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中村桂子さんが語る「人間は生き物である」 #1:「私たち生き物」の中の私として生きる 「生命誌」から見えてくる世界(ディスタンス・メディア)

☆mediopos3711(2025.1.16.)

私たちは本来霊的な存在であり
その視点を外れたところでは
その閉ざされた領域のなかで
生きていくしかない存在となるが

こうして地球上で生命体として生きている以上
その生態系のなかにおける「生き物」である

「生き物」であることを忘れたとき
わたしたちはただの物質に還元される存在
あるいはその対極としてのヴァーチャルな存在として
こうして生きていることそのものを否定しながら
生きていかざるをえなくなってしまう

中村桂子は人間は生き物であるという
当たり前ではあるがその基本的なことを
「生命誌」として提唱しているが

「生命誌」とは科学によって得られる知識をふまえながら
生き物すべての歴史と関係を知り
生命の歴史物語を読み取ることである

その中村桂子の講演「人間は生き物である」が
2024年10月に開催された未来提案型キャンプ
「Future Ideations Camp Vol.4
生態系をデータとしてとらえる/表現する」において
基調講演としておこなわれ
それが「ディスタンス・メディア」に掲載されている

今回はその第1回目
「「私たち生き物」の中の私として生きる」から

現代ではDNA解析一つをとっても
データがとても大事になってはいるが
「いろいろなことが解析できる時代になったからといっても、
人間は自ら考えることを決してやめてはいけない」という

とくに中村桂子が大事にしてきているのは
「自ら内発的に本質を問う姿勢」
「独りよがりにならず、時代認識を持つこと」
「権力からの自由を手に入れること」

この三つを実践してきたなかで
「手に入れた答え」とは
「人間は生きものである」ということ
そして「人間は自然の一部だ」ということ

その当たり前なことを一生懸命考えなければならないのは
「いまの時代、人間が生き物として生きていない、
と思っているから」なのだという

「とても大事なことなのに、
なぜか、現代社会ではそうはなっていない」・・・

中村桂子が生き物をどのように見ているのかについて
「生命誌絵巻」が紹介されている(図1)

この絵巻に込められている思いのなかで
とくに重要なのは

「生物にはいろいろな種類がいて、多様だということ」

「あらゆる生物はDNAの入った細胞でできていて、
進化の過程で多様な生物が生まれてきたけれど、
その祖先はたった一つだということ」

「人間は生物をつくることはできない、ということ」

そして「この絵巻の中に人間がいる、ということ」

その四つのことだが
それがなぜかというと
「現代社会では人間は、この絵巻の外にいて、
上から生物たちを見下ろして」いるからだという

「生物多様性というときも」
「生物の多様性を守ってやらなければいけない」というように
「上から目線」になってしまっている

そうではなくて
「人間は生物とともにあって、
生物について中から目線で見なければならない。
この生物とともにある多様な環境のなかで、
人間はどう生きていくべきかを考えなければならない」

具体的な事例として
イチジクとハチの共生関係が挙げられている

野生のイチジクとイチジクコバチのDNAを調べると
1200万年くらい前に一種類だったイチジクが
さまざまに分化し種類を増やしてきたことがわかっているが

この関係は「単なる共生」ではなく
共進化と呼ぶべき関係である

そのことからもわかるように
「私たちはともすると、虫を虫けらと思って、
人間のほうが優れているなんて感覚を持ちがち」だけれど
「地球上に熱帯林が存在しなかったら生態系は成り立た」ず
「それを支えているのが、あの2mmほどの小さなハチだ
ということを忘れては」ならない

地球上の生態系について
生物の類ごとにその数を大きさで示した図からもわかるように
生態系のほとんどを虫と植物が占めていることがわかる

こうした「生態系の営みを通して、
人間を含めた生き物を見直してみると、その捉え方は
従来とは大きく変わってくるの」のではないかという

「人間は生きもの」であり
「人間は自然の一部」であり
「上から生物たちを見下ろ」すのではなく
「中から目線で見なければならない」ということ

ヴァーチャル的な世界観や
唯物論的な世界観のなかで
「生きもの」であることを忘れたとき
人間は「共生」することも
「共進化」することもできないまま
生物として生きられなくなってしまう・・・

