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M. Jackson名曲I’ll Be Thereの”be"について(1/4)

表紙写真 ”I’llBe There” (Solid center variant of the UK single, Wikipediaより)


はじめに

慶応義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)の「プロジェクト発信型英語プログラム」そして専門科目「言語コミュニケーション論」では、前者では英語で後者では日本語で学生さんたちが行った音楽プロジェクトは今でも筆者の脳裏から離れません。それに刺激され洋楽好きの筆者もアメリカでの青春時代の思い出に残るMichael Jacksonのこの曲をデータに英語の多様性、そして、社会言語学の一項目「言語とアイデンティティ」を説明する際の身近な例として取り上げました。当時大変好評であったので本稿で4つに分けてお届けします。

M. Minskyはその著The Society of Mindで何の変哲もない日常の現象の仕組みを分析・理解することの難しさ、その大切さを強調しています。1980年代に子供がブロックを積んでは壊すという日常的行為を分析・理解しAIで再現しようとして相当苦労したようです。本稿では筆者が好きな名曲”I'll be there"をMichael Jacksonは亡くなる間際までsignature song
の一つとして歌い続けました。デビュー時代となくなる間際では発音の仕方がまったく違います。学生さんの一人が「どうして?」と聞いてきました。筆者なりの答えが本稿です。読者はどう思いますか?いずれにせよ日常を学問するMinskyから教わりました。

尚、以下本稿は2022年5月に執筆されたものです。


Motown Records1969年にリリースされたJackson Fiveの曲,筆者は留学時代カリフォルニアで聞く 

1970年8月28日Motown Recordsからシングル盤でリリースされた“I’ll Be There” は、1969年にデビューしたThe Jackson 5の4番目のヒット曲です。グループはデビュー早々 “I Want You Back”、“ABC”、“The Love That You Save”を立て続けにヒットさせ、この曲をもってデビューから4連続全米ヒットチャート#1という輝かしい記録を打ち立てるのです。リリースされるや400万枚を売り上げ、Motown Recordsに最大の利益をもたらし、The Jackson 5の歴代ナンバー1ソングともなりました。Motown Records は“Motown Era” (1959-1972)と称される時代に数々のヒットソングを世に出しましたが、その時期を代表する曲とも言われ、2011年にはGranny Hall of Fameに殿堂入りしています。

この曲は、筆者にとって、アメリカ留学中カリフォルニアで過ごした青春の日々を呼び起こしてくれます。曲がリリースされた1970年8月末当時、26歳になった筆者はSan Francisco Bay AreaのHayward市に住んでいました。朝はひんやりと朝霧が立ち込め、昼ごろ俄かに空は晴れ渡り、肌を劈く陽の光が辺り一面を照らし、気温はたちどころに40度近くに上昇します。ダウンタウンの道路のアスファルトから蜃気楼が立ち昇り、行き交う人々や車、商店、電柱、街路樹全てが空気中に浮くように揺れます。ローンを組んで手に入れた1962年製Pontiac Le Mansのハンドルを握り、ラジオのスイッチを入れるとこの曲が流れてきました。たちまち好きになりました。

Michael Jacksonが生前ライブコンサートでsignature songとして歌う

The Jackson 5については説明するまでもありません。Motown Recordsに所属していた兄弟5人のグループはその後解散し、メインボーカルのMichael Jacksonは独立し世界的スーパースターになって2009年に逝去します。生前のライブ・コンサートではsignature songsの一つとしてこの曲を歌っています。

1970年(The Jackson Five) I'll Be There

1983年 (Motown 25 Anniversary) I'll Be There

1997年 (Munich Tour) I'll Be There

名声に伴い歌い方も洗練されていきますが、筆者にとって今でも耳に残って離れないのは、やはり、1970年8月末にリリースされたシングル盤に残る少年時代のあの歌声、あの歌い方です。1970年代当時のAfrican American口語英語(African American Vernacular English, 略称AAVE)の訛りがたまらないのです。和食に例えるなら「うまみ」です。イントロを聴くたびに、この曲に最初に接した時のすがすがしさが蘇えるのです。あの灼熱の道路に突如オアシスが出現したような。

社会言語学の研究テーマAAVEの特徴を示す良例

言語学(linguistics)の領域に社会言語学(sociolinguistics)がありますが、その主要テーマの一つがAAVEです。筆者は、アメリカ10年滞在中にAAVEを聞き慣れましたが話せるようになるには至りませんでした。次回(その2)で触れますが、音素、音韻、語形成、統語、意味のルールの体系がとても複雑だからです。1970年8月にリリースされたこのシングル版が、50年余経て未だに新鮮なのは、一つの理由としてThe Jackson 5がAAVEの音韻体系で歌い上げているからであると思っています。少なくとも筆者にとってはそうなのです。[1]

歌詞と(筆者)日本語訳

作詞、作曲にはMotown Recordsの重鎮、Willie Hutch、Hal Davis、Bob West とBerry Gordy が関わっています。歌詞を味わって見てください。

”I’ll be there” 

You and I must make a pact (君と僕は約束しなきゃ)
We must bring salvation back (お互いに救いを戻そうよ)

Where there is love I’ll be there(愛があるところ僕はいるよ)

I’ll reach out my hand to you (君に手を延ばすよ)
I’ll have faith in all you do (君のすることを信じている)
Just call my name and I’ll be there (僕の名を呼んで、そこに行く/いるから)

I’ll be there to comfort you (君を慰めに行くよ)
Fill my world with dreams around you (僕の世界を君にまつわる夢で満たしに)
I’m so glad that I found you (君を見つけて本当にうれしい)

I’ll be there with love that strong (そんな強い愛を携えてそこに行くよ)
I’ll be your strength (君の力になるし)
I’ll keep holding on (yes I will) (君を支え続ける、そうするとも)

