キートス・ガーデン幼稚園(現幼稚園・保育園)園長平野宏司先生に聞く(その1)... Lifelong English - 出発点としての幼児英語教育(筆者私見)
はじめに
『TOEFLメールマガジン』連載コラムFor Lifelong Englishの「英語にかかわる仕事をする人々」シリーズ2009年5月号に掲載した記事です。 「NHK エデュケーショナル「えいごであそぼ」のプロデューサー吉田秀樹さんに聞く(その1-1)(その1-2)(その2-1)(その2-2)」に続き、Lifelong English - 出発点としての幼児英語教育にかかわる人々を特集しております。今回は、2009年4月に開設したキートス・ガーデン幼稚園・保育園(当時は幼稚園のみ)の園長平野宏司先生のインタビューを(その1)、(その2)、(その3)の3回に分けて紹介お届けします。15年後の現在のキートス・ガーデン幼稚園・保育園については、別稿「キートス・ガーデン幼稚園・保育園、英語で発信活動Lifelong Englishに向け「よーいドン」“Ready Set Go!”」(前編)(後編)にあります。設立当初のコンセプトは着実に実行されています。
幼児英語教育にについて鈴木の私見
Lifelong English のlifelongは、この世に生を受けた時点から始まります。次 号から幼児に焦点を当て幼児の英語教育に従事している方のインタビューをご紹 介します。今回はその前に、その導入に当たり幼児期につき最近私が気付い たことを述べさせていただきます
。
「三つ子の魂百までも」と言われます。幼子は素直で裏表なく喜怒哀楽をそのま ま表現します。無邪気に楽しく遊んでいる様は天使のようです。こうしたもとも と純真な「三つ子の魂」もこの時期の環境に微妙に左右されます。この時期に体 験して感じたことは個性となり生涯なくならない、幼児期は、だから大切なのだ ということでしょう。
神経学の本には、幼児期に脳が肢体の成長に伴い急速に 発達していく様子が書かれています。特に、幼児期の言語の発達には目覚しいも のがあります。私は、10数年前にあるきっかけから神経システムに関心を持ち、思考の 神経学の権威のD. F. Benson博士のThe Neurology of Thinking (1994, Oxford University Press『思考の神経学』)を読みました。
視覚、聴覚、 味覚、触覚、嗅覚、感情などの低次の脳機能と、認知、言語、思考などの高次の 脳機能が、密にコミュニケーションし合っていることを学びました。 人や動物などの個体間のコミュニケーションの前に、私たちの体の中では、ネッ トワークのように張り巡らされた中枢神経(central nervous system)と末梢 神経(peripheral nervous system)が密にコミュニケーションをしていることが 分かります。
詳細を省きますがとても複雑なプロセスです。普段の何気 ない行動は、体の中のコミュニケーションの延長であることが分かります。私た ちは、赤く燃え上がっている火に手が触れた瞬間に「熱い」と言って手を引っ込 めます。目が「赤色」の視覚情報をキャッチして脳の視覚野に送り、手の末梢神 経が「熱い」という触覚(痛覚)情報をその情報を処理する感覚野に送り、それ らが感覚連合野で総合的に知覚されて「火は赤くて熱い」という複合的なメッセ ージを作り運動連合野に送ります。
運動連合野は、「手を引っこめろ」というメッセージを手の末梢神経に命じて引 っこめさせると同時に、言語野に働きかけ「熱い」という文を作らせ、口をはじ め発声器官を動かして「熱い!」という音を作らせて発話させます。言語と非言 語の反応が瞬時に起こるのです。熱さから来る痛覚に対する単純な反応は、本能 的で無意識に自律神経だけの反応で起こりますが、ボール遊びなどの複雑な遊び をはじめ言語や文化の習得では、受容する感覚情報とそれに対する反応が非常に 多様で複雑であり、繰り返し意識的に反応しながら学習しなければ脳は反応でき ません。
幼児たちはまったく新しい環境に生まれ、学ばなければならないことだらけで す。様々な物事に触れて自分で判断し反応できるよう自然な環境が必要です。私 は、ここ何年か幼児の英語番組の「えいごであそぼ」の監修をしていますが、幼児たちの学習能力に驚 いています。もちろん、幼児は千差万別です。英語を話して肢体を動かし反応す る子供もいますが、テレビをじっと見るだけの子供もいます。心配になるかもし れませんが心配いりません。こうした子供は目や耳から受容する視覚と聴覚の情 報を注意深く分類し、それがどのような意味を持っているのか深く考えているの です。