■中村桂子さんが語る「人間は生き物である」
 #1:「私たち生き物」の中の私として生きる
 「生命誌」から見えてくる世界
 (ディスタンス・メディア F4-8-1/10 Jan. 2025
ノンヒューマンからの眺め)

「地球環境の危機的状況を背景に、これまでの人間中心主義を問い直し、動物や植物など人間以外の視点から世界を眺めようという特集「ノンヒューマンからの眺め」。
 今回、ご登場いただく中村桂子さんは、生命科学を起点にしながらも、40億年にわたり連綿と続く生物の営みを読み解き、そこから人間がどう生きるかを問い続けてきました。その新しい知のアプローチを「生命誌」と名付け、1993年に「JT生命誌科学研究館」を設立。現在も名誉館長として、書籍の執筆や講演活動を精力的に続けています。

 本稿は、2024年10月にシビック・クリエイティブ・ベース東京[CCBT]で開催された、未来提案型キャンプ「Future Ideations Camp Vol.4|生態系をデータとしてとらえる/表現する」での基調講演の内容を収録。
 生態系のデータを取得・解析する技術と、それらをデータビジュアライゼーションやアート表現として構想する受講者に向けて中村桂子さんが語ったのは、「人間は生き物である」ということ。その至極当たり前のことがいま、脅かされていると語ります。」

・Contents
 プロローグ:どういう時代を生きてきたかで、考えることはそれぞれ違っている
 人間は生き物であり、自然の一部である
 すべての生物に40億年の時間が刻まれている
 「上から目線」ではなく、「中から目線」で見る
 イチジクとハチの共生関係から見えてきたもの
 虫と植物が生態系を支えている

・プロローグ:どういう時代を生きてきたかで、考えることはそれぞれ違っている

*「人はそれぞれ、どういう時代を過ごしてきたかによって、考えることは少しずつ違っています。当然、若いみなさんは、私とは違った時代を過ごしてきたでしょうから、今日は、私の話を聞いて、みなさんなりの視点で「生命誌」について考えていってほしいと思っています。」

・人間は生き物であり、自然の一部である

*「いろいろなことを考えるうえで、いま、データはとても大事なものです。DNA解析一つをとっても、いまや32億もある人間のDNAすべてが解読され、医療などに役立てられています」

「ただし、データがたくさん読めるようになって、山ほどデータが手に入るようになって、いろいろなことが解析できる時代になったからといっても、人間は自ら考えることを決してやめてはいけないと思っています。

 とくに私が大事だと思うのは、自ら内発的に本質を問う姿勢です。そのうえで、独りよがりにならず、時代認識を持つこと。さらに、権力からの自由を手に入れること。

 権力からの自由なんて言うと、ちょっと唐突に聞こえるかもしれませんが、長い人生のなかで、権力にすり寄った途端に自分のやりたいことができなくなる、という体験を嫌というほどしてきたからこそ、この言葉は私の信念としてみなさんにお伝えしておきたいのです。ものを考えるうえで、この三つは非常に重要な観点です。

 私がこの三つを実践してきて、手に入れた答えとは何か――。それは、幼稚園の子どもでも知っているような、ものすごく当たり前のことでした。一つは、人間は生きものである、ということ。そして、人間は自然の一部だ、ということ。私がこれまで考えてきたのは、たったこれだけのことです。

 こんな当たり前のことを一生懸命考えているのはなぜか。いまの時代、人間が生き物として生きていない、と思っているからなんですね。幼稚園の子どもだって、人間は生き物だし、命あるものだから大事にしようね、と言います。それはとても大事なことなのに、なぜか、現代社会ではそうはなっていないのです。」

