元彼との記念日は変わってしまった天皇誕生日に似ている
やっぱりお題のあるnoteと何にもないところから書くnoteは全然違うよね、という話がしたくてもう一本書き始めちゃう。昔、考えることが先にあるのか考える枠が先にあるのかで幼馴染と議論したことがある。先にほわ〜っと考えていることがあってそれを140字にまとめているのか、それとも140字の枠の中で物事を考えているのか、どんな感覚の人が多いんだろう。
Xは最初から140字にする気で考え始めるけれど、noteは文字数が決まっていないからのびのび書けて思考が開ける気がする。気のせいかもしれないけれど。事実noteのほうが投稿画面が広々しているし、スマホのタイピングよりPCのタイピングのほうが速いから思考の速度に合わせやすい気もする。だからわたしはnoteで脳内垂れ流し記事を書くのが好きだという話。
最初から横道に逸れてしまった。今付き合っている人がいるのにこんなことを書くのはどうかと責めてくるわたしもいるけれど整理するために書くと、今日は元彼と付き合っていたら二年記念日だった。付き合っていないから二年記念日ではない。ただの12月20日金曜日、そこそこ寒いよく晴れた日だった。
付き合うって不思議だ。ただの12月20日が、付き合うという過程を挟むことによって突然元日ぐらいの規模感で特別な日になる。人によっては付き合った日なんて覚えてないという人もいるけれど、わたしは超スペシャルDAYになるタイプ。年越しやクリスマスぐらいのワクワクした日で、ハロウィンだとちょっと弱い。そんな形骸化したコスプレ大会ではなくて、ちゃんと何かが変わる一日になる。
だからこそ、それが無くなったときになんだか不思議な気持ちになる。天皇誕生日が12月23日から2月23日になったときの違和感に似ていると思う。いやいや、12月23日でしょ、なんてもう言えない。天皇誕生日は、今は、2月23日なのだ。それ以上でもそれ以下でもない事実に平伏すしかない。
あーあ、付き合ってたら二年かあ、とぼやく自分の声がまだ大きくて耳障りで嫌な気持ちになる。人生をともにするというスパンで考えたらたいして長くもないが、20代半ばの二年は長い。三度目の冬をもし一緒に過ごせていたらどんなふたりだっただろうかと想像してしまいそうになる自分への嫌悪感でずぶずぶと気持ちが落ち込む。
結婚して一生一緒にいると思っていた、もはやハネムーン期にも近いような気持ちからゴロゴロ転がり落ちて谷底で頭を打って空を見上げているような気持ち。こんなところまで来ちゃってもう立ち上がる元気も出ないし指一本動かしたくないしこのゲーム降りたい、辞めたいわ〜とぼーっと思う。
もう別れたくないなあ。別れるっていう節目が本当に嫌いだ。世界にひとりだけの特別なふかふかの椅子に座らせて、大事なものをお互いに全部預けあって一緒にいたところから、ある日突然視界に全くいない他人になる。毎日LINEしていたのがゼロになるし、今まで何してたんだ?と夢から覚めたような気持ち。
細胞の半分ぐらい死んだ気持ちだと呟いたことがあるけれど、今でも同じように感じる。彼と一緒にいたときにときめいていた細胞は全部死んで、そのまま今のわたしは半分死んでいる。彼とうまくいかなかったことが、どんな思考回路を巡ったらそうなるのか自分でもわからないけれど、自分の価値のなさとか不甲斐なさとかそういうものに繋がっていて執着してしまう。
恋人同士という関係性、夫婦という関係性への執着心が強すぎるのは自分でも重々承知だった。高校生の頃には自覚していて、自分は異性の存在で何かを埋めようとしすぎていないか?と悩み続けてきた。
彼氏をステータスにするというよりはむしろ逆で、彼氏に自信を持ってもらえるようなわたしでいることが必要不可欠だった。同時にそれは心の底から求めているものでないこともわかっていて、ただのバッグにつけるアクセサリーのようなものとして見られていると感じたときの絶望感は酷かった。
女の子として求められていることへの執着とか、性的な魅力があると感じてもらえていることでの承認欲求の満足感とか、書き起こしてみて我ながら不快な気持ちになるけれどこういうものが拭いきれないままここまで来てしまった。
結婚している人はみんなすごいなあと思う。わたしも結婚したいけれど、こんな状態のわたしのまま結婚していいんだろうかという申し訳なさもある。こういうときに、元彼がよく言っていた「のぞみちゃんは考えすぎやからなあ」という宥めるような口調を思い出す。考えすぎ、考えすぎ、それはどうしたらおさまるんだ。
今もこうして頭の中を全部空っぽにして寝るために脳内に流れてくる文字をひたすら書き込んでいるけれど、全然だめ。理科の実験で回路を作って電池を嵌めたときのあれ。スイッチなんてつけていないから電池が切れるまでずっとぐるぐる回り続ける可哀想なあれになったような気持ち。
本当は毎日恋人とにこにこ仲良く過ごしたくて、でもそんな日ばかりじゃなくて、そんな日もあってもいいよねと思えるまでにはちょっぴり時間がかかる。結婚という大きな扉がロダンの地獄の門のように見えているのかもしれない。人がギャアギャア叫びながら埋もれているのを思い出してブルーな気持ちになる。
もう別れた相手のことをとやかく言いたいわけではないんだ、わたしは今の恋人を大切にしたいと思っていて、ふたりのことだからどうなるかわからないけれど結婚できたら嬉しいなと思っていて、一緒にいるためにできることはしたいなと思っている、それだけ。ただ今日が二年記念日になるはずだったまだ焼いていないパン生地のようなもので、そこにずっしりと置いてあるのが気になってしまっただけ。
クリスマスイブにはまた会える。とびきりおいしいディナーを堪能して、恋人がまだデートで見たことが無いと言うイルミネーションを見て、いつもより良いホテルでゆったりのんびり過ごして、やっぱりふたりでいるのがいいねって思えたら嬉しい。
どうなるかわからないけれど、そうなったら嬉しいなと思っているわたしがいるのをちゃんと見てあげようと思ったし、期待感自体が悪いことではないと言い聞かせる。不安なわたしの声だけが大きくなってしまわないように今日もぐっすり寝て身体を休めたい。なんだかんだこの一週間頑張ってきたから、今日ぐらいは何にも考えずに起きる時間も決めずに寝る。いい夢見れますように。おやすみなさい。