ブリュッセルの夜に考えたわたしが仕事をやめた理由
先週の土曜は初めてのブリュッセルで夜のお出かけ。と言ってもっても中華レストランに行くだけなのだがそれでも新鮮でどきどきした。皆が言うように夜は危ないとかスリが多いとか、本当なのかな。幸いお店は駅の近く、ルーヴェンから電車で一緒に行く友人とその友人のグーグルマップにより特に危ないことも迷うこともなく目的地に辿りつきがっかりというか安心した。
今夜はぷちぽん(幼稚園時対象の日本語を使ったアクティビティ)の大人の会。普段は月2回土曜朝の子連れでの活動だが年2回大人の集まりがあり、幼児持ちの親にはわくわくするイベントなのだ。新しいメンバーも入り自己紹介やお互いのベルギー移住のきっかけなどを話しているとあっというまに時間はすぎる。ステラを飲みながら火鍋に舌鼓をうっているうちに話はお金や仕事に移っていった。
集まったのは12人。テーブルは3つで私は5人席へ。2人はフルタイムのワーキングマザー、私は学生、後の2人は専業主婦だった。みな日本での就業経験もありベルギーとの働き方の違いなど興味深い話が聞けた。日本での仕事は長時間労働になることが多く、ベルギーでの残業のない働き方、男性の飲み付き合いの少なさなどで子育てを夫婦で分担できることがメリットであるとポジティブに受け止める人が多いようだ。
私はビールがまわってきたぼんやりとした頭でなぜ自分は仕事を辞めたのか思い出していた。働いていた会社は残業もプレッシャーも少ないいわゆるホワイト企業であった。出産すれば最大限の産休、育休が取れ子が小学生まで時短可能、呼び出しがあればすぐ帰ることができ嫌味を言われることもなかった。それでも私は仕事を辞めることを決めた。
日本で共働きの際はどちらかが時短にならざる負えない。正社員で働く際は残業を前提、その役割は主に男性が担っており乳幼児の保育園の延長や急な呼び出しに対応できない場合が多い。必然的に女性は育児をメインに仕事を時短社員としてセーブせざる負えなくなる。もちろんあらゆるケースがありベビーシッターを含め多種多様なサービスを駆使し夫婦正社員を維持している方々もたくさんいる。私はその覚悟も現実も知らなかったためふんわりと時短社員を選択した。それが仕事も育児も充実した母親として最適な道にみえたのだ。
2人をほぼ年子で出産し長い産休育休のあと時短社員として以前所属していた部署に復職した。サポートは手厚くプレッシャーもなく新しい上司と同僚も親切で協力的だった。人事評価が思ったより低かったりと焦ることもあったが、長く離れていた仕事のペースが掴めてなかったので当然ではあった。
違和感は給与体制と将来性だった。1時間労働時間が短いだけでも給与はぐんと下がった。経営企画という部署柄、同僚や上司は他社からの転職だったのもあり、ほぼ同じ仕事をしていても給与に数倍の差があった。企画部署のため日々のノルマやルーティンがあるわけでもない。私の仕事内容もフルタイムの時と差はなく1時間縮めて作業していたような感覚ではあった。以前は給与の差があってもそこまで気にならなかった。いつかは自分が出世できるのではないかという幻想ともいえる希望があったからだ。
しかし時短社員になった途端その希望は幻滅に変わった。気を使われて大事な会議には呼ばれず明らかにサポート役の仕事のみ与えられた。それは純粋な善意からだったようだ。高齢の男性が多かった部署で私が子育てしながら働きやすいように最大限考慮してくれた結果だったのだ。それをわかっていたのでもやもやの理由がわからずいらいらした。友人のフルで働いているママ達はプレッシャーと仕事量で日々あえいでおりどちらが幸せなのかはわからなかった。当時私は自分が出世の可能性が遠のいたことをそんなに真剣に悩むなんて思ってもいなかったのだ。こんなに働きやすい環境なのに不満に思う自分はおかしいのではないか、とずっと思っていた。これがマミートラックと呼ばれるものだと後に知り、私だけではなかったんだと肩の荷がおりた。
転職も考え始めていた1年後、海外移住も視野に入れKU Leuvenへの出願も始めた。そんな2020年の春、コロナの足音とともに第三子の妊娠がわかる。嬉しさと同時に重いつわりでほぼ一か月休職のように仕事を休んだ。1人で抱えているような仕事もあり困ることもあったはずだが皆何も言わず私の体調を気遣ってくれ3回目の産休に笑顔で送り出してくれた。ベンチャーから始まった企業だったので「うちの会社で3人目の産休をとる人がでるのは嬉しい」と役員は励ましてくれた。その1年後、新卒から約10年間務めた企業を退職しベルギーに移住し今に至る。
留学経験や国際結婚をする人が珍しいこの会社で私は少し浮いていた。「会社としては残念だけど、nozomiさんにとってはいいと思う。」と元上司達は応援してくれた。私が本当に会社を辞めた理由も葛藤も一言も話せなかった。専業主婦の妻や家族を持つ彼らには、はなからわかってもらえないと勝手に思っていた。きっとそんなことなかったのに。
どこに住んでも仕事と育児の両立は簡単ではない。画一的なケースも、絶対的な答えも存在しない。母親として生きることは決して楽でも楽しいだけでもないけれど、皆の生き生きした笑顔をみると生きることに前向きになるのだ。
デザートのタピオカミルクティーはタピオカが堅かったのであまりおすすめしない。黒ゴマアイスにすればよかった。たまにはこういう時間も必要とみなでわいわい話しながら電車に乗り遅れないよう速足で帰路へついた。そんな私たちをブリュッセルの夜は優しく包み込んでくれるようだった。