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Netflix「地面師たち」に学ぶブランドパーソナリティー

ある作品と共通点がある

話題沸騰中のNetflix「地面師たち」。最後の事件で、入金先の小切手が一瞬映りますが、そこには「スバル銀行」と記載されています。

同じ名前の銀行が、ある邦画の名作でも使われていました。1987年公開の伊丹十三監督作品「マルサの女」です。(※同作では、ひらがなのすばる銀行)

「マルサの女」は、国税局査察部(通称・マルサ)に勤める女性の活躍をコミカルに描いたサスペンスドラマ。

よくある銀行の名前、と言われたらそれまでですが、偶然の一致ではないのでは?と考え、「地面師たち」を手がけた大根仁監督のインタビューを読んでみました。

「そもそも『地面師詐欺って、どういう犯罪なの?』という、ちょっと知的好奇心がくすぐられるようなところがあるじゃないですか。そういう意味で、僕が尊敬する伊丹十三監督の『マルサの女』のような『知られざる世界のノウハウもの』でもあると思ったんです」 (Real Sound 2024.8.15」

「伊丹さんの映画は大好きだし、マルサのような知られざる世界の職業モノはやっぱり面白い。「マルサvs脱税者」という取る側と取られる側の攻防は、楽しんで観てしまう。そういう伊丹映画的な構図を、特に第一話においては意識しました」 (CINEMORE 2024.7.31)

「ぼくは、伊丹っ子なんですよ。18歳くらいのときに読んだ本で、『「マルサの女」日記』っていうのがあって。きょう持ってきたんですけど‥‥。映画監督ってここまでやるのかと、この本を読んで思いました」 (ほぼ日刊イトイ新聞 2011.10.6)

大根監督が言うように、両作品とも〝ノウハウもの〟〝対立構造〟ではありますが、筆者はもう一つの共通点を発見しました。それは、ありきたりな勧善懲悪の物語にはない、登場人物と観客の特殊な関係です。

登場人物と観客の特殊な関係

この解説には、伊丹監督の言葉を借りる必要があります。少し長いですが非常に重要なので引用します。

これは、とる側の視点からじゃなきゃ駄目なの。とる側から描けば、さまざまな職種の「とられる人」の修羅場の連続で映画が作れて、それはとりもなおさず日本の一つの断面になるでしょう。そして、とられる側に脱税のワーストテンみたいな業種を並べれば、いつしか観客は映画を見ながら「もっととれ!もっととれ!」と心の中で叫ぶ。そして、あれ、俺はなんだって税金とるほう応援してるんだ、と混乱して、心の中に一種の渦巻きの如きものができるんじゃないか。これが一種映画に苦い味をつけ加えてくれるだろうと思ったわけです。 (中略) 取材が進むにつれて映画の構想が少しずつ変わっていってね、結局はとる側のプロと隠す側のプロの、知力の限りを尽くした死闘、それをリングサイドから眺めるような作りにしようというふうになっていった。観客はどちらに肩入れしてもいい。しかし、どちらに肩入れするかによって、映画がその人の立場を鏡のように照らし返すことになる、そういう作りに傾いていったわけです。 (「マルサの女日記」(伊丹十三/文藝春秋)

つまり、「マルサの女」では観客の胸の内に以下のような感情が渦巻き、同じ現象が「地面師たち」でも起きているといえます。

「マルサの女」
●本来、観客は税金を取られたくない。
●でも、脱税している登場人物には共感できない(暴力団も絡んでいるから共感したくない)。
●一方、マルサの女は愛すべき人物で、綿密な捜査の裏側も描かれる。
→結果的に観客は、体制側のマルサに共感し応援してしまう。

「地面師たち」
●本来、視聴者は詐欺被害に遭いたくない。
●でも、大手デベロッパーの登場人物には共感できない(ブラック企業的にも描かれ、共感したくない)。
●一方、地面師グループには個性的に人物が集まり、詐欺の綿密な準備が描かれる。
→結果的に視聴者は、犯罪者にもかかわらず地面師に共感し応援してしまう。

愛されキャラの条件とは

では、なぜ観客は自分と無縁の登場人物に、思いもよらぬ共感をしてしまうのでしょう。「マルサの女」の主演・宮本信子さんは次のように語ります。

「これまでの映画のヒロインは、静かで控えめで、というヒロインがほとんど。男社会のなかで一生懸命に仕事をしている女を伊丹監督は描きたかった。シングルマザーだとわかるシーンがありますが、あのシーンがとても大事」 (MOVIE WALKER PRESS 2018.1.28)

