名曲A Whiter Shade of Pale「 青い影」の解釈(2/2)
表紙写真:A Whiter Shade of Pale (Procol Harum)ドーナツ版(Wikipedia)
はじめに
「名曲A Whiter Shade of Pale 青い影の解釈」(2/1)の続き(2/2)です。とにかくこの曲の歌詞が意味するところは何か、BBCが特集を組んだ程ですから英語ネイティブ・スピーカーにとっても難しいわけです。では記事後半です。
"Sixteen Vestal Virgins"(16人ウエスタル巫女)は古代ローマ神話から
そしてサビの後の2番では、そういうことになってしまったことに対する女性の方の言い分が綴られています。曰く、そこにはさしたる理由はなく、真実は実に単純明白で(“the truth is plain to see”)、男性(僕、“I”)がカードゲームでもしているかのように迷って信じてくれなかったからだ、と。
And they would not let her be (彼女を入れて上げないだろう)
One of sixteen vestal virgins (16人ウエスタル巫女の一人に)
Who were leaving for the shore (陸を目指して去っていこうとした)
ここでは“Vestal Virgins”(16人ウエスタル巫女)について知らないと何を言っているのかちんぷんかんぷんです。“Ancient Rome # 7 House of Vestal Virgins”という動画サイトが分かり易く説明しています。また、“Vestal Virgin-Ancient History”Encyclopediaも薦めます。
Vestal Virginsは、古代ローマ時代に女神Vestaの神殿に使えた巫女で、歌詞には16名とありますが、正しくは6名です。6歳から10歳の少女が選ばれ、厳しい戒律の下で30年間仕えたそうです。
“Vestal Virgins”は、サビ(hook)の部分に示唆される、“The Miller’s Tale”に登場する美しくもあざとい女性(Alison)とは正反対の女性です。純真な少女の象徴です。以下のくだりでは、彼女が、自身が言うように純真なのか、あるいはサビに描かれている“The Miller's Tale”のAlisonのように、顔をa whiter shade of pale青ざめるあざとい女性なのか、二者択一の状況に揺れる男性の内面が吐露されています。
Although my eyes were open wide
They might have just as well been closed
肉体の目は開いていても、心の目をつぶっていたのかもしれない、と自問しながらも迷っているのでしょう。(*8)しかし、曲は再度サビ(hook)に戻り、彼女への疑いが消えないままであるとの印象を与えながらこの曲は終わります。筆者の感想ですが。
こうして歌詞を調べると、いろいろな状況が浮かび上がり、新たな物語ができます。でもそれはその人の感想でしかありません。
作詞したKeith Reidは「古典とは一切関係なく浮かんだものを書いただけ」と
最近になって(2008年)、作詞したKeith Reidは、作詞当時の状況を次のように述べています。
"I was trying to conjure a mood as much as tell a straightforward, girl-leaves-boy story. With the ceiling flying away and room humming harder, I wanted to paint an image of a scene. I wasn't trying to be mysterious with those images, I was trying to be evocative. I suppose it seems like a decadent scene I'm describing. But I was too young to have experienced any decadence, then. I might have been smoking when I conceived it, but not when I wrote. It was influenced by books, not drugs."(*9)
(当時はまだ19歳で失恋のシーンのイメージを描こうとした。失恋のムードを喚起するために「天井が吹っ飛ぶ」などの表現を使った。デカダンスなことを連想させるかもしれないが、19歳の少年がそんな大それた体験をするわけがなく、単に読んでいた本の影響を受けて書いた“a straightforward girl-leave boy story”「そのままずばり男を捨てて去っていく女の子の話」である。)(*10)
おそらく、少年時代に読んだ本から受けたイメージを浮かぶままに取り入れたのかもしれません。実際に、インタビューでは本の影響はそれほど強くないとも言っています。タイトルの“A Whiter Shade of Pale”についても、あるパーティーに招かれた時に、たまたま、そこにいた男性がある女性に“You've turned a whiter shade of pale.”(君、顔が真っ青になったね)というのを聞いて、いつか使ってみようと思って使っただけと述べています。あまり深い意味はなく軽いノリだったようです。
Allen Ginsbergの詩集HowとBob DylanのSubterranean Homesick Bluesの手法かもしれない
そうであったにせよ、Reidが本から浮かんだ様々な断片をイメージして歌詞を書いたことは確かです。筆者の想像から、Chaucerや古代ギリシャ神話以外の多くの本、特に、詩などの影響を受けていたものと思えます。と言うのは、1960年代の多くの若者が、Allen Ginsbergの詩集Howlに影響されていたからです。昨年ノーベル文学賞を受賞したBob Dylanなどもその影響を受けた一人で、有名な“Bob-Dylan Subterranean Homesick Blues”は詩として聞けます。作詞家としてのReidもおそらく頭の片隅にあったのではないでしょうか。(*11)
筆者自身1960年代に在籍した英米文学科では沢山の詩集を読みました。この曲を聴きながら、John Donne、George Herbert, John Keats ,William Blake, Robert Browning, T.S. Eliotらの詩、わけても、Eliotの“The Waste Land”が浮かびます。若者の間に詩が流行した時代で、ポップカルチャーにその風潮が反映されていたのは確かです。この曲もその一つかもしれません。
コミュニケーションでメッセージを受ける行為は発する行為と連動し能動的ー創作活動の原点
少々長くなりましたが、ここで述べたかったのは、コミュニケーションにおいて、メッセージを受信する側が行う解釈は、受動的なものではなく能動的な発信活動であるということです。あるメッセージをめぐり、生成して発信する側はもちろんのこと、受信する側が行う解釈という活動も発信活動であるということです。自分のおかれた状況の中で相手の状況を想像しながら解釈し、新たなメッセージとして発信するのです。
また、物事を理解し反応する、ここには、当事者特有の状況が作用し、それは千差万別で多種多様です。文学や芸術などの分野はまさにそうした多彩な見方が奨励される分野です。良い作品とはいろいろな解釈を誘発し、コミュニケーションの輪が広がる場を提供するものでしょう。この曲はそうした芸術作品と言えます。(2018年10月12日記)
最後に
本稿は元々アメリカ留学を目指す読者に向けた雑誌に掲載されたものです。よって参照文献やサイトはみな英語のものばかりです。それらに目を通し英語力アップしてもらうことを意図していました。TOEIC、TOEFL iBT、ILTS、英検(準一級、一級)、難関大学入試英語準備中の読者には役立ちます。
(*8)“I wandered through my playing cards”というverseとも重なります。
(*9)“Nick Hasted in Uncut (2008) on A Whiter Shade of Pale”
(*10)この歌は、飲酒による酩酊状態、あるいは、ドラッグによる幻覚症状で起こりうる支離滅裂な状況を表現したものと言われることがあります、それも一つの見方に過ぎません。Keith Reidははっきり否定しています。
(*11)(*4)に掲載した3番と4番には、ギリシャ神話にあるNeptuneと人魚をほのめかすバースがあります。