・すべての生物に40億年の時間が刻まれている

*「では私は、人間、生き物をどのように見ているのか。それを象徴的に表した図が、次の「生命誌絵巻」になります。」

☆図1(生命誌絵巻の画像)

「この絵巻の中には、さまざまな思いが込められていますが、ここでは重要なことを四つだけお伝えしたいと思います。

 一つには、生物にはいろいろな種類がいて、多様だということ。まさに生物多様性ですね。絵巻を見ていただければわかるように、バクテリアがいて、キノコがいて、ヒマワリも咲いていて、イルカやゾウもいる。現在、180万種類の生物に名前がつけられていますが、おそらくそんな数では足りないでしょう。地球上に生物がどれだけいるのか、わかっていないのです。」

「もう一つ重要なのは、あらゆる生物はDNAの入った細胞でできていて、進化の過程で多様な生物が生まれてきたけれど、その祖先はたった一つだということ。

 その祖先細胞がいつどこで生まれたかはわかっていないけれど、38〜40億年ほど前の地球の海の中に祖先細胞がいた、という証拠はあります。つまり、この太古の海にすべての生き物につながる祖先細胞があったのです。ですから、いま現存するバクテリアは、40億年の歴史を持っているということになります。つまり、バクテリアのゲノムの中には40億年の歴史が書かれている。同じように、ヒマワリのゲノムにも40億年の歴史が書かれている。ヒトも同じです。すべての生き物のゲノムの中に40億年の歴史が刻まれているのです。」

・「上から目線」ではなく、「中から目線」で見る

*「それからもう一つ重要なことは、人間は生物をつくることはできない、ということ。いまここにあるパソコンは複雑ではあっても人の手でつくることができますが、アリはつくることができません。アリをつくるには、どうしても40億年の時間が必要だからです。生き物であるという意味は、まさにそういうことなんですね。つまり、命が大切であることの一つの理由は、そこに長い長い時間が伴っている、ということ。このことも、この絵巻でお伝えしたいことの重要なポイントの一つになります。」

「そして四番目は、この絵巻の中に人間がいる、ということ。これからみなさんがいろいろなことを考えるうえで、一番大事にしていただきたいことは、まさにみなさんもこの中に含まれている、ということです。当たり前のことのように思えるかもしれませんが、これまではそう捉えられてこなかったからです。

現代社会では人間は、この絵巻の外にいて、上から生物たちを見下ろしています。生物多様性というときも、その中に人間はいなくて、「生物の多様性を守ってやらなければいけない」という姿勢をとってきた。まさに上から目線ですね。これはまったく意味のないことだと思います。

そうではなくて、人間は生物とともにあって、生物について中から目線で見なければならない。この生物とともにある多様な環境のなかで、人間はどう生きていくべきかを考えなければならないのです。」

・イチジクとハチの共生関係から見えてきたもの

*「具体的な事例をお話しましょう。地球には、南米、東南アジア、アフリカと3本の熱帯林帯、グリーンのベルトがありますが、この熱帯林は地球環境に非常に大きな役割を果たしています。この熱帯林を上空から見ると一様に見えますが、森の中にわけ入ると、非常に多様な世界が広がっています。その中で重要な役割を担うのが、キープラントと呼ばれる樹木です。

 なぜキープラントと呼ばれるのか――。森という字は「木」という字を三つ書きますが、森は木だけで成り立っているわけではありません。鳥やシカやサルや昆虫がいて、それらが食べる果実がなければ、森は成立しない。なかでも、すべての生物にとって欠かせないのが果実です。とくに一年中、実(花)をつける野生のイチジクは、すべての生物にとって貴重な存在です。まさにキープラントなのです。

 さて、このイチジクの実を割ってみると、必ずイチジクコバチと呼ばれる2mmほどの小さなハチを見つけることができます。このイチジクコバチは、安全かつ栄養分たっぷりのイチジクの実(花)の中に入って卵を産み、子育てをします。

