『世界地図の中で考える』と『易筋経』
全然毛色の異なる本を2冊、読みました。
『世界地図の中で考える』は、著者が高坂正堯さん、国際政治学者の書いた論文集というか専門書的エッセイというか、そんな感じの本でした。
1968年に書かれた本なので〈現在の世界情勢〉という意味ではそこそこむかしの本ですが、内容は実に示唆に富むもので、世界情勢的に〈2024年の今現在〉に通じる部分は多いですし、高坂さんの視野・考察が深くて広いため、世界情勢を扱いながらも〈国―国〉関係の話に留まりません。普遍的かつ敷衍可能、言ってみれば、出版された瞬間から古典的名著に認定されるタイプの本だと思います。
読んでいて私が思い出したのは岸田秀さんのご本でした。と言っても、『ものぐさ精神分析』をずいぶん以前に読み、伊丹十三さんとの対談『哺育器の中の大人』をわりと最近に読んだくらいですので、語れるほど知っているわけでもありません。
なので、いい加減な記憶の印象で言いますと、——
個人心理を深めるうちにそれが社会心理、ひいては国家心理・国家間関係に通じると直観された岸田さんと、国の政治・振舞い・文化についての知見を積むうちにその国民・政治家個々人の、恨み・誇り・怒りのような私的な心情に世界情勢の本質を見られた高坂さんとは、世界とか社会とか人というものに対して、結構似た実感をお持ちだったのでないかな、と感じました。私の好きなイメージで言うと、砂場の山の、あっちからとこっちから、真逆の方向からトンネルを掘り進めていた、みたいな。
お二人は対談されたことは無かったのだろうか……あれば読んでみたい、と思いました。
本書を読みながら唸った文言はたくさんありましたが、ひとつを挙げるとすると、217ページ。〈「学ぶ」には「学びたい」という意思が必要であるのに、誇りなしには、そのような意思はありえない〉。
これは、江戸~明治の日本が西洋文明の吸収に成功した理由を論じる部分に出てきた言葉ですが、本文の文脈はいまは横に措くとして、この〈誇り〉と〈意思〉は、学校教育とか仕事の現場でも大事なことのように思います。
初めから終わりまで、いろいろ、学びの多い本でした。またいずれ読み直すか、高坂さんの別のご本を読んでみようと思います。
もう一冊は、『易筋経』。中国秘伝の体力増強法、だそうです。先頃の記事にご出演願った筆狐のお師匠さんから教えていただきました。「私がいま試みている体操です」ということで。
お師匠に教わった通り、まずはYouTubeでうまい人の動きを見せてもらいました。はあ、はあ、なるほど。肩甲骨の動きを強化する体操、ということかな。私なりに納得。
太極拳は武術ですので、腕というか肩を大きく開くことはほとんどしません。開くと、防御力が落ちるからです。私が習っていたときは〈両腕の角度は120度以下に〉と教わりましたが、押され負けしない範囲、腕と背骨の連絡が切れない範囲で上半身を使うのが基本です。
でもそういう使い方だけに限って鍛錬していると、肋骨周りを大きく使う筋肉が不完全燃焼(?)になりそうです。それを避けるために、武術とは無関係の場面で背中・肋骨周りを鍛えましょう、ということかなと私は理解しました。
おもしろいのは、回数は各人に任せる、身体の弱いものはいくつかの動作をするだけで良い、と、優しいことが書かれる一方で、最初は各動作を8、9回から始め、いずれは30数回、あるいはもっと増やしても良い——って、そんなにするの?!な増え方をする。
私が勝手に思っているのより、中国武術界は、当たり前にかなりスパルタ・ハードなのが楽しい。タントウ功2時間、とか。え、私は5分がやっとなのですが!?みたいな。
中国武術の鍛錬は、へなちょこな私とはそもそもの基本のラインが違うのだよなあ……と、毎度思います。
本書で使われる言葉としては、西洋の運動学で〈静止性収縮〉〈等尺性収縮〉と言われる動作が〈暗勁〉と書かれているのが素敵すぎてシビレます。要は、関節の位置は動かさずに〈ぐっと力む〉とかそういう感じを言うのですが、〈筋トレの基本は暗勁〉と常々思っている、暗勁好きな私としては地味に嬉しいことでした。
『世界地図の中で考える』 高坂正堯
新潮選書 1968年(2016年に復刊されています。私は旧版を読みました)
『中国の体育と健康シリーズ14 易筋経』
中国[易筋経]研究グループ編 中国人民体育出版社、ベースボール・マガジン社監訳
ベースボール・マガジン社 1982年