慶應義塾大学SFC初代総合政策学部長加藤寛先生に大学改革について聞く (1)
筆者のコラムFor Lifelong Englishの一企画「英語にかかわる仕事をする人々」では各界で英語を使って活躍されている人々にお話を聞いております。今回は慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス(SFC)創始者でありかつ初代総合政策学部長(1990-1994)を務められた 加藤寛先生に、大学改革の一環として英語教育についてのご意見を伺いました。2011年7月インタビュー時のまま、(1)、(2)、(3)の3回に分けお届けします。
加藤 寛先生プロフィール
大正15年、岩手県生まれ。 経済政策の理論と実践における日本のリーダーとし て、国鉄を始めとする3公社の民営化に携わるととも に、10年にわたり政府税制調査会会長を務める。 慶應義塾大学湘南藤沢キャンパス開設準備に関わり、 1990年初代総合政策学部学部長に。 その後1995年から12年間、千葉商科大学学長を務 め、両大学において“カトカン”と親しまれ、大学改革 を進めた。 2008年4月、嘉悦大学学長に就任。(2011年7月インタビュー時)
慶應義塾大学湘南藤沢キャンパスでの取り組み
鈴木:加藤先生とは、慶應義塾大学で湘南藤沢キャンパス(以下 SFC)を立ち上げる時に、呼んでいただいてからのご縁です。 それまでは同じ経済学部に在籍しながら、先生は雲の上の方で したので、お話していただけるなど考えたこともありませんで した。でも、SFCがご縁で先生にお目にかかる機会が増え、先 生はどなたとも気さくにお話なさる、それはそれは優しい方で あることが分かりました。 SFCを立ち上げ、1年生が入ってくるにあたり、加藤先生がこ んなことをおっしゃっていたのを覚えています。SFCに「学」 があるとしたら、「総合政策学」と「環境情報学」であり、あ とはすべてそれぞれの人が自由に論ずることで生まれる「論」 であるべきと。総合政策学とは何か、環境情報学とは何かをめ ぐり、加藤先生ご自身も率先して、全くの白紙の状態で論じな がら問題を発見しようということだったと思います。学生から もいろいろな「論」が出てきて、SFC全体に「自由」な雰囲気 が漂っていました。学生にとって加藤先生は「自由」を象徴す る指導者でした。
加藤:いや僕はね、自分で自分の教育プログラムも書けない当時のや り方に、こんなばかな話があるかという想いがありましたか ら、それがSFCの理念になったといいますか、SFCは自由にや るんだということで始まりました。とにかく人にわからないこ とをしゃべってもしょうがない。人にわかるようにしゃべらな いとだめだということは、私の頭の中にずっとあったんです ね。だから学術用語を使うことが教育ではなくて、もっと自由 に自分の言葉で話すようにならなければだめだと思っていまし た。
鈴木:英語もそうですね。
加藤:そう、英語でも同じことです。もちろん英語の先生は何人かお られたのですが、改革する方向性が全然出てこない。今の教育 をいいと思って改革しない人は役に立たないと思っていたら、 鈴木先生が改革の旗振り役として出てこられた。これはもうぜ ひお願いしたいと思って引っ張り込みました。 それで、鈴木先生はどういうところが違うのだろうかと思っ て、お聞きしたんですよ。そうしたら、英語の全然しゃべれな い学生を集めて、自分の経歴などを、自分が知っている英語を つかってしゃべればいいとおっしゃる。いや、そんなこと、今 まで聴いたことがない。私も学生時代から英語の教育を受けて いましたけれども、きれいな英文を読むことばかりを教えられ た。きれいな英文というのは自分では作れないんですよ。だか ら教科書をいくら暗記しても人真似に過ぎない。自分の言葉で 自分を語るなんてことはできない。そんな方法があるなら、何 で自分の時にそういう英語教育をしてくれなかったのだろうか と、私は随分思いましたよ。中学校の時にも、僕を教えてくれ た先生で結構うまい方がいらしたんですよ。だけど自分の言葉 でしゃべろうということを当たり前にしてくれる先生はいなか った。自分の言葉でしゃべると笑ったり、ばかにされる。だか ら全然英語をしゃべれない学生が、自分の持っている英語でと にかく何かを表現しようという、そんな教育があるのかとびっ くりしました。
