看護師である私が未来のためにできること 「inspireーナラティブでつなぐ看護」
1.看護師が誇りを持って働き続けられる環境を創ること
私は、「患者さんの自己決定を支えたい」という思いで起業をしました。おまかせの医療ではなく、自身が望む治療の選択をしてほしいということがきっかけでした。生きることや病への向き合い方を自分の意思で決定することが、幸せにつながると思ったからです。ある日、患者さんと接するうちに、すばらしい看護をしている看護師さんが辞めていくことが口惜しくてたまりませんでした。その共通点は、「もっといい看護がしたい」、「自分が納得する看護をしたい」でした。看護師さんが元気で、楽しく働くこと、そして納得する看護をできるようにすることが、当初の目的である、患者さんの幸せに貢献できると、自身のミッションを「看護師さんの悦びを満たす」に変え、看護師さんが悦びにつながる企画を展開してきました。
その一つに、「NURSING inspire~研究会」の活動を今年7月より開始しました。
2.「NURSING inspire~研究会」の取り組み
inspireは 人にひらめきを与える、 人を元気づける、明るくさせる、 感激させる、動機付ける、刺激する、奮い立たせるという意味があります。この対象は看護師さんです。看護師さんは、患者さんに対し、献身的に看護を行います。アウトプットの比率がどうしても高くなりがちです。そんな看護師さんへ、インプットを重視した「NURSING inspire~研究会」を作りました。 看護師さんが、自分の仕事に対する情熱を再燃し、自己成長を促すための活動の場となり、看護師として働き続けていくモチベーションとなる環境を提供するために、垣根を作らず、自由に参加でき、心や知識の栄養を確保できる場になればと考えています。
研究会のメインは、これまでよい看護を提供している看護師さんにインタビューを行い、どんな考えで看護しているのか、その背景にある体験や考えを紐解くことで、看護師さん自身も気づいていないような、看護へのこだわり、大事にしていることなどが導き出されます。この役割を「知のコーデュネート」と言っていますが、インタビューをした看護師さんのみならず、他の看護師のモチベーションにもつながっているのではないかと思います。
普段、意識にもせずに行っている看護を可視化し、知の発掘を行うことが、看護師の財産になっていくように感じています。
私たちの仕事は、素晴らしいと誰もが感じ、看護の仕事に価値を見出し、続く後輩がその財産を受け継いで行ってくれれば、日々の仕事の中に、やりがいと納得を見出せるのではないかと思っています。私が一番、感動をいただいているのですが、私だけにとどめておくのはもったいないので。
働いている看護師さんに感謝し、この財産をつないでいきたいと心から思ったことがこの企画になりました。
病院で働いている看護師さんだけでなく、在宅で働いている訪問看護師さんの看護の掘り起こしに力を入れています。多くの人が参加してくださる場になればと思っています。
1回目の「NURSING inspire~研究会」は訪問看護師さんのgood事例での意見交換会となりました。夏を乗り切るために、ランチ会も開催しました。
3.「『ナラティブでつなぐ看護の知』看護現場でのOJT」
第2回「NURSING inspire~研究会」のテーマは 「『ナラティブでつなぐ看護の知』看護現場でのOJT」です。
国立病院機構熊本医療センターの看護師さんにインタビューさせていただいた事例を取り上げます。
病院に限らず、組織内での教育、とりわけ機会教育(OJT)が重要であると言われています。そのような中、5西病棟は、「3人寄ればカンファレンスが始まる」と言われるように、いつでも先輩看護師に相談できる環境があります。なぜ、そのような環境に至ったのか、指導者の立場にある3人の看護師さんにインタビューを行い、看護を可視化しました。その内容は感動の連続でした。多くの方と共有したいと思い2回目のテーマとしました。
その一部を紹介します。
看護とは何か?を考えるきっかけのことを、看護師である深山さんは、「最初に立ち止まったのは、透析室に配属され、患者さんが満足している人が少ないなと思ったことでした。『なぜ透析に至ったのか?』、『何でこんな体になったのか?』『もっと早く知りたかった』という患者さんの言葉を聴きました。」と振り返られます。そして、重要なキーワードとなる言葉「看護のやりかたを変えなければならない」と思われたことです。今まで行ってきた看護、自身が急性期の看護と思っていたことが本当に目指す看護なのか?目の前の患者さんから見えてきた看護の評価を前に立ち止まることになります。
