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「ap bank fes '25」で、俺はリアルを手に入れた
※人物・団体名は敬称略にて表記しております。
去る2025年2月15日、万単位の観客が集った東京ドーム。
ステージに立ったスガシカオがMC中、唐突に「KAT-TUN解散」の話題を切り出した。
「来た来た来た……!」
同行者に向かって熱弁する俺の瞳は、確かに輝いていたはずだ。
◇
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先日、音楽イベント「ap bank fes '25 at TOKYO DOME 〜社会と暮らしと音楽と〜」に参戦した。
Mr.Childrenの桜井和寿(ap bankでは「櫻井和寿」表記)、元ミスチルプロデューサーの小林武史、そして坂本龍一の三名が旗揚げた、環境保全・災害復興支援に関わる非営利団体「ap bank」。その団体を母体とするap bank fesは、ミスチルに限らず数知れない邦楽歌手・バンドが出演している。ミスチルファンとして、そして邦楽ファンとして、参戦しないわけにはいかない魅力的なイベントだ。
とはいえ、平年は静岡県等の遠方での開催、そして開催日程が常に夏季〜秋季の繁忙期と重なってしまっていたため、スケジュールが発表される度に泣く泣く参加を諦めてきた(そもそも確実にチケットを取れる保証はないが)。
しかし、本公演は初の2月開催、そして初の東京ドーム公演。2月がさほど忙しくなく、東京都在住の自分からすると願ってもない機会だ。
そして、祈るような思いをスマホに込めて申し込んだところ、何と奇跡的に当選が叶った。あまりの嬉しさゆえ、当選直後はnoteの「つぶやき」で報告をしてしまった程だった。
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本公演の目玉は、人によって様々だったと思われる。
ミスチルが久方振りに元プロデューサー:小林武史を交えて演奏した「彩り」は感慨深く、収録アルバム「シフクノオト」の曲順に倣って披露された「タガタメ」→「HERO」のコンボは素晴らしかった。Salyuの力強いハイトーンボイスを存分に堪能できる「LIFE」は、スマホで音源を聴く以上に胸を揺さぶる迫力があった。イントロの時点で会場が沸き立ち、サビでは全員が合いの手を入れたB'zの生「ultra soul」の魅力などは、もはや言うまでもないだろう。
どの演奏も素晴らしかったが、あえて個人的なハイライトを挙げるとするなら、スガシカオが3曲目に披露した「Real Face」と言わざるを得ない。スガシカオが作詞を、B'zのギタリスト:松本孝弘が作曲を担当した、KAT-TUNのデビューシングルをセルフカバーした楽曲だ。
◇
「Real Face」は2006年3月、飛ぶ鳥を落とす勢いを放っていたKAT-TUNが、満を持して放ったデビューシングルだった。
前年には主要メンバー:亀梨和也・赤西仁が出演した「ごくせん」シーズン2、そして亀梨和也が主演した「野ブタ。をプロデュース」、それぞれのドラマが大ヒット。男性アイドル文化に無関心だった中学生の俺でさえ両ドラマは毎週鑑賞しており、その内容は友人たちとの話題の種になっていた。それらの流行の延長線上にあったはずの「Real Face」は、シングルCDを買わずとも空で口ずさめる(ラップ部分以外)ほど俺の耳に馴染んでいた。
「Real Face」がリリースされた当時の俺は、音楽・芸能面の知識が皆無だった。本作がスガシカオ・B'z松本孝弘の共作による楽曲だったことはおろか、B'z自体「ギリギリchop」等の一部のタイアップ曲しか知らず、スガシカオに至ってはその名前すら聞いた試しがなかった。
