に「部族の一員にするからここ(ラバウル)に残れ」と言われて大変迷うシーンがある。
水木しげるは自然に根差した生き方をする現地人を、尊敬と愛着を込めて“土人”と表現している。ちゃんと単語のマイナスイメージも理解した上での表現だと注釈付きだ。
土人、南方の土の温かさが伝わってくるうまいネーミングだなァと思った。
水木しげるは簡素な短い言葉で、読者に何倍ものイメージの広がりを与える天才である。温かい景色も、惨めで暗い洞穴のにおいも、その大天才テクニックで脳にガンガン注入してくる。
いくつも引用して紹介したいが、私がここで一文だけ引き抜いても大天才カラフル文章を死なせてしまうだけなので、やめておく。是非みなさん水木しげるのコミック昭和史を読みましょう!
なんでこんな日記を書きはじめたかというと昨日、いま上映中の映画『鬼太郎誕生 ゲゲゲの謎』を観たからでした。全然違う話しちゃった。
作中、救われない理不尽不幸キャラが出てくるんですけど、水木しげるが汚いまま飾り付けずに表現した、理不尽不幸描写を受け継いでいるのかなと思いました。
おわり
追記:コミック昭和史は、従軍体験だけではないよ!水木しげるの幼少期の、前時代的な雰囲気残る地方の様子や、戦後復興下での闇市サバイバルや、家庭を持った後のあれやこれやもテンポ良く描いてあって面白いのだ!