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短編小説 |好きな偉人を殺してしまった5/6

現在への強制送還

京都の街に戻った佐藤悟と山田桜は、未来で目にした光景に圧倒されていた。二人の脳裏には、荒廃した都市、生気を失った人々、そして年老いたイーロン・マスクの姿が鮮明に残っている。まるで、長い悪夢から覚めたばかりのような感覚だった。

「佐藤くん」桜が静かに呟いた。「あの未来、本当に現実になってしまうのかしら?」

悟は重々しく頷いた。「ああ、でも俺たちにはそれを阻止する責任がある」

二人は歩き出した。京都の街並みは、彼らが見てきた未来とは対照的に、活気に満ちていた。自転車をこぐ学生たち、写真を撮る観光客たち、そして至る所で聞こえる笑い声。これらの日常が、今では信じられないほど貴重に思えた。

「でも、どこから手をつければいいのかしら」桜が不安げに言った。

その時、森見登美彦の幽霊が姿を現した。「やあ、若い二人。大変な旅から戻ってきたようだね」

「森見先生!」悟が驚いて声を上げた。「私たち、どう行動すべきでしょうか?」

森見は穏やかに微笑んだ。「大きな変革は、小さな一歩から始まるものさ。京都の隠れた路地には、まだ誰も気づいていない宝物が眠っているかもしれないよ」

その言葉は、「毎日の積み重ねが大切だよ」という祖父の教えのように、シンプルでありながら深遠だった。

悟と桜は顔を見合わせ、静かに頷いた。二人は京都の路地裏を探索することにした。古い町並みの中を進みながら、人々の表情や仕草、そして街の息吹に注意を向けた。

その道中、悟は桜への思いを強く感じていた。未来での経験を共有し、今この瞬間を一緒に歩んでいる彼女の存在が、これまで以上に大切に思えた。しかし、その気持ちを伝える勇気が湧いてこない。まるで、高い崖から飛び降りようとして足がすくむような感覚だった。

突然、マーク・ザッカーバーグの幽霊が現れた。「やあ、君たち。ソーシャルメディアを活用して情報を集めてみてはどうかな?」

「ザッカーバーグさん!」桜が驚いて声を上げた。「でも、ソーシャルメディアの過剰な使用が未来の問題を引き起こしたのでは...」

ザッカーバーグは首を横に振った。「テクノロジー自体が問題なのではない。使い方が重要なんだ。ソーシャルメディアを使って人々をつなぎ、意識を変えていく。それが君たちにできることの一つかもしれない」

悟と桜は顔を見合わせ、同意した。二人はスマートフォンを取り出し、ソーシャルメディアを駆使して情報収集を始めた。その姿は、まるで現代の魔法使いが呪文を唱えているかのようだった。

彼らの努力は徐々に実を結び始めた。世界中の暗号解読マニアたちが関心を示し、様々な解読方法を提案してきた。その中には、「これは時空を超えたメッセージではないか」という大胆な推測まであった。

悟は思わず笑いそうになったが、どこか心の奥底で、その可能性を完全には否定できない自分がいることに気づいた。

その夜、二人は大学の図書館に籠もり、集めたデータを整理していた。コンピュータの画面には、ソーシャルメディアで得た情報が並び、机の上には古い文献や地図が広げられている。最新技術と古典的手法の奇妙な融合。それは、まるで過去と未来が交差する瞬間のようだった。

突然、エーリッヒ・フロムの幽霊が現れた。「若者たちよ、真の愛は自己と他者の深い理解から生まれるのだ」

悟は顔を赤らめた。「フロムさん、私たちは今、人類の存続を賭けて奮闘しているんです」

フロムは優しく微笑んだ。「そうだね。でも、人類を救うためには、まず自分自身と向き合うことが不可欠だ。君の心の奥底にある想いを、素直に表現してみてはどうかな」

その言葉に、悟は桜を見つめた。彼女は真剣な表情で資料を読み込んでいる。その姿に、悟は心を打たれた。

「桜さん」悟が声をかけた。「少し話があるんだ」

桜が顔を上げる。「何かしら、佐藤くん?」

悟は深呼吸をした。「僕は...」

その瞬間、図書館の本棚から本が次々と落下し始めた。コンピュータの画面には意味不明な文字列が流れ、照明が不規則に明滅する。奇妙な現象が立て続けに起こり始めた。

「な、何が起きているの?」桜が驚いて声を上げた。

森見の幽霊が再び現れ、楽しげに笑った。「ほら、日常に潜む非日常だよ。この不思議を楽しまなきゃ」

悟は困惑しながらも、桜に向き直った。「桜さん、僕は...」

しかし、その言葉を最後まで言う前に、二人の周りを強烈な光が包み込んだ。気がつくと、二人は京都郊外の小さな神社の境内に立っていた。

「ここは...」桜が周囲を見回した。

「暗号が指し示していた場所だ」悟が呟いた。

境内には、古びた石碑が佇んでいた。その表面には、彼らがずっと解読しようとしていた暗号と酷似した文字列が刻まれている。

「これが...私たちが探していたものなのかしら」桜が石碑に手を伸ばした。

その瞬間、石碑から眩い光が放たれ、二人の意識が遠のいていく。その光は、まるで宇宙の彼方から届いた神秘的な輝きのようだった。

目を覚ますと、二人は再び図書館にいた。しかし、何かが違う。窓の外を見ると、そこには未来の荒廃した風景が広がっていた。

「また未来にタイムスリップしたの?」桜が不安そうに言った。

悟は首を振った。「違う。僕たちがいるのは現在の図書館だ。でも、外の風景は...」

その時、イーロン・マスクの幽霊が現れた。「よく来たな、若者たち。ここは現在と未来が交錯する特殊な空間だ。君たちの行動次第で、外の風景が変わっていく」

悟と桜は驚きの表情を浮かべた。彼らの目の前に、人類の運命を左右する選択肢が広がっていた。

マスクは続けた。「さあ、君たちの行動で未来を塗り替えてみせろ。人間の本質的な価値、愛や共感、創造性を大切にする社会を作り出せ」

二人は顔を見合わせ、固く手を握り合った。彼らの前には、途方もない挑戦が待ち受けている。人類の存続を賭けた重大な使命。しかし、その第一歩がどこにあるのか、少しずつ見えてきたような気がした。

悟は桜に向き直った。「桜さん、一緒に未来を変えよう。そして...」

彼の言葉が途切れたその時、図書館の外の風景がわずかに変化した。荒廃した街並みの中に、小さな緑の芽が顔を出したのだ。

二人の冒険は、まだ序章に過ぎない。彼らの行動が、どのような未来を紡ぎ出すのか。そして、悟の想いは桜に届くのか。物語は、誰も予想し得ない方向へと展開し始めていた。

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