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ポール・ハルパーン『シンクロニシティ 科学と非科学の間に』/C・G・ユング パウリ『自然現象と心の構造―非因果的連関の原理』/C・G・ユングの夢セミナー パウリの夢

☆mediopos-3070  2023.4.14

ポール・ハルパーン『シンクロニシティ』は
「アリストテレスの物理学から量子もつれまで」
「偶然の一致」に関する
科学者・哲学者の営為の歴史を旅していく
冒険の書とでもいえるだろうか

現代物理学で説かれる
光の速度よりも速く瞬時にシンクロする量子の世界

そのシンクロニシティの概念は
ユングによって非因果的な作用として提唱され
パウリによって掘り下げられた

ユングとパウリは1952年に2人の研究の集大成として
共著『自然現象と心の構造』を発刊し

「シンクロニシティを因果律と同列に位置づけ」
「対称性に根ざした非因果性と、
決定論的な原理の両者を許容し、
いずれの現象も説明できるように
統一的理論を構築すべきだ」と指摘している

このシンクロニシティの概念は
科学的に実証されてはいないものの
一連の物理学の潮流に深く影響を与え
「新たな宇宙観につながる」可能性を有している

「シンクロニシティ」という言葉が広まったのは1970年代
アーサー・ケストラーの著作『偶然の本質』がきっかけで

量子力学とのつながりにおいて認知されたのは1987年
「自然現象を深部で司る
「内在秩序」と呼ばれる概念」を提唱したボームの
共同研究者F・デイヴィッド・ピートの論文である

そしてなんといっても
「シンクロニシティ」という言葉が爆発的に広まったのは
「ユングのいう意味のある偶然の一致に
ストーリー性を持たせてみた」(スティング)という
ポリスのアルバム『シンクロニシティ』(1983年)である

さて「シンクロニシティ」という概念は
無数の宝珠が結び合って
そのひとつひとつが互いに映しあうという
華厳経の宇宙観であるインドラの網と近しい

自然現象だけではなく心的現象についても
どんな現象もひとつだけ切り離されてはいない
たったひとつの変化が宇宙全体の変化をもたらす

カオス理論で扱うカオス運動において
わずかな変化がその後の大きな変化をもたらすという
バタフライ効果が同時的に起こるとでもいえるだろうか

偶然の一致
というよりは
偶然というのは認識できていない事象の一致であり
すべては結び合いながら同期しているということだろう

故にわたしたちの思いや行いも
そのひとつひとつが同時的なバタフライ効果を
もたらす可能性を秘めているということになるだろうか

ポリスの「シンクロニシティⅠ」の歌詞に
「we can dream Spiritus mundi.」というところがあり
シンクロニシティが「The missing link」として
表現されているが
私たちがおりにふれて体験するシンクロニシティにも
どこかに「The missing link」があるのだろう

■ポール・ハルパーン(権田敦司訳)
 『シンクロニシティ 科学と非科学の間に』(あさ出版 2023/1)
■C・G・ユング/パウリ(河合隼雄・村上陽一郎訳)
 『自然現象と心の構造―非因果的連関の原理』(海鳴社 1976/1)
■C・G・ユング(スザンヌ・ギーザ― 編)(河合俊雄監修/猪股 剛他訳)
 『C・G・ユングの夢セミナー パウリの夢』(創元社 2021/7)

(ポール・ハルパーン『シンクロニシティ』〜「第7章 シンクロニシティへの道〜ユングとパウリの対話〜」より)

「パウリとユングのやりとりが生んだ大きな功績の1つは、2人が最も親交を深める1950年代はじめにかけて、双方の研究分野が融合を見ることである。パウリのおかげでユングは、確率的表現や観測による影響といった、量子力学の表す内容に精通するようになった。逆にユングのおかげでパウリは、神秘主義や数秘術、そして古代の象徴主義の研究に心を奪われるようになった。

 やがて2人は、かつてのピタゴラス学派と同じく、特定の数に価値を見いだす。その1つは、「2」だった。波と粒子、観測者と観測対象といった二重性を自然の摂理としたボーアの相補性の原理は、両者にとって革新的な概念だった。そのボーアはオランダの哲学者セーレン・キルケゴールの著作(『あれか・これか』ばど)の中の二分法に感化されたとみられ、一族の家紋に陰陽を表す太極図を取り入れている。また、ハイゼンベルクの不確定生性原理は、位置と運動量、エネルギーと時間といった2つの要素からなる組に対して、一方が判明すると他方が判明しないと謳い、二重性を表現していた。

 パウリはユングによる精神治療を通じて、二重性の元型という概念の妥当性を認めるようになった。男性は己の女性らしさ(アニマ)を、女性は己の男性らしさ(アニムス)をそれぞれ抑制しているとのユングの主張を支持するようになったのである。つまりは、夢の描写の多くはそのような抑制を象徴するというユングの説明を受け入れたのだった。

 それは彼にとって、荷電共役対称性(正負の電荷の変換に伴う対称性)やパリティ対称性(鏡像対称性)、時間反転対称性などの二重性を、物理学において探究する契機となった。

(・・・)

