ブコウスキーの「郵便局」を待ち望んでいたぜ。
年に一度は読み返すと決めている小説やドラマが何本かあります。
ブコウスキーの「ポスト・オフィス」がそれでした。
大好きな本がなかなか再版されないもどかしさ
20代のころ、短編「町で一番の美女」を読んで衝撃を受けた自分は、ブコウスキーのファンになりました。それから著作を買いあさり始めたのですが、長編処女作の「ポスト・オフィス」が大型書店を探しても見つかりません。
ダメもとで近所の書店に聞いてみたら、あっさりとゲットできました。
ブコウスキーの作品って、いろんな出版社から出ているのですが、この幻冬舎アウトロー文庫からはなかなか増刷してくれません。
手元に一冊という状況はなんとも心細いもので、友人に貸すこともできないし、雨の日に外に持ち出すのも持っての外です。よその出版社でもいいから権利を買い上げて再版してくれないかなと心待ちにしていました。ブコウスキー作品はそのパターンがちょいちょいあるのです。
「勝手に生きろ!」は学研М文庫というマニアックなところからでていましたが、2007年の映画化を機に(映画タイトルは酔いどれ詩人になる前に)河出文庫から出版されました。
表紙の男性はブコウスキー本人ではなく、マット・ディロン。映画版のカットを流用しているのですね。たばこの吸い方がかっこいいです。
新潮社から出ていた「ありきたりの狂気の物語」や「パルプ」も、ちくま文庫から再版されました。ちょっと表紙もお洒落になったし、羨ましい。
そんななか、俺目線ナンバー1である「ポスト・オフィス」はほったらかしにされています。手元の一冊は表紙も汚れ、黄ばんできています。
ついに出たぜ。ブコウスキーの郵便局。
が、ようやく書店で見つけました。
ブコウスキーの郵便局。
でも待て? ポスト・オフィスと郵便局。英語か日本語かだけの違いだが、タイトルが違う。
去年の12月に出たばかりのこの本、訳者が変わっているんですね。だからタイトルをすこし変えているんですね。ポスト・オフィスでは坂口緑さんでしたが、郵便局では「勝手に生きろ!」を邦訳している都甲幸治さんです。
郵便局を舞台にしているが
この小説、タイトル通り郵便局での仕事が大部分をしめています。が、お仕事ドラマのようなエンタメ感を期待してはいけません。
無茶ぶりされた配達区域の多さ、悪天候、配達先の軽く頭がイカれた人たちがリアルに描かれています。
装飾された洗練な文体というよりは、ありのままを素朴な文体で書いています。主人公のリアクションも「くそったれめ!」とシンプルです。
どちらかというと普段、あまり本を読まないような人たちにこそおススメしたい。ブルーワーカーのどうしようもない日常に、酒+女+ギャンブル。ロサンゼルスを舞台にしているというのでカッコいいものを想像しがちでしょうが、日本の底辺労働者とあまり変わらない価値観で生きています。
こまかいことでネチネチ言ってくる上司にたいし、平気で無視したり、翌日も遅刻したりするブコウスキーの小説。ちょっと真似できないところに爽快感すらおぼえますが、ブコウスキーの真の魅力はそこではないと思うのです。
弱者に寄り添った視点
真面目に働いていたのに一件のクレームのせいで壊れてしまった老配達人。別に仲良くしているわけでもない同僚に、主人公はいちいち感情移入し「あいつのぶんの地域も俺が配ってやる」と上司に訴えかけます。
そういう優しい視点があるからこそ、ブコウスキー文学は読んでいて感動するときがあります。
その優しさは人間だけではなく、犬や鳥にすら注がれます。
ウンザリさせてくる人間たちにすら「あいつだって生活があるし、どうしようもねえんだよな」と諦観に近いけれど優しさがあります。
スマートに立ち回れない人たちが、あんまりよろしくない境遇に身を置いていたりします。えてして、そういう環境では「俺たち下のもの同士仲良くやろうぜ」とはならず「俺はあいつらとは違う」とマウントをとりあい、ギスギスした人間関係であることが多いような気がします。
弱いものが自己保身のために、より弱いものを探そうとしたり、同族嫌悪だったりね。
ですが、ブコウスキー文学を読んでいると、どっしりかまえて他人に優しくしなきゃなぁと思えてくるのです。
ちなみに勝手に生きろ!もおススメです。こちらは郵便局の主人公が20代のときの話で(ブコウスキーの長編主人公はだいたいヘンリー・チナスキー)孤独によりそう切ない小説です。