「マルサの女」の「おかっぱ」というのは、割と初めからあったと思います。「そばかす」は、監督が結構好きでして、きれいにお化粧していても、画面で見れば、映画的な顔っていうのがあって、 強烈な印象を残す、この人なら大の男が納得するだろうというキャラクターにまで持っていくには、やはり何か加えなくちゃいけない、それで「そばかす」、あれ、3 種類くらい色を使ってるんです。形もよく見ると色々ありますので。 ファッションはダボダボの、刑事コロンボのイメージだったと思うんです。「寝癖」は、うちの次男坊が朝起きると寝癖が付いて、もしょもしょになっていて、監督はそれが面白いということで、出来ました。 (財務省広報誌ファイナンス 2008.8)

これらの言葉から、観客の共感を得るためキャラクターづくりを模索し、魅力が伝わるシーンを盛り込んでていたことがわかります。

「地面師たち」でも、丁々発止の会話劇を繰り広げるピエール瀧さんと小池栄子さん、ゆるい空気感を醸し出す綾野剛さんと染谷将太さん、ユーモラスな存在感の芸人アントニーさん、残虐でありながらどこか知的な雰囲気の豊川悦司さんなど、スリリングな物語とは対照的で、犯罪者らしからぬ人物像が、視聴者の心をつかんだともいえます。

「地面師たち」主演・綾野剛さんの言葉
(自身の役・辻本拓海について)いい意味でヘンテコな何かうまくいっていない髪型にしたかった。 
(「地面師たち」x 「トークサバイバー!」スペシャルコラボ | Netflix Japan)

また、地面師たちへの共感を増幅させるためか、騙されるデベロッパー側を決してステレオタイプに〝可哀想な被害者〟と描いていない点にも注目です。悪に共感させるには、もっと別の悪が必要なのかもしれません。

登場人物への共感が重要なのは両作品だけでなく、すべての作品が同じです。もしウルトラマンが3分以上活動できたら。もしアンパンマンが顔が欠けても強いままだったら。そんな弱点のない無敵のヒーローは、今のように愛されているでしょうか。「自分と同じように弱点がある」と感じるから、観客は共感すると推察します。

ブランディングへの活用法

いよいよ本題ですが、ここまでの話はブランディングに活用できます。ブランドを人にたとえるとどんな人かを表す概念、ブランドパーソナリティーに生かせるのです。

【ブランドパーソナリティーの一般的な例】
●スターバックス ・フレンドリー ・都会派 ・知的
●無印良品 ・現実的 ・シンプル好き ・職人気質
● ハーレーダビットソン ・野性的 ・男性的 ・独立心がある

これらは主に「ディメンションフレームワーク」や「アーキタイプフレームワーク」といった手法で導き出せますが、導き出した人格が、聞こえの良いものばかりになったら要注意です。

マルサの女は、敏腕だけど寝癖があるから好感が持てた。地面師たちも、犯罪者集団だけど、計画が順調に進まず泥臭くあがいているから、視聴者は釘づけになった。
そう仮定すると、ターゲットの共感につながる、ある種の〝人間臭さ〟がブランドパーソナリティーにはあってしかるべきです。

具体的にはこのように。
●(こだわりが強い)だけど(気取らず気さく)
●(常に洗練されている)時々(お茶目になる)
●(チャーミング)じつは(頑固な一面もある)

ターゲットのパーソナリティーに近いブランドパーソナリティーは、身近に感じさせるだけでなく、個性を際立たせ、差別化を図る意味でも有効といえるでしょう。
さらに、SNSや撮影のメイキングシーンなどを通して、そうしたブランドの多面性を発信することも重要です。

もしもドラマや映画で魅力的な登場人物がいたら、そのキャラクターにブランドパーソナリティーのヒントがあるかもしれません。

This is New Perspective
愛されキャラには何か一つ弱点がある。
ブランドパーソナリティーにも「スキ」や「ギャップ」を作ることで、ターゲットとの距離を縮められる。

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Photo  Netflix/毎日新聞ひとシネマ/CINEMORE/映画ナタリー/映画.com
© Ko shinjo/Shueisha