鈴木:先生ご自身が自由に話をして自分の言葉で語られている、そう いう理念でSFCを始められたことから、私のそんなやり方を許 可してくださったのではないでしょうか。そんな自由な教育を 理念としている時に、私たち英語教師が英語を輪切りにして、 これを教える、これを習えばいい、などというのはあまりにも 小さく見えました。それなら、私たちも言語というものを、一 度白紙にしてゼロから始めようと。教師が英語を教えるという ことではなく、学生が英語を学ぶということは一体どういうこ となのかを考えさせていただいた機会でした。そうすると、改 革というのは、やっぱり自分自身の中からしか出てこないとい うことと、教師が自分の好きなことを学生に押しつけたところ で何も出てこないと思ったのです。とにかく、まずは学生が好 きなことを言わせてみる。好きなことについて話せない人は多 分いないと思うのですね。それも英語ができるようになってか ら言うのではなくて、好きなことを語りながら英語ができるよ うになればいいんじゃないかと思ったのです。」
加藤:そう、それがすごいなと思って感心したの。 とかく英語教育というと、我々の場合は言語学をベースにした 話をして、その理論をこねて、方法論を考えて教えようとす る。だから学生はいやになってしまう。そんなことはどうでも よくって、学生にとっては英語を楽しく話せるようになればい いわけですよね。
鈴木:加藤先生の言われたことでもうひとつ、非常に印象的に覚えて いるのは、道路一本つくるにしても、いろいろな人や、いろい ろな省庁、そしていろいろな学問が絡んでいる。だから学問は 縦割り型のものではだめである、ということです。学生が好き なことをやって追求していくと、いろんなものに絡んでいて、 そこに私の専門の英語があったり、加藤先生のご専門の経済も あったりする。そして周りの人たちもそのことに関心を持つよ うになる。SFCで「総合」という言葉(概念)をお考えになっ たのが、こういった点につながるのかなと思っています。 そんな壮大な理念があったわけではないんですよ。新しい時代 を作るためにと考えていました。
加藤:鈴木先生の発想こそ、私にと って理想でしたね。
鈴木:いえいえ、あの頃44、45歳の何を言い出すか分からないよう な若造だった私を、いつも信頼してくださったからできたこと だと、今でも思います。我々は自由にやらせていただきまし た。本当にありがたくて、私にとって加藤先生こそ理想のリー ダーでした。しかも私のやり方というのは、実はその頃加藤先生がテレビ番組で経済解説をしておられて、私たち素人にもわ かりやすいように経済のことをお話していたのを真似たんで す。1980年代のバブル絶頂期に、そのお金がどこへいったの か分からないような時に、加藤先生は経済学の権威でいらっし ゃったのに、私たちに話すときにはあえて専門用語を使わず、 日常的な言葉でわかりやすく話しておられました。私の英語の 授業には、加藤先生の研究会の学生もいて、加藤先生はとても わかりやすく教えてくださると言っていました。自分の言葉で 経済を話すことができる、そういう学生を、加藤先生は多数お 育てになっています。
鈴木の付記(2024年8月)
慶應SFCに赴任する前の慶應経済学部時代には、私が英語を教えた学生 の中に、超難関ゼミと定評があった加藤寛先生のゼミに進んだ人達 がいます。先生のゼミ生は、みな優秀だと聞いておりましたが、私が英 語を教えたこの人達もすこぶる優秀で、卒業後は海外で大活躍していま す。その内のお一人の女性は、現在は経済学者として、英国の大学で教鞭をとっています。