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ある板前の死より~⑤店主の見た地獄(入り口)~

この作品の中では、考察ではなく、推察という言葉を使っているが、これは考察は深めれば、真実に近付けるのに対して、推察はあくまで推察した者の浅い判断による部分が大きいと、私が勝手に思っている為であり、世間ではこれを邪推とか、当て推量などと嘲笑うかもしれない。

これからお話しする話も、あくまで私の推察であり、勝手な妄想であり、真実ではなく、読み物として考えてもらいたい。何度も言うが、これからは更に「死」を深く扱う話しになる。しかも暗く、救いのない闇に落ちる気分になるだろう。こういった話が、ご不快であれば、これ以上は、読むのを止めていただきたい。では…


【店主の見た地獄(入り口)】

店主はその日も、いつも通り朝早く起きた。昨夜の客がなかなか退店しなかったのもあり、店の片付けが終わったのは午前3時を回っていた、起きた時間が午前4時30分だから、普通に言えば睡眠でなく、仮眠という感じだろうか?しかし、これが店主の日課だった。

今日も、良い魚を買いに仲卸まで行く必要があった。もちろん、仲卸に任せることも可能だったが、自分が見て、選んで、買うのが店主のポリシーと言えた。

買い付けが終わると、自宅兼店舗に戻り、妻の作った朝食を済ますのだが、その日はそれがなかった。妻と小さい子は置き手紙もなく消えていた。あるいは実家にでも拗ねて帰ったのだろう?という感覚だった。

ここ数ヶ月、確かにケンカは絶えなかったが、それはこの家の為、店の為、家族の為だった。原因は仕事に重点を置き過ぎた生活スタイルで、最近まともに妻と会話もなかったのは事実だ。

だが、今年の1月後半から始めたランチは、地域近所の評判を集め、食べログでも高評価をつけられ、遠くからでも客が来るようになった。食べログコメントでも、ガレージの狭さや、台数の少なさにクレームが来ていた。

それでも、3ヶ月程経った今、まさにこれから、ランチ営業は軌道に乗ろうとしていた。

「数日で帰って来るだろう」、店主はそう見積もった。だから、妻の実家にさえ、その日、安否確認の連絡を入れることはなかった。今まででも、こんなことは数回あったから。

自分でありきたりの朝食を済ませると、ランチ営業の準備が待っていた。板場の相方がそろそろ来る頃だが、昨夜が遅かった為、ゆっくりしているのだろうか?先に店主が板場に入る。

板場に入る前には、日課にしている鏡で自分の顔を見るルーティンをおこなう。際立って男前とは言えないが、37才にして、これだけの城(店舗兼住宅)を建てた地元の同級生も、修行時代の同期もまだいなかった。誇らしい気持ちが自然と顔に出た。他人はそれを自信と見たり、呼んだりするが、店主には、今それが溢れ出ていた。また、自身もそれを見るのが好きでもあった。

ランチ営業の準備をしていると、早朝買い付けた材料が続々と届く。店主は全てに目を光らせ、間違いがないか確認する。店の推しが多種多様な産地のメニューであり、仕込みは同様の店より遥かに大変な作業と言えた。

だが、食べログコメントに、「滋賀で日本中の旨い物が食べられる割烹居酒屋」と紹介された時の嬉しさは、料理人として堪らないものだった。そのコメント以後は、更に各地の食材にこだわって仕入れるようになった。

まだ、相方の板前は来ない?さすがに気になったので、一回携帯に電話を入れるが、繋がらない。

仕方なく店主一人で暖簾を掛けて、ランチ営業を開店させた。この時、店主にはまだ、何と何が繋がっているのか?理解出来なかった。いや、気付きもしていなかった。

妻は実家か?ママ友のところにでも逃亡したか?仲間の板前は、体調不良か?深酒による寝坊か?程度にしか考えなかった。

順風満帆な店主には、これから起こることなど、ただただ思いもよらないことでしかなかった。


今回も長文お付き合いいただき、ありがとうございました。今シリーズの投稿は、毎週の日曜日を予定しております。今後もよろしくお願い致します。
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