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オリヴァー・サックス著「色のない島へ」

勤務先のクリニックの院長にすすめられ
「レナードの朝」
という映画をかつてみたことがありました。

ひとりの神経科医が嗜眠性(しみんせい)脳炎で動くことができない患者さんたちに、新薬を投与するはなしです。
患者さんたちは一時的に動いて話せるようになり生きる幸せをかみしめていましたが、だんだんと薬効もなくなりもとにもどります。
患者さんのひとりであるレナードと医者の間には友情がめばえていました。


「レナードの朝」はオリヴァー・サックス氏がかいた本をもとにつくられた映画です。
氏も脳神経科医であり「レナードの朝」はその経験をもとに書かれたものだそうです。


今回ご紹介する本もサックス氏の著作です。


「色のない島へ 脳神経科医のミクロネシア探訪記」
著者 オリヴァー・サックス
監訳 大葉紀雄
訳 春日井晶子
早川書房

ミクロネシアにある島で特異な風土病がみられており、特に全色盲の患者さんがたくさんみられる島と、とある神経疾患がたくさん存在する島を訪れるという内容でした。


作者のサックス氏は植物をはじめとする生き物が幼少の頃から大好きだということです。
自然につつまれた島の生活に興味津々で、多少の不自由さえも楽しみながら暮らす日々はアドベンチャー小説としても大変楽しいものでした。

遺伝病というのは劣性遺伝でつたわるものが多く、島のような隔離された社会では近親婚などでひろがりやすいと言われています。
しかしその病気がおこったもともとの原因は何かということは、今でもはっきりしないようです。

食物や薬として用いられているソテツによるものではないか。
繰り返された占領によりもらされたウィルスによるものではないか。
飲用水にふくまれるカルシウム、マグネシウムの量が原因か。
魚に含まれる毒素によるものか。

あらゆる説がこれまでのながい研究の中で浮かんでは消えていきました。

病気の原因を解明してそのメカニズムを明らかにすることは、現在の遺伝病をはじめとする病の治療や予防につながります。

しかしこれらの遺伝病というのは隔離社会が解放され、他の社会との交流が進む中で次第に消えていくものだそうで、病気を持つ人たちがいる今でなければできない研究なのだそうです。
あたりまえのことなのでしょうが、とても意外に感じました。


また患者さんの暮らしぶりにも注目すべき点が多々あります。

全色盲の患者さんたちは色がわからない代わりに全感覚をつかってものを見ます。
幅ひろいことに興味を持ち、記憶力も大変たかいそうです。

神経疾患にかかった患者さん全般にいえるのは、病気を冷静にとらえ、運命論のようなものを持っているとのことでした。
そのためか患者さんは不自由ながらも自分から不満を訴える様子もなく、内面も落ちついているように見えたそうです。

患者さんの家族にもそれが言えます。
認知症状がある患者さんが突然叫んだり攻撃的になったりしても、家族は音楽をかけて歌をうたうなど、それぞれの対処法を知っています。
そして彼らを介護することに重荷を感じておらず、子どもたちさえもごく自然に自発的な介助をおこなっていたそうです。

監訳者の大庭紀雄さんのあとがきにもありましたが、医療サービスの進んでいない島で長きにわたって患者さんたちがどのように病と向き合ってきたのか、まわりの人たちがどのようにそれを支えてきたのかを知ることは現在のわたしたちの抱える介護・医療問題のヒントにもなると思いました。


一番感銘を受けたのは、作者がただデータを集めて調査するだけでなく、患者さんたちにふれあってその生活にどっぷりとつかりこむ、ということでした。
またその案内人となる現地の医師や研究者たちも、元々は先進国で権威ある生活を送っていながら全てを捨て去って島での調査、診療に心を砕く人たちばかりでした。


ここで「レナードの朝」の映画を冒頭でご紹介したことにつながるのですが、ただ「病気をみる」のではなく「病人」、つまり人間をみるということがどういうことか、というテーマがどちらの作品にもあるように思います。
「レナードの朝」の医師は患者レナードの生き様をとおして、医師として、人間としてどう生きるべきかを学びます。


「色のない島」にでてくる神経疾患というのは
パーキンソン病
筋萎縮性側索硬化症(ALS)
認知症
という病気が合わさったものだそうです。

※不思議なことに日本の紀伊半島南部にも「牟婁病(むろ)病」という同じような病気がみられるそうで、ともに研究が進められているそうです。

どの病気も私の勤務する脳神経内科の疾患です。
少しずつ研究も進み治療薬も出てきてはいますが、難治性のものが多く対処のむずかしい病気です。
それがある日突然やってきますので、患者さんが受けとめられないこともあります。
からだの不自由や認知障害などをきたすために、医療介護サービスはもちろん、家族や職場も巻き込む必要があります。

つまり、この患者さんはどういう人間かということを生き方、環境すべて包括した上で考える必要があるということです。

たいへん教科書的なまとめになりましたが、これはなかなかむずかしいことです。
ただ理想論ではあってもそのような意識をもつことが、患者さんの信頼を得てみんなでスクラムを組んで苦しい闘病に挑める気がします。
サックス氏の作品をとおして、あらためて考えさせられました。


これをきっかけにオリバー・サックス氏の著作をいくらか買い込んでしまいました。
彼の小説家としての才能もすばらしく、実話にもとづいた内容にきっとひきこまれますよ。
ぜひ皆さんもご一読ください。


今日も読んでくださってありがとうございます。
ナース刺繍は現役看護師兼、刺繍家の私が人体・医療をモチーフにした作品制作を致しております。
ホームページでは作品紹介やお知らせなど致しております。ご覧いただけますと幸いです。

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