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悟塔雛樹の!!「つれづれなる松葉ガニ」

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ファミコンと翻訳関係のものを除く、エッセイ一般をこちらにまとめました。表題には深い意味が……ありません。写真と動画もあるよ!
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#勉強記録

なかなか勉強時間が取れず苦戦しましたが、放送大学で今学期履修の「人文地理学からみる世界」も何とか単位が取れました。皆様のおかげです。ありがとうございます。

カトリックの聖人・聖フランチェスコと鎌倉時代の僧侶・明恵には共通点があるという。この事について、過去に河合隼雄『聖地アッシジの対話』という書籍を読了していた。本日ふいに思い出して手に取る事に。カトリックにも明恵にも、どこか不思議なご縁を感じる。

民俗学などで「アラハバキ」という謎の神がいる。神話の長髄彦と同一視する説もあるようだが、名前の漢字は「荒覇吐」「荒脛」など諸説あり意味はわからないようだ。筆者の素人考えでは「顕は脛」の意で、スネが露わであるということではないのか。これなら長髄彦と同義と理解できよう。

ユング心理学は錬金術思想と関連があるが、錬金術のキーパーソンに「ヘルメス・トリスメギストス」なる人物がいるようだ。最初に耳にしたときデジャブを感じたが、筆者の世代は「さすがの猿飛」という漫画の「スキトキメキトキス」という呪文(?)を連想してしまうのである。何の関係も無い。たぶん。

最近、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)についての本を初めて読んだ。自分と境遇の似た人でビックリ。彼も「境界人」だったのだろうなあ。

コフートという人が創始した、「自己心理学」というのがある。(ユングの言う自己とは、また意味が違うようだ。)フロイト発の自我心理学に対抗して作られたもので、まだ概要しか知らないが、筆者に適しているかもしれない。もう少し調べてみようと思う。

自分の人生に何が起きてるのか?心理学や語学や異文化、社会や歴史を学んで気づいたことが。自分の両親を、ある危機が襲っていた。まず間違いない。だから結婚したかもしれないし、大変だったはず。私に言わないけど。でも、但しそれは、私を苛む「理由」なのであり、「言い訳」にはならないんだなあ。

ガスライティング研究記録

はじめに ガスライティング(巧妙な心理的虐待の一種)を研究した記録として、情報を残しておきたいと思います。精神医学や心理学、精神保健福祉に関心をお持ちの方は、どうぞ最後までご覧ください。 ①みくりやてつき様の note記事(動画) まずは相互フォローでお世話になっている、精神保健福祉士みくりやてつき様の記事・動画シェアです。「統合失調症患者はもともと、ガスライティングの被害者であった可能性がある」とのことです。また「ASD(自閉症スペクトラム)の人はガスライティングと

自省と自戒を込めて。人に反感を持つ原因のほとんどは「シャドウ(影)」の投影である。自分の抑えた感情が相手というスクリーンに映るのだ。世界には外敵も存在するが、それすら自分の内面と呼応して現れる場合がある。相手が外なのか、内なのか、両方ならどういう割合かを冷静に分析した方がいい。

ユングは「内的な問題が解消されない場合、外的な問題として繰り返し現れる」という意味のことを述べている。だが彼は、「自分を責めるしかない」とは言っていないだろう。外的な問題に毅然と対処することが、結果的に自分の内面の問題と向き合うことに繋がりうるからである。

MASTERキートンが通過儀礼を求め軍隊に志願したのは、考古学などの知見からだろう。だが戦闘でイニシエートされるわけではなく、実際に求めたのは心の成熟だったはずだ。筆者自身も幼少期から軍隊式の教育施設でしごかれたが自ら希望したわけでも何でもなく、多大なダメージを受けただけだった。

マズローの言う「自己実現」はユング的には「自我実現」になるらしい。ユングの言う「自己実現」は「個性化の過程」における段階なので、通過儀礼で一斉に行われるものではないという。個人が、自分に適したタイミングで行うのかも。MASTERキートンがわざわざ軍隊に「志願」した理由ではないか?

「自分の純粋な精神が、誰かの為すがままにされる」のを美化して喜ぶというのは、ニーチェの言う「奴隷道徳」に近いかも。『星の王子さま』に心酔する日本人には、そういう人が多くないだろうかと危惧する。それじゃ駄目だよね、という視点で読むべき作品かもしれないですね。

30年前に筆者の所属したゼミの担当教官は、心理学の卓越した専門家でいらっしゃった。当時、先生のご著書は専門的すぎてほぼチンプンカンプンだったが、最近読むと理解できる。改めて拝読する時期かと思う。先生、本当に有り難うございます。