アーノルド・ミンデル『対立を歓迎するリーダーシップ/組織のあらゆる困難・葛藤を力に変える』
☆mediopos2641 2022.2.8
フロイトは個人の無意識にアプローチし
ユングは集合的な無意識にまでそれをひろげ
個性化という錬金術的統合に向かったが
ミンデルは個人の内面だけではなく
身体的なもの・人間関係・集団・社会にまで
その射程を拡げるプロセスワークへと向かう
そのためにそれぞれの領域における
気づきである「アウェアネス」を用い
注目され意識されやすいものだけではなく
タオを説く老荘思想や量子力学を引き合いにだしながら
「放置されたもの」「予測できないもの」
「神秘的なもの」「目に留まったものすべて」にまで
現れているものすべてには意味があり
それらの事象には現れる意図があるのだとする
本書ではそうしたプロセスワークを
組織の変容のために用いることを示唆している
ミンデルは対立を調停するのではなく
隠されていた対立を引き出す
対立するものの間には見えない壁があり
それをミンデルはエッジと呼んでいるが
そのエッジへ介入するために
対立しているもののあいだに会話を引き出し
それぞれが相手の立場への気づきを育むことをサポートする
そうすることで組織や集団の変容を促すのだ
プロセスワークが
そうした「ワールドワーク」といった
異なった意見をもつ集団での「アウェアネス」に向かうのは
「私」を閉じたものとしてとらえてはいないからだ
「私」を開かれたものとしてとらえるとき
さまざまな対立(葛藤)は
「私」の内面にだけではなく
身体や人間関係・集団・社会においても
同様にとらえることができる
ユングのいう「個性化」を
さまざまな「フィールド」において
図ろうとするのがミンデルのプロセスワークなのだろう
ネガティブなかたちで現れているものがあるとしても
それらはすべてそれぞれのフィールドにおける
「個性化」のために現象化していると捉えることができる
その視点からすれば
私たちがこうして生まれてきているのも
そのなかで起こっているさまざまなことを
みずからの内面においてだけではなく
じぶんの関わるさまざまなフィールドにおいて
統合・変容へと導くことが課題なのだといえる
「汝自身を知れ」というときも
その「汝」はこの「私」だけではない
「私」というフィールドは
宇宙の極小から極大にまで
ひろげてとらえることもできる
■アーノルド・ミンデル
(松村憲・西田徹訳/
バランスト・グロース・コンサルティング株式会社 (監訳))
『対立を歓迎するリーダーシップ/組織のあらゆる困難・葛藤を力に変える』
(日本能率協会マネジメントセンター 2021/12)
(「解説」より)
「ミンデルは無意識と呼ばれる心は、内面のみならず、身体の姿勢や症状に現れたり、人間関係や人生に、集団に、社会に現れると考えました。個人の人生を振り返れば、自分の思いどおりに計画・実行して進む部分と、ご縁としかいえないような自分のコントロールを超えた出来事とが相互に織りなされていることに気づくと思います。プロセスワークは世界や人生のコントロールできない部分も含めて、「プロセス」という用語を使い、無意識の理論をより分かりやすく、実戦可能なものに進化させました。そこには「アウェアネス」と呼ばれる純粋な気づき、ユングの理論を発展させた「目的論」(起きてくる事象自体に意図があり、意味があると考える思想)、タオの流れを説く東洋の老荘思想、エネルギーと物質の非線形的な理論である量子力学などが思想背景として含まれています。
ワールドワークは、ミンデルがプロセスワークを発展させる過程で生まれました。」
(アーノルド・ミンデル『対立を歓迎するリーダーシップ』より)
「21世紀の世界では、政治学、心理学、スピリチュアリティ、物理学は、互いに独立した別々の領域として存在しています。また、フィールド理論、ドリームワークとボディワーク、関係性ワーク、国境を超えた組織的ワークといった概念も存在します。今こそ、小規模のあるいは大規模の集団がそれぞれの環境の中でともに生き、働き、成長していくことを促す手法としての「ワールドワーク」を発展すべきときです。私たちは、心理学、科学、スピリチュアルな伝統の知識を活用し、かつそれらに縛られることのないワールドワークを必要としています。大きな組織と個人の両方をワークし、より有意義で楽しい世界を創造していく新しい職業を創り出す必要があります。この新しい職業は、これまで別々のものであった複数の職業を統合し、必要に応じて環境や物理的宇宙と相互に作用し合い、私たちが生きている時代の精神性から利益を得るものでなければなりません。」
(「ディープ・デモクラシー」)
