「認知症だから…」の話って必要?
あっちでもこっちでも、認知症の話。
「あの人認知症になったんだって」とか「私はなりたくないわ」とか。認知症の改善には◯◯(サプリメント)とか。よく聞きますよね。
もしかしたら、一日に一回は聞くかも。
医療介護の専門職の人からすると、血管性の認知症だから〜とか。レビー小体型の認知症だから〜とか。それによって障害される部位と症状が違って〜とかなんとか。
あまりにも病気に捉われすぎてる気がします。
確かに忘れっぽいかもしれない。何回も同じことを言ってるかもしれない。周りからみると問題行動と呼ばれることをしてしまってるかもしれない。
だからってそれを「認知症だから」という一言で片付けてしまう人がすごく多い。
その一つひとつの行動や発言には理由があります。理由があるということを、ぜひ皆さんに理解していただきたいのです。
誰だって、他人から見下されたように接しられたらイラッとしますよね。私だったら考える間もなくそりゃあもう食い気味に「は?バカにしてんの?」と思います (・_・;)
自分がどんな病気で、何歳であったとしても、歳下から上から目線のタメ口では、そりゃキレて当然ですよね。
あとは、あからさまに嫌な顔をされたり。めんどくさそうな態度を取られたり。
そんなのは言葉にしなくたって、伝わりますよね。もちろんガッツリ相手に伝わってますよ。それが様々な行動や発言に繋がります。高齢者だから聴こえないだろうとか、それこそ認知症だから分からないだろうとか…
まずは人としてみましょうよ。人として接しましょうよ。
相手の気持ちになって考えるということは、一番に優先すべきことで、最重要事項だと思います。ひとりの人間として接すること。病気とか年齢とか関係なく、相手に接すること。
それがないのに「あの人は認知症だから…」とか、血管性の認知症で〜、レビー小体型だから〜とかそればっかり語るのは私は好きじゃないです。認知症だから何?その人が認知症じゃなくてもそう接するの?と思うからです。
個人的に好きじゃないという話なので、良い悪いは言ってないつもりです。
確かに向き合うことは難しい。家族であっても。利用者さんであっても。でも、みんなで寄り添うことができれば「認知症」と呼ばれるものはなくなるのかもしれない。