中村文則 「R帝国」
久々に本を読んだので、折角ですし感想なるものを書いてみようと思います
時間も食事も忘れて没頭し、あとがきを読み、本を閉じた時
何が現実で何が小説で、自分は誰で今まで何をしていたのか、その全部があやふやになるこの感覚が妙に心地よくて好きなんですよね
読みましたのは中村文則さんの「R帝国」
小説なんぞほとんど置かれていない大学の図書館で見つけたこちらの本ですが
まあこう、ふと目に留まるものですね
一九八四年、華氏451度、火星に住むつもりかい、と読んだ本の数は決して多くないですがどうにもこういうものに惹かれるらしい
個人的にマギもこういうものの1つだと思っていますが
きっとすぐに忘れる(もう思い出せなくて事前に挟んでいた栞を開いた)ので書いておこうと思いますが
『世界に対する徹底的な否定が、優しさとなって現れている』
素敵な言葉ですね
(登場人物の栗原さんはきっとINFJだな……と思ったり思わなかったり、何もかもそこに帰着するのは良いこととは言えないとも思いますが)
最近小説や映画は先が読めてしまってどうにも楽しめるものに出会えていなかったのですが
「こういうもの」を欲していた感じがしますね(訳:とてもおもしろかった!!!)
面白いと一言に言えど何層かに分かれますね
一層目はまあ色恋沙汰だとか、彼のココがかっこよかっただとか、ここのトリックがいい、そういう層
この層は楽しんでいるけど、アニメやマンガ、ゲームの楽しみと一緒で、魅せられているような、麻薬のような、でも辞められないお菓子のような、充実しているがどこか足りない、でも気付かない、そんな楽しみ
(二層目を感じるまではこの層が楽しみのすべてなんですが)
もうすこし突き詰めれば表現がどう、伏線がどうとか
表現やら伏線やらは一語一句読むことが苦手な故に見逃しがちなんですけど
(流し読みの癖は治らないですね……)
火星に住むつもりかいと同様、伏線やらなんやら読み返せばさらに面白いんだろうと思いますが
生憎課題をしなければいけないのでしばしおあずけですね
それで二層目が、心の、あるいは脳みその奥深くに眠っている何かを連れてくるような楽しみ
これが無いと時間食事を忘れるほどのめり込めないですね
奥底の方にひっかかっている何かが引きづり出される、大袈裟に言えば世界の真理のほんの先っちょが見えたような気になるこの感じ
ここからはなんかもう読み流してくれていいんですけれども
不思議で面白いことに、大昔からダメだダメだと謳っていても、結局人類ってこの未来に進んでいるのかなあって思います
特大主語ですね
この未来って何なのかは明言しませんが
こんなことを言うのもなんですが、きっと世界って変わらなくて、戦争は止まらないし、気候変動は変わらないし、問題という問題も大して解決しないんじゃないか
自分が生きている間かどうかは別として、近い未来にまた戦争でも何でも何かが起こるだろうし、なんというかまあ、ここも例外でなく
それでなんだかこう、いつかは終わりが来る、みたいなそんな気がうっすらと、でも確実に頭の底の方でするんですよね
終末論でも陰謀論でも何と言っていただいても構いませんし、だからといってどうということも無いんですが
その予感に抗おうとしたのが歴史上の偉人やら変人やら悪人なんだろうと思うんですね
抗う気力、あればいいんですけど
こういう本を読んで思うわけです
思わず口角の上がるようなふつふつとした興奮のようなものと同時に、ああ、読まなきゃ良かったな、と
人類の行く末などもう気にしないで、Twitterで推しでもながめて、友達とだべって、将来のことなど考えつつ、授業で気候変動の対策とか考えつつ、『半径5メートルの幸せ』だけ見ていようぜ、って
一層目の幸せだけで生きていったほうが『どこかの幸せな誰か』のように生きていけるんですよね
文化が衰退していようが、幼稚になっていようが、操られていようが、ぜんぶ嘘だろうが、見て見ぬふりでその掌で踊ってしまう方がどれだけ楽か
無知は罪か幸福か、その答えは両立するんじゃないかと思いますね
どうせ変わらない世界に絶望するくらいなら、忘れたいけど忘れたくないことにとりあえずフタでもして
まあもし世界がどうしようもなくなったら、その辺でおさらばしたらいいですしね
(こんなこと言ってるけどやっぱり捨てられないで苦心してしまうんだろうなあ自分、という気もしますが)
今から課題して明日も授業に出たらすっかり『現実』に戻れるだろうと思います
暗喩とぼやかしばかりで相変わらずおかしな感想文ですね
きっと影響を受けすぎたのかもしれませんね、まあこう、フィクションですしね、はい
若気の至り、厨二病の延長、そういうものですねきっとね
栗原さんもアルファさんもかっこよかったです
今日はこの辺で