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【ネタバレ無】きっと、彼女たちにとっては大きな一歩「きみの色」

・文中の人物・団体名は敬称略にて表記しました。
・物語の具体的なネタバレは書いておりませんが、内容やキャラクター造型に少々触れております。「〜〜〜のような展開はない」といった記述により逆に展開を想起する方もいらっしゃると思われますので、まっさらな状態で鑑賞したい方はご了承ください。



○「きみの色」が持つ魅力


 オールタイムベスト映画の一つ「リズと青い鳥」の関係者が手掛ける完全新作「きみの色」が、遂に公開された。


「きみの色」公式サイトより引用。


 脚本家:吉田玲子の最新作であり、更にはMr.Children(以下ミスチル)が書き下ろし主題歌を提供したという、自分の「ふたつの好き」が重なった奇跡的な本作は、事前の予想と画風通りに丁寧で繊細な映画だった。




 映像面の素晴らしさは言うまでもない。本筋と無関係で動かす必要のないモブキャラでさえ生き生きと動き回るどころか、ほぼ全てのシーンの中で何かしらのものが動いている。「アニメだから当然」と言われればそれまでだが、何かが動く様を見るだけで楽しくてたまらなかった。長崎県と思わしき海沿いの街並みや廃教会などの背景美術も素晴らしい。


 音楽面では、人物の心の高鳴りをバスドラ風の打ち込み音(音楽知識に疎いので、この表現が正しいか不明)で表現する劇伴が的確で印象深かった。流石は「ピンポン」「リズと青い鳥」等々の牛尾憲輔、といったところだろう。牛尾憲輔が手掛けた「水金地火木土天アーメン」(上記PV参照)をはじめとする劇中歌三曲も魅力的で記憶に残る。Vol.を務めた高石あかりも達者だった。なお彼女を含め、ゲスト声優陣の演技もみな素晴らしかったことにも言及しておきたい。



 そして、肝心のMr.Childrenの主題歌「in the pocket」。発表の時点では劇中曲「水金地火木土天アーメン」が公開されており、ミスチルと牛尾憲輔の音楽性の違いゆえに「作品から浮いてノイズにならないか……?」と、ミスチルファンの自分ですら起用には少々懐疑的な目線を向けていた。
 しかし、結果的にエンドロールで流れた「in the pocket」は、主人公たち三人の青春を祝福し肯定するかのような楽曲として非常に効果的に機能していた。この曲をミスマッチと考える方も多いと思われるが、エンドロール後に流れる「おまけ映像」で溜飲を下げることができるはずだ。
 ただ一介のミスチルマニアとして欲を言うなれば、せっかく牛尾憲輔(「in the pocket」に編曲として参加している)と組んだのだから、思い切って「水金地火木土天アーメン」に近いテクノポップ風味に振り切ったサウンドを聴いてみたかった気もする。そうならなかった理由は「作中楽曲と似た楽曲を主題歌にするとハレーションを起こしてしまうから(『キネマ旬報』8月号)」という牛尾憲輔の判断によるらしい。これを機に再度タッグを組んで、音楽性を牛尾憲輔に寄せたミスチル楽曲が欲しい……と望むのは贅沢だろうか。


○「起伏のない物語」も素晴らしい


 さて、ここから物語について語っていきたい。
 あくまでも私見に過ぎないが、「きみの色」の物語を一言で述べると「平坦」である。「盛り上がりに欠ける」と言い換えても良いだろう。
 その反面、自分は本作の物語を「盛り上がりに欠ける」と思ったにも関わらず、「一分一秒たりとも飽きることなくスクリーンに食い入って見た」こともまた事実である。この一見すると矛盾する点に、「きみの色」という作品が放つ、個性的で独特な色があるような気がしてならない。

 素晴らしいフィクションには、何らかの障壁がつきものだ。立ち塞がる大きな障壁を主人公が登る、あるいは思い切って飛び越えてしまう姿に、我々は物語の起伏、盛り上がり、カタルシスを感じるのだろう。いわゆる「日常系コメディ漫画・アニメ」ならば話は別だが(日常系作品がその他より劣っている、と考えている訳ではない。日常系には日常系の良さがある)。


 吉田玲子脚本の過去作の中で、特に大好きな作品群を参考例に挙げよう。
「デジモンアドベンチャー ぼくらのウォーゲーム!」では、東京に核ミサイルが発射される大事件が発生するだけに限らず、恋愛感情のもつれや仲間割れの喧嘩、島根県におけるパソコン探し等々……終始何らかのトラブル続きだ。

「リズと青い鳥」は「きみの色」の空気にも近しい平坦な展開だが、主人公二名を巡る感情の交錯・音楽的なつまずききは強い緊張感をもって描かれており、だからこそクライマックスにおける圧倒的なオーボエの演奏と心情の爆発が見る者の胸を打つ。