 数に関して二重性以上にパウリとユングが重視したのが、「クワテルニオ」だった。ラテン語で、4つ1組の意だ。その概念はエンペドクレスの四元素説に源を発し、そこから錬金術や、ピタゴラス学派のシンボルであるテトラクチュス(1から4までの整数を構成要素とする三角形)へと派生した。」

「1950年、ユングは論文発表を視野に、シンクロニシティに関する考察を掘り下げる。パウリから助言を得ながら、心理学における主要原理として表現しようとした。その中で、自らの思想の中心に位置づけるクワテルニオを、自然の摂理として採用する方法を模索する。

 そして1951年の1月20日と2月3日の2日間にわたって、シンクロニシティに関する考察内容を心理学クラブで講演する予定を立てる。その準備としてユングは1950年6月20日、因果関係と対応性の図を手紙にしたためパウリに送った。

 書簡中のクワテルニオの図を見たパウリは1950年11月24日、時間と空間を相対する要素として分けたユングの考えを手直しして、返事を送った。時間と空間を対立する概念ではなく1つの対象————時空————とみなしたアインシュタインの画期的な視点を説明し、新たな図を書き添えたのである。」

「パウリの後押しを受けて、「シンクロニシティの一般化」という難題に果敢に挑んだユングは、最終的に精神的要素を排除した上で、非因果的な作用としてシンクロニシティを表現した————つまり、純粋に物理的な相互作用として記述したのである。明記されてはいないが、「量子もつれ」の概念ももちろん含まれていた。」

「ユングとパウリは1952年、2人の研究の集大成として共著、『自然現象と心の構造』を発刊した。その共著は2つの論文で構成されている。ユングによる「シンクロニシティ:非因果的連関の原理」と、パウリによる「元型的観念がケプラーの科学理論に与えた影響」だ。」

(ポール・ハルパーン『シンクロニシティ』〜「終章 宇宙のもつれを繙く」より)

「一連の物理学の潮流において、ユングの果たした役割は決して小さくないだろう。たしかに、彼の提唱した元型や集合的無意識といった概念は、独創的であり、また魅力的でもあるが、科学的に実証されているわけではない。(・・・)

 ユングが提唱し、パウリが掘り下げた「シンクロニシティ」という概念は、心理学だけを背景に語ることはできない。あくまで思弁的な考えで、厳格に管理された実験の裏打ちがあるわけではないが。革新的な進展を見せる量子力学と摺り合わせれば、新たな宇宙観につながるとも考えられる。実現すれば、厳格な因果律と純禅たる確率が支配する世界の向こう側が覗くかもしれない。非因果性の統べる世界が、である。

 はたしてパウリとユングの2人は、シンクロニシティを因果律と同列に位置づけ、いみじくもこう指摘した。対称性に根ざした非因果性と、決定論的な原理の両者を許容し、いずての現象も説明できるように統一的理論を構築すべきだ。と。」

「「シンクロニシティ」という言葉が広く世に浸透したのは、1970年代である。超心理学の枠組みの中でユングの学説を論じた、アーサー・ケストラーによる『偶然の本質』などの著作がきっかけとなった。」

「主に量子力学とのつながりという観点において、シンクロニシティが世間に認知されたのは、ボームの親しい共同研究者だったF・デイヴィッド・ピートがシンクロニシティに関する書籍と論文を発表した1987年である。自然現象を深部で司る「内在秩序」と呼ばれる概念を、ボームが提唱した後のことだった。そのボームの考察とシンクロニシティとの間に、ピートは共通点を見出したのである。」

「シンクロニシティにとって最高の檜舞台は、間違いなくロックバンドのポリスのアルバムだろう。哲学的命題を音楽に反映させることの多かったポリスは1983年、アルバム『シンクロニシティ』をリリースした。週間ヒットチャートのトップを記録した同アルバムには、共時性の概念を讃美する「シンクロニシティⅠ」と、ふとした瞬間に表出する密かな事象を未確認動物のネッシーになぞらえたポップな「シンクロニシティⅡ」が収録されている。

(・・・)

 クリストファー・コネリーはアメリカのカルチャー誌、『ローリング・ストーン』でこう記している。

 「『シンクロニシティ』は、共時性という概念を音楽で具体的に表現したアルバムだ。世のつながりには、必ずしも直接的な因果関係があるわけではない。遠く離れた人との大切なつながりをわざわざ解く必要はない。『つながりの原理/未知の世界へ・・・・・・』と歌う『シンクロニシティⅠ』の中で、スティングはそう語りかける。そして最終的に、相関の原理によって、人間は意志と知性を得られると説くのだ。統一と理解に向けて努力する中で、違いが受け入れられ、ひいては違いが称賛される世になる、と」

◎ポール・ハルパーン(Paul Halpern)
アメリカ・ペンシルベニア州フィラデルフィアにある科学大学で物理学教授を務める。 ペンシルベニア州フィラデルフィア在住。 著書に『The Quantum Labyrinth(量子世界という迷宮)』『Einstein’s Dice and Schrodinger’s Cat(アインシュタインのサイコロとシュレーディンガーの猫)』など16冊がある。 本書にて「Physics Worlds Best of Physics in 2020!」を受賞。

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