 じつは雄コバチは雌コバチと交尾を終えた後、実の一部に穴をあけて間もなく命果てます。すると、雄コバチがあけてくれたこの穴を通って、イチジクの花粉を身につけた雌コバチが外へ飛んでいくのです。すると、この雌コバチが運んだ花粉によって、イチジクがまた新たな実をつける。こうして一年中、イチジクの実がなり続けるというわけです。」

☆図3(野生のイチジクの実。中央あたりにコバチがいる。)

「さて、この野生のイチジクとイチジクコバチのDNAを調べてみたところ、1200万年くらい前に一種類だったイチジクが、時間をかけて分化し、その種類を増やしてきたことがわかります。

 たとえば、クワ科イチジク属のアコウとガジュマルは、非常に近いDNAを持っていることが知られていますが、このアコウに棲むコバチとガジュマルに棲むコバチを調べてみると、DNAが非常に近い兄弟のような存在であることがわかっています。それは、ほかの種類のイチジクも同様で、近いDNAを持つイチジクの実に棲むコバチ同士のDNAは非常に近いのです。つまり、イチジクとハチの共生関係は、1000万年以上も続いてきたということになります。

しかもこれは単なる共生というより、共進化と呼ぶべき関係です。異種間でこうした関係がこれほどきれいに成り立っている例はそれほど多くはありませんが、イチジクとコバチについては、この関係が見事に成り立っている。だからこそ、一年中、いつでもイチジクは実をつけ、動物たちの食物となり、森が森として成り立ってきたのです。言い換えれば、大きな森は、この小さなハチが存在するからこそ成り立っているとも言えます。」

・虫と植物が生態系を支えている

*「私たちはともすると、虫を虫けらと思って、人間のほうが優れているなんて感覚を持ちがちです。ところが、地球上に熱帯林が存在しなかったら生態系は成り立たないわけで、それを支えているのが、あの2mmほどの小さなハチだということを忘れてはなりません。そう思うと世界の見え方は大きく変わるのではないでしょうか。」

ちなみに、次の図は地球上の生態系について、生物の類ごとにその数を大きさで示したものです。」

☆図4(生物の類ごとにその数を大きさで示した地球上の生態系)

「人間は哺乳類ですから、ゾウの絵のところに含まれます。数が多ければ偉いということではないけれど、生態系を見てみると、そのほとんどを虫と植物が占めていることがわかるでしょう。

 イチジクコバチの例は一例にすぎませんが、私たちが食べるイチゴだってリンゴだって、ミツバチがいなければ実をつけません。私たちの身の回りの生活も、植物と昆虫の関係が支えてくれているのです。

このように、生態系の営みを通して、人間を含めた生き物を見直してみると、その捉え方は従来とは大きく変わってくるのではないでしょうか。」

○中村桂子(なかむら・けいこ)
1936年東京生まれ。JT生命誌研究館名誉館長。東京大学大学院生物化学専攻博士課程修了。理学博士。国立予防衛生研究所を経て、1971年、三菱化学生命科学研究所に入り、日本における「生命科学」創出に関わる。生物を分子の機械ととらえ、その構造と機能の解明に終始する生命科学に疑問を持ち、独自の「生命誌」を構想。1993年に「JT生命誌研究館」創立に携わる。早稲田大学教授、東京大学客員教授、大阪大学連携大学院教授などを歴任。『自己創出する生命』(ちくま学芸文庫)、『生命誌とは何か』(講談社学術文庫)、『科学者が人間であること』(岩波新書)、『中村桂子コレクション・いのち愛づる生命誌(全8巻)』(藤原書店)、『老いを愛づる』『人類はどこで間違えたのか――土とヒトの生命誌』(中公新書ラクレ)など著書多

◎中村桂子さんが語る「人間は生き物である」
 #1:「私たち生き物」の中の私として生きる
 「生命誌」から見えてくる世界
 (ディスタンス・メディア F4-8-1/10 Jan. 2025
ノンヒューマンからの眺め)


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