「若おかみは小学生!」は交通事故による両親との死別から物語が始まり、温泉宿で宿泊客との揉め事に相対することで物語が盛り上がっていく。更に終盤に至っては、映画館の客席の空気が凍ったほどの悲劇的展開が待ち受けているのだが、ここでは仔細は語らない。


 一方、本作は「日常系」ではないにも関わらず、物語上に大きな障壁が発生しない。正しくは「発生しているように見えない」。
 登場人物の全員が善人であり、ものわかりも良くおおらかで、人間関係に端を発するトラブルがみられない。初心者が混じったバンド活動においても、大きな挫折は発生していない。


 物語に起伏を与えうる要素自体は、本作の主人公三人からも多分に感じ取ることができる。
 幼少期から人間が持つ「色のオーラ」が見えるトツ子は、(恐らく)人間をテーマにした絵でカラフルな抽象画を提出し、周囲から浮いてしまった過去が仄めかされる。作中では「見えないものが見えてしまう」苦悩よりも「一向に自分の色は見えない」疑問が彼女の心に根深く残っているように思える。
 高校を自主退学してバイト先の古本屋に入り浸り、兄のお下がりのエレキギターを練習する きみは、両親の元を離れて祖母と二人暮らしをしている。退学の理由は一応明かされるものの、細かい家庭環境は明示されない。
 医大受験のための勉強の傍らで音楽活動をするルイは、兄と思わしき人物が家族写真の中に居るものの、「実家の病院を継ぐ人物はルイの他にいない」と明言される。兄が医師の道を諦めて実家から出奔したのか、死別したのかは明言されない。

 自身の特異体質に対してトツ子が涙で目を腫らしたり、きみが声を荒げて祖母と揉めたり、ルイが母親から音楽活動について詰められたり、三人が音楽活動に関する討論で火花を散らす……といったような、人物の身の上から推定される「いかにもフィクションにありがちなトラブル描写」は、本作からは徹底的に排除されていた(一ヶ所「間違いなく怒られたであろう問題行為」はあったものの、胸が痛くなるようなお咎め描写は省略されている)。
 この傾向は作劇上意図的であり、山田尚子監督の意向によるものだという。

 今回の作品はストレスじゃない部分を大事にしていきたかったんです。生きているとストレスばかりなので、せめて映画の中くらいはこういう環境があっていいんじゃないかという気持ちもありました。裏切らない裏切りみたいなものもいいだろうかかと言う気持ちですね。ちょっとした反骨精神でもあります。

「きみの色」パンフレット 山田監督インタビューより引用


 監督の「反骨精神」によって方向性が決まった本作の物語には、賛否両論があると思われる。フィクションだからこそ強い刺激が欲しい、という考え方もあるだろう。正直なところ、自分も見終わった直後は「今回は地味目だったな……」と思ってしまった程だ。
 だが、「in the pocket」を聴き返し映画を思い出すうちに、以下のような考え方が徐々にまとまっていった。

 三人の抱えた悩みは、音楽活動を続けることで解消に向かっていく。描写はことごとく地味で、踏み出す一歩も観客の我々にとっては小さな一歩でしかなく、立ち塞がる壁も小さく薄いものに見えてしまうかもしれない。それでも、三人にとっては間違いなく大きな一歩で、その大きな厚い壁を飛び越えることができたのではないか。自分はそれを祝福し、個性的で愛すべき三人が作品内で悲劇的なトラブルに見舞われなかったことを、素直に安堵し喜ぶべきではないか。


 激烈な感情のぶつけ合い・主要人物間のすれ違い・愛する人の死……。こういった刺激的な悲劇が訪れなくとも、フィクションに感情移入させることができる。裏を返せば、このような条件でも感情移入させるフィクションを作ることができる。これは当然、手練れな監督・脚本家の腕があってこそ成せるわざだろう。
 それこそが「きみの色」の作品性であり、独自性であり、見所である。自分なりの色で表すなら「薄紫色」といったところだろうか。鑑賞済みの皆様の目に「きみの色」はどう映ったのだろうか。


○ 多くの方に観て欲しい



 さて、ここまで長々と書いておいて恥ずかしいが、自分は「きみの色」の物語を100%読み解けていない自信がある。
 なぜなら「告解」をはじめとするキリスト教要素と聖書からの様々な引用、「色」を巡る演出、バンド面の知識について疎いためだ。それぞれの要素に造詣の深い方が見ればより深く本作を読み解き、製作陣が込めたメッセージ性を感じ取ることもできよう。


 そのためには、もっともっと一人でも多くの方に「きみの色」を見ていただく必要がある。人によって合う合わないの差異はあるだろう。だが、本作が心に刺さり、思わず内容を考察したり語りたくなってしまう方は多いはず。本稿が、そういった方に「きみの色」をお届けする一助となれば幸いだ。


※余談
物語の序盤、登場人物が「リズと青い鳥」オマージュと思われる言葉を叫ぶ描写があった。公開初日の劇場内では笑っていた観客が比較的多く、きっと過去作ファンの方が期待を込めて駆けつけたのだろう……と思われる。

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