要は、考えることを学習しているのです。逆に、すぐ反応できたとして も、そう反応するよう訓練されているだけでしたら、考えずに条件反射すること を学習しただけです。 ここ10数年、神経学会で脚光を帯びている仮説を紹介します。
従来、理性は高 次機能で自立しており、感情は理性とは関係ない低次の機能であるという考え方 が主流でした。感情的にではなく冷静に話すことが理性的であるかのような見方 が主流でした。感情は理性の対極にあるものと考えがちでした。南カリフォルニ ア大学のAntonio Damasio博士は、「感情は理性の基盤である」ことを証明す る症例を紹介しています。理性とは健全な意思決定に現れるというのが博士の仮 説です。詳細は Descartes’ Error : Emotion, Reason, and the Human Brain (1994 G.P. Putnam’s sons) を読んでみてください。
一症例を紹介しましょう。彼の患者の1人は、前頭野の高次の感情を処理する部 位に障害を受けました。その後、彼は、健常者より高い知能を持っていながら、 健全な意思決定が出来ず社会人として破綻してしまいました。元は有能な管理職 で良き家庭人であったのに、今では、仕事を失っても無表情で冷徹である。何と かしようという意思はなく、周りを更に不幸に陥れてしまう意思決定を平然とし てしまいます。
この患者は、一見すると理性的ですが、感情が欠如しているため に、健全な意思決定が出来ず合理的な判断が出来ません。すなわち、Damasioの いう感情を基盤とした理性に欠けるのです。この患者の行動障害は感情障害が原 因であり、感情が理性の基盤であるとDamasioは訴えます。
教育に携わるものと して考えさせられる研究です。 こうしてみますと、幼児期にいろいろな体験をして情緒性を豊かにすることはと ても大切なことではないでしょうか。体を存分に動かしながら物事を判断し行動 して、豊かな感情を持つ子供に育てる環境が必要であると思います。そうした中 で無理なく言語も習得するとよいでしょう。幼児期に英語を習うことには賛否両 論があるようですが、子供が違った世界と言語に目を向けることはよいことであ ると思っています。
但し、子供にとって自然で楽しいものでなければなりませ ん。最近、英語だけで物事を覚えさせようとする幼稚園や小学校があると聞きま すが、社会言語学的には不自然で賛成できません。英語しか話さないコミュニテ ィーなど現在のアメリカ合衆国でも探すのは難しいでしょう。ましてや、日本で 英語だけで生活するという発想は人為的で自然とはいえません。それでは情緒豊 かな環境とは言えないのではないでしょうか。
最近、幼児期の教育を根底から考えて、子供たちに無理なく自由に物事を体験さ せ、その中から自立心を養おうとする幼稚園が出てきました。次回から、岐阜県 大垣市で2009年4月に開園したキートスガーデン幼稚園の平野宏司園長に登場し ていただき、この幼稚園の理念と実践を踏まえてそこでの幼児英語プログラムに ついて語っていただきます。
平野宏司先生の略歴(2009年時点)
1968年大垣市生まれ
現職:
学校法人平野学園 教育企画ディレクター キートスガーデン(平野学園幼児教育部)園長
大垣文化総合専門学校(IFS)教頭
WWD(Women’s Wear Daily)日本特派記者
学歴:
1986年3月 岐阜県立大垣北高等学校普通科卒業
1986年4月 慶應義塾大学法学部法律学科入学 1990年3月 同校卒業。法学士 1990年9月 米国ニューヨーク州立ファッション工科大学 アドバタイジング&コミュニケーション学科入学 1991年5月 一年コース修了、準学士。
1991年9月 同校ファッションバイイング&マーチャンダイジング学科入 学 1992年5月 同一年コース修了、準学士。
2003年10月 武蔵野美術大学造形学部通信教育課程修了、 情報免許必要単位取得
2008年3月 フィンランド国立オウル大学早期子ども教育・保育課程修了
職歴:
1992 年6月 流行通信社入社。WWDジャパン編集部配属。 同年WWD日本特派記者を拝命。現在に至る
1995年3月 同社退社と同時に父の経営する学校法人平野学園に就職。現在 に至る。
特筆事項等:
元所属の流行通信社にて日本特派員時を中心に米国業界紙・誌等に寄稿 多数 ビジネス(特にネットショッピングを含む小売業界)、エンターテイン メント(世界的なファッショントレンド含む)に関する記事執筆経験豊 富。 「ファッションイラストレーション 基本とコツ」(現発売元・文化出 版局)の英訳(1995年) 「Spaces and Projects x100」(文芸春秋社)の英訳(2004年