J・M・クッツェー「鉄の時代」を読んで
J・M・クッツェー。日本ではあまり馴染みのない南アフリカの作家です。2003年のノーベル文学賞作家なので、全世界的には有名な人です。
娘にあてた手紙
この小説は娘にあてた手紙という設定で書かれてます。書簡形式で書かれた小説を見るたびに「手紙にしちゃ長すぎねえか?」と思ってしまいますが(文庫にして290ページもある手紙)それは野暮なツッコミというもの。
主人公は70才の老女で、末期ガンに侵されています。病院に行くのをこばみ、自宅で死を迎えようとしています。老女は白人のインテリ層でもともと学校でラテン語を教えていました。
これだけ聞くと、けっこう地味な小説に思われそうですが、舞台はアパルトヘイト最中の南アフリカです。
家の敷地内に住み着いたホームレスと犬を、自分の死の看取り人として設定してから、トラブルは外から持ち込まれ、市民と警官たちのごたごたに巻き込まれたりして、刺激に満ち溢れた展開が起きハラハラします。
当時の南アフリカの世情を知っていれば、より楽しめるのでしょうが、ほとんど知識がなくても相応に楽しめました。楽しめるというには、重たい内容ではあるのですが、一人称の文体は読みやすく、死にゆく老女の心理描写が秀逸で、作者は本当に四十代の男性か?と疑問に思ったほどです。