深山さんは、その頃、同じ悩みを持つ同僚の杉谷さんの存在が大きかったと話されます。同じ勤務になかなかなれないお二人は、交換日記で疑問を共有されていました。同じ感性で、現状をキャッチでき、それを疑問に感じることができたからこそ、本来のあるべき看護の姿は何なのか、模索するに至ったと考えます。
私が着目したのは、「看護のやり方を変えなければいけない」と思った背景です。なぜそう思ったのか、コンテクストを探るために、これまでの看護師経験の中で、忘れられない看護場面をお聴きしたいと思いました。
深山さんの、忘れられない看護場面です。
「私がまだ、認定看護師になる前のことでしたが、50歳代の肝硬変による難治性腹水、の患者さんです。熊本県内の病院で、透析はできないと言われ、当院に助けを求めて来た患者さんです。医師からどうしようかと相談されました。文献を調べ、透析は難しくても、腹膜透析で命を救えることがあるということを知りました。当院しかチャレンジできないのであれば断るべきではないと思いました。医師にはチャレンジしないと患者さんは納得しないと思うからがんばってみてもよいのではと答えました。余命は短いかもしれないけど、満足する人生を送れるためにと考えました。患者さんは、子供さんもいて、仕事もしていて、親の介護もしていました。『一日でも長く生きたい』、『家族のために』、『楽しみたい』という人でした。話し合いの末、腹膜透析をすることになりました。患者さんは、腹膜透析をしながら働き、温泉に行き、嵐のコンサートも行き『いっぱい行けたよ』」と喜ぶ姿が見られました。3年後に亡くなられ、短かったけど一生懸命関われた事例だした。技師さんや看護師全員で、温泉に行くときは保護をどうしようかと考えました。亡くなった後、家族から感謝の言葉を告げられた。この症例は一生懸命関われた事例だったし、こうあるべきだなと思った事例でした。
この事例から学んだことは、患者さんの生活や満足は絶対、無視できないと思いました。今までは医療者の満足度だったということに気づきました。このころ、医療は治療目標を達成することが重視さていたので、後に、『何でこんな人に、なぜ腹膜透析したの?』と言われました。『一日でも長くいきたい』という患者の希望、患者が後悔しないように選択したことは、医療者の満足を満たすものではなく、患者の満足度を高める医療だったと思いました。
忘れられない看護の場面は、深山さんの「看護とは何なのか?」を思い出させてくれたものになったと思います。「医療者の満足度」ではなく、「患者さんの満足度を高める医療」を提供したいとう気持ちが根底にあったことが、透析室に配属された時の疑問、「看護のやり方を変えなければいけない」につながったのではと思いました。
4.看護師だからできる看護のスキル(=財産)であり、つないでいきたい
ナイチンゲール(1820年~1910年)は、クリミア戦争の帰還後、36歳からの54年間を執筆活動にあてています。それらの「ナイチンゲール文献」は、今でも私たち看護師の指針となっています。文字にすること、発信すること、証明することでナイチンゲールは、看護の仕事を確立していきました。
「ナース ナイチンゲールが教えてくれたこと」(2013年)のDVDは看護師でもあるキャシー・ダグラス監督が、全米10州、100人を超える看護師にインタビューした感動のドキュメンタリーです。映像の中で「看護師と出会うことなく人生を送る人はいません」と語られますが、生まれた時から死ぬ時まで、誰もが看護師との接点を持たない人はいません。しかし、誰もが知っている仕事なのに、多くの人は(看護師自身も含め)、看護師の仕事について尋ねるとうまく答えられません。そこで、看護師が、自身の仕事に誇りを持ち、やりがいを持って仕事に臨んでいただける一助となるように、看護師さんの物語から紡ぎ出された看護の姿を見える化することにしました。これが「NURSING inspire~研究会」の主たる活動です。普段、意識をすることなく行っている看護を見える化した時、自分自身も気づかなかった看護への姿勢や思いが見えてきます。様々な現場で働いている看護師さんの「看護」を見える化したレポートは、看護師さんへの自信となり、看護の価値を高めることにつながると確信しています。
看護職員の確保が進められて、看護職員就業者数は増加を続けましたが、2040年に向けて、現役世代の急減や高齢化の進行により、6~27万人の看護師不足が推計されています。今後は外国人看護師の導入も進められていきますが、看護師の資格を持って働いていない潜在看護師(平成30年の調査で65歳以下で約70万人の潜在看護師がいる)の復職ができる環境を整えていく必要がある。同時に現在働いている看護師が離職をせず、看護の悦びを感じてくれる環境を創っていくこと、これが、私が未来のためにできることです。