Let me fill your heart with joy and laughter (君の心を喜びと笑いで満たさせてくれ)
Togetherness, well, is all I’m after (君と一緒それだけを僕は求めている) 
Whenever you need me, I’ll be there (I’ll be there) (必要な時にはいつでも行くよ)

I’ll be there to protect you (yeah baby) (君を守るんだ、そうだよ)
With an unselfish love I’ll respect you (純粋な愛で君を尊敬する)
Just call my name and I’ll be there (ただ僕を呼んでくれれば君のもとに行く/いるよ)

I’ll be there to comfort you (君を慰めに行くよ)
Fill my world with dreams around you (僕の世界を君にまつわる夢で一満たしに)
I’m so glad that I found you (君を見つけてほんとにうれしい)

I’ll be there with love that strong (そんな強い愛を携えてそこに行く/いるよ)
I’ll be your strength (僕は君の力になる)
I’ll keep holding on (yes I will) (ずっと支え続けるとも)

If you should ever find someone new (もし誰か新しい人を見つけたら)
I know he better be good to you (彼は君に優しくしなけれればね)
‘cause if he doesn’t I’ll be there (そうじゃないと知ったらすぐ行くから)

Don’t you know baby yeah yeah (分かっているよね)
I’ll be there, I’ll be there (僕は行くから、行くからね)
Just call my name I’ll be there (僕の名を呼んでね、そこに行く/いるから)

Just look over your shoulders honey (肩越しに振り返って見てね)
Uh! I’ll be there, I’ll be there (ああ、僕はそこに行くから/いるから、そこに行く/いるから)
Whenever you need me I’ll be there (必要な時にはいつも行く/いるから)

Don’t you know baby yeah yeah (分かっているよね)
I’ll be there, I’ll be there (僕はそこに行くから、そこにいるから)
Just call my name I’ll be there (僕の名前を呼んで、そこに行くから)

Uh uh uh uh uh! I’ll be there… (う、う、う、そこに行く/いるから)

歌詞にこれといった難しい語、句、表現はありません。ところが、どのような愛の状況を歌ったものであるのか、決め手が有るようで無く、様々な解釈を生むラブソングです。別れつつある男女がいがみ合うことなく相互に思い合おうと言う約束を交わしていますが、promiseではなく条約や協定を意味するpact を使っているところがミソです。平和条約peace pactを連想させますね。

著名評論家の解釈・講評に多少のズレが

Song Meanings + Facts “I’ll be there” by the Jackson Fiveは次のように述べています。普遍的愛情を歌っていると主張する評論家もいるが、恋愛ソングである。恋人に対する表現が繰り返されているからだ。歌っているのは恋愛経験が無い11才の少年Michaelであるが、年齢を超えた賢さと経験を感じさせる、もって生まれた才能で歌い上げている。事実、この歌の言葉は恋愛経験を積んだロマンチストの言葉そのものである。タイトルが示唆するように、この歌は恋人への献身、ちっちゃなMichaelの言葉を借りれば、「“baby” が呼べばいつでもそこにいる、駆けつける」を軸に展開される。歌い手が大切な人に献身的な愛の深さを伝えるタイプの恋愛歌である。だから、自分が居なくても今の恋愛関係の状態を心配しなくても良いと忠告する意味が含蓄されている。

一方、Song Facts “I’ll be there” by the Jackson Five は次のように評しています。男性が元の恋人に、彼女の為にいつも一緒に居る、誰か新しい恋人を見つけても、いつでも自分の元に来て構わないと告げる。この無条件の献身的な愛の告白が、たった11才のMichaelの声の純真さで甘美に彩られ、この時代のどの曲よりも心に触れるロマンチック・ソングの一つに押し上げた。

2つの解釈には幾分ズレがありますが、総合してみると、この二人の男女の関係は崩れつつあるか、崩れてしまったのか、定かではありませんが、危機的状況であることは確かです。そんな状況の中で男性の方は、いつも彼女を見守り、必要とされるならどこにでも駆けつける。彼女に新しい恋人ができても、その人が彼女を大事にしてくれることを願う。万が一そうでない場合、彼女はいつでも自分のところに戻ってきてよいと告げる。彼女の幸せを願いつつ彼女を見守り続ける。いずれにせよ、滅私的というか献身的な愛が伝わってきます。そんな内容の歌を純真無垢(innocent)な11才の少年Michaelが、天賦の高音美声と想像力と表現力で見事に歌い上げているのです。

(2/4)に続く

[1] それは筆者自身、消えゆく故郷旧清水市(現静岡市清水区)の山河とともに浮かぶ消え行く静岡弁への郷愁と重なるからです。恐らく筆者の世代が最後でしょう。岩手県出身で石川啄木が故郷の方言を聞きに上野駅に赴き「故郷の訛りなつかし停車場の人混みの中にそを聞きにいく」と読んだ心境が分かります。岩手弁も静岡弁も地域方言(reginal dialects)で、AAVEは都市部の方言(urban dialects)である点で違いますが、方言はその話者に周辺感(sense of periphery)や自虐感(sense of self-deprecation)などを抱かせる反面、帰属意識、アイデンティティ、結束感(solidarity)をもたらす点で大いに一致します。福島県の民謡会津磐梯山(東京合唱メドレー2013)は耳にしますが、残念ながら、筆者が若い時聞いた会津弁訛りの歌い方(鈴木正夫1952)は耳にしなくなってしまいました。 筆者の専攻は言語学ですから、生物学者が一つの種が消え去るのを嘆くように、一つの方言が消え去るのを憂います。

For Lifelong English 生涯英語活動のススメ (鈴木佑治Website)

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鈴木佑治
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