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短編小説 |好きな偉人を殺してしまった2/6

デジタルとアナログの奇妙な同居

朝日が京都の街を優しく照らす中、佐藤悟は図書館を後にした。頭の中は、昨夜の奇妙な出来事でごちゃごちゃだった。エーリッヒ・フロム、マーク・ザッカーバーグ、イーロン・マスク、そして森見登美彦の幽霊たち。彼らの存在が現実なのか幻なのか、まだ確信が持てない。

悟は山田桜に連絡を入れた。「桜さん、ちょっと話があるんだけど...」

「もしかして、暗号のことで進展があった?」桜の声は期待に満ちていた。

「うーん、そうとも言えるし、そうでもないし...」悟は言葉を選びながら答えた。「とにかく、会って話したいんだ」

二人は大学近くのカフェで待ち合わせた。朝の柔らかな日差しの中、桜の姿を見つけた悟の心臓が少し早く鼓動を打つ。昨夜の幽霊たちの言葉が頭をよぎる。

「おはよう、佐藤くん」桜が笑顔で手を振った。「で、どんな進展があったの?」

悟は深呼吸をして、昨夜の出来事を話し始めた。幽霊たちの出現、彼らのアドバイス、そして暗号解読と恋愛の謎めいた関連性について。話し終えると、桜は目を丸くして悟を見つめていた。

「...信じられない?」悟は恥ずかしそうに言った。

「いいえ、むしろ...すごくワクワクする!」桜の目が輝いた。「これって、私たちの冒険が本格的に始まるってことじゃない?」

悟は安堵のため息をついた。桜が自分を変人扱いしなかったことに感謝しつつ、彼女の前向きな反応に心を動かされた。

「それで、ザッカーバーグさんのアドバイスってなんだった?」桜が尋ねた。

「ああ、そうだった」悟は思い出したように言った。「SNSを使って暗号解読のヒントを集めてみようって」

桜は目を輝かせた。「それ、いいアイデアじゃない?私たちだけじゃなく、ネット上の多くの人の知恵を借りられるかもしれない」

こうして、二人のデジタルとアナログが融合した奇妙な暗号解読作戦が始まった。SNSに暗号の一部を投稿し、解読のヒントを募る。それと同時に、京都の古い町並みを歩き回り、暗号に関連しそうな場所や手がかりを探す。

その様子は、まるで江戸時代の武士がスマートフォンを操作しているかのような、奇妙でミスマッチな光景だった。悟はツイッターで暗号の断片を投稿しながら、同時に古い寺社の石碑を調べる。桜はインスタグラムで暗号解読コミュニティを作りながら、古書店を巡って関連する本を探す。

ある日、二人で祇園の路地裏を歩いていると、森見の幽霊が現れた。

「やあ、若者たち」森見が微笑んだ。「京都の路地裏には、まだ見ぬ宝物が眠っているかもしれないよ」

「森見さん!」悟は驚いて声を上げた。「具体的に何かヒントはありますか?」

森見は意味ありげな笑みを浮かべた。「それを言っちゃあ、物語の面白さが半減してしまうよ。ただ、君たちの目の前にあるものをよく観察することだね」

そう言うと、森見の姿はゆっくりと消えていった。

「佐藤くん、今の...」桜が目を丸くして言った。

「うん、僕にも見えた」悟は頷いた。「どうやら、僕の幻覚じゃなかったみたいだね」

二人は顔を見合わせ、くすっと笑った。そして、改めて周囲を見回し始めた。古い町家の軒先、石畳の隙間、路地の曲がり角...どこに手がかりが隠されているのか、二人の目は真剣そのものだった。

その一方で、SNSでの情報収集も進んでいた。世界中の暗号マニアたちが、彼らの投稿に興味を示し、様々な解読の可能性を提案してきた。中には、「これは未来からのメッセージではないか」という突飛な意見まであった。

悟はその意見を見て、思わず吹き出しそうになった。しかし、どこか心の片隅で、その可能性を完全には否定できない自分がいることに気づいた。この数日間の出来事は、常識では説明のつかないことばかりだったのだから。

夜の図書館。悟と桜は集めた情報を整理していた。パソコンの画面には、SNSで集めたヒントが並び、机の上には古い地図や書物が広げられている。デジタルとアナログの奇妙な共存。それは、まるで時代を超えた知の融合のようだった。

「ねえ、佐藤くん」桜が突然言った。「私たち、なんだかすごいことをしてるみたいじゃない?」

悟は顔を上げ、桜を見つめた。彼女の目は興奮で輝いていた。

「そうだね」悟は微笑んだ。「最初は単なる暗号解読だと思ったけど、今じゃ...」

「未知の冒険って感じ?」桜が言葉を継いだ。

「うん、まさにそんな感じだ」

二人は笑い合った。その瞬間、悟は桜への想いを強く自覚した。しかし、その想いを告白する勇気が出ない。まるで、缶コーヒーを開けようとして、プルタブが千切れてしまったかのような絶望感。フロムの幽霊の言葉が頭をよぎる。「真の愛は自己と他者の理解から生まれる」

突然、桜が「あっ!」と声を上げた。

「どうしたの?」悟は驚いて尋ねた。

「ここを見て」桜はパソコンの画面を指さした。「この投稿、気になるんだ」

画面には、ある歴史研究者の投稿が表示されていた。「京都の裏路地にある古い蔵に、似たような暗号が刻まれているのを見たことがある」

悟と桜は顔を見合わせた。これが、彼らが求めていた決定的な手がかりかもしれない。

「明日、その蔵を探しに行こう」悟が提案した。

桜は頷いた。「うん、絶対に見つけ出そう」

その夜、二人は興奮冷めやらぬまま家路についた。明日への期待で胸が高鳴る。しかし、彼らはまだ知らなかった。その蔵で彼らを待ち受けているものが、彼らの想像をはるかに超える驚きをもたらすことを。

京都の夜空に、一羽のカラスが鳴きながら飛んでいった。「アホー、アホー」その鳴き声は、まるで未知の冒険への予兆のようだった。

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