だが、歳を取り知識が増すにつれ、本作が持つ「スガシカオ作詞・B'z松本孝弘作曲」の凄み──即ち、普段はジャンルを異にする二人の大物邦楽アーティストの共演、そして「デビューシングルを絶対に当てに行く」という気合の入れ様を感じるようになった。当時も現在並みの知識を持っていたら、KAT-TUNにとてつもない期待を賭けていたかもしれない。
……さて、今回のイベント開催にあたり参加者が段階的に発表されていく中で、何とスガシカオとB'zの同日共演が明らかになった。
「大好きな『午後のパレード』演らないかな……」「『ultra soul』の掛け声は東京ドームでどれほど響くのだろう?」といった期待と疑問が膨らむ前に、真っ先に俺の脳裏には「Real Face」の存在が過ぎった。
妄想が駆け巡る。
──ap bank fesは、様々な出演者同士の共演・合奏も魅力の一つだ。スガシカオとB'zの両者が揃えば、必然的に「Real Face」がセットリストに加わるのではないか? 「Real Face」は既にスガシカオがセルフカバーして音源化されているし、立派な「持ち歌」の一つと考えることもできる。演奏しても不自然ではない。
いや、スガシカオ・B'zが共に参加するイベントとはいえ、そもそも時間枠を見る限り二人が共演する予定のステージは無い。それにスガシカオが何らかのコラボを行うとしたら、櫻井和寿×スガシカオによる「ファスナー」(ミスチルの楽曲。過去にスガシカオによってカバーされており、幾度も合奏経験がある)が有力だろう。過度な期待は禁物だ……。
そのような考えを抱き続けたまま訪れた公演当日、遂にスガシカオの出番が訪れた。
NHKの「プロフェッショナル 仕事の流儀」のテーマでお馴染み、kōkua名義でリリースされた「Progress」、個人的にスガシカオの楽曲で最も好きな「午後のパレード」が立て続けに披露されたのち、MCが挟まった。
ライブの三日前、2月12日に発表されたKAT-TUN解散報道について語り出したスガシカオ。このタイミングでその話題を振ることが意味するものは、たった一つしかない。
「来た来た来た……!」
俺の中で溢れ出した期待は、自然に声となって漏れ出した。東京ドーム内の各所からも騒めきが響き出す。
MCは続く。「Real Face」制作について語り、共作者たる松本孝弘の名を呼ぶスガシカオ。本来の出番は三時間以上先だったはずの松本孝弘が、サプライズゲストとして舞台袖からステージに現れる。
東京ドーム内が、興奮の坩堝と化した。
◇
ギリギリでいつも生きていたいから
Ah ここを今 飛び出して行こうぜ
このナミダ・ナゲキ→ 未来へのステップ
さぁ 思いっきりブチ破ろう
リアルを手に入れるんだ
それまで以上に、会場は渾然一体となった。
普段はファンク調の楽曲が似合うスガシカオの美しくもドライな歌に、松本孝弘の激しいギターが合わさる。どちらの個性も決して負けていない。かつて二十代前半のアイドルに提供された、恥ずかしいほどの若さに溢れた歌詞の曲を、58歳と63歳は改めて自分たちのものにしていた。そして、「Real Face」がKAT-TUNファン・アイドルファン以外にも幅広く浸透するキラーチューンであることを、二人は見事に証明してみせていた。
ステージから一旦目を離し、座っていた二階席から階下の客席を見渡した。視界に入るタオルを持つ者はタオルを、そうでない者は拳を、一糸乱れず振り回していた。その様は圧巻の一言に尽きる。
サプライズ的に披露された楽曲か起こった興奮の波は、誰からともなく自然発生し、万人単位の来場者へと伝播していった。勿論、俺もその中の一人だ。事前の打ち合わせなど当然存在しないこの現象を、奇跡と呼ばずして何と呼ぼうか。
さて、本公演は後日U-NEXTで配信されるらしい。上記の奇跡的な演奏も収録されるはずだ。あいにく当日の参戦が叶わなかった方々でも、自宅に居ながら興奮の波に乗ることができるだろう。
その奇跡的な時間をリアルに体感し、波に乗るどころか波の一部となれたことが、俺は何よりも嬉しく誇らしい。