「民主主義(デモクラシー)は素晴らしいが、それだけではいまだ何か成りないとミンデルは考えます。多数決の原理が支配するデモクラシーとは異なり、ディープ・デモクラシーでは、すべての声を尊重します。性別・学歴・民俗などにおける主流派と少数派の両方の声を重視します。それに加えて、自分自身の中にある強い感情・価値観や理念(主流派)だけでなく、現れ出ようとする自分の中の何か(少数派)にも注意を払うという意味も持っています。」
(「プロセス」)
「春夏秋冬のように全ては移ろいゆくという概念に加え、病気・憎悪・苦痛といった一見ネガティブに思えるものに対してもアウェアネスを持って、大いなる流れに従うことで有意義なものが生まれるという考え方です。禅における「日々是好日」、すなわち晴れの日も雨の日も、すべての日は良い日であるという姿勢にも通じます。」
(「ワールドワーク」)
「数十人程度の様々な意見を持つ人たちが集まり、真摯な対話を行います。多くの場合、原発廃止派と原発存続派のような両極を立てての議論を行います。訓練されたファシリテーターの進行により、参加者は相手側の立場を理屈で理解することから大きく進展し、深い感情レベルでの相手側への気づき(アウェアネス)を得ることができ、対立関係から新たなものが生まれます。」
(「第12章 路上とエコロジー」より)
「私は以前、健康や癒やしとは、良い食べ物を食べ、十分な運動をし、心理的に良い状態であることだと考えていました。しかし、私は次第にそういった健康に関する短絡的な考え方から離れていきました。」
「人間のシステムは、短絡的な方法で改善することはできません。私たちの世界はあまりにも複雑だからです。」
「優れたエコロジーとは、心の状態を利用して全体のプロセスに従うことを意味します。」
「私たちが有害だと思っているものが、人や地球のために役立つかもしれないと考えることはできないでしょうか? 」
「優れたエコロジーとは、地球と調和して生活を送ることであり、それができるかどうかは、道(タオ)に入り、自分がいるフィールドのエネルギーに従うことができるかどうかにかかっています。」
「個人が道(タオ)に生きるように、コミュニティが道(タオ)に生きるということが、すべての部分にアクセスできる状態で調和的に生きるということです。もしコミュニティの中に、感情的な緊張がたくさん堰きとめられているのだとしたら、感情を解放するための出口を作るだけで、コミュニティはより調和の取れたものになります。感情を解放することと、雨が降ることには、それほど大きな違いはありません。」
「優れたエコロジーを実践するためには、放置されたもの、予測できないもの、神秘的なもの、目に留まったものすべてに従わなければなりません。これは、自分の身体や夢、家族や集団のことを考えるとき、地球のことも考えることを意味します。それはマイノリティの意見をサポートし、聞こえないものや素晴らしいもののために立ち上がることを意味します。それは、厄介なフィールドに勇敢に飛び込み、それをバラバラにして、その知恵に任せて元どおりに組み立てることを意味します。そして自分が賢いように振る舞うのではなく、集団の叡智を引き出すこと、リードするだけでなくファシりてーとすることを意味します。」
(「第15章 ディープ・デモクラシー」より)
「新たなミレニアムへと突入した今、私たちが個人や集団としてのアイデンティティに頑なに固執してしまうことも、人間の歴史が紛争や戦争で彩られてきた原因の一部であると私たちは気づきはじめています。熱力学第二法則には、人間の振る舞いに関する古い神話が反映されています。つまり、意識が欠如した世界は無慈悲に死に向かって流れてゆくことが示されているのです。闇に包まれた感情の閉鎖系の中では、人間はひとつの側につくか、別の側につくかしか選択肢がありません。科学、神話、そしてごく普通の常識が、自滅について私たちに警告しています。電磁場の中で自らの「二重身(ダブル)」に消滅させられたファインマン理論での電子のように、あるいは自らの音室の中で死にかけている世界のように、私たちは敵とは違う存在でるかのように装い、気まぐれな神々に翻弄される無力な存在であるかのように振る舞います。
しかし、科学と神話は変容の可能性も予言しています。ファインマンの「目覚めた電子」やマクスウェルの「アウェアネスを持った悪魔」のように、私たちも一次的に時空を超えて、エントロピーを反転させ、自然に寄り添って流れることが可能です。熱死や温室効果に代わる選択肢として、自己治癒力を持つシャーマンのように、世界が時間の直線性から抜け出して様々な役割をプロセスするという、世界変容の偉大なビジョンがあります。このようなビジョンは、最終的に性向するに違いありません。なぜなら、セルフウェアネス、グループアウェアネス、対立をプロセスすることは、戦争よりもスリリングで、平和よりも創造的だからです。」
【目次】
第1部 理論と手法
○第1章 混乱の渦中で
個人の責任/プロセスのアイディア
○第2章 フィールド理論
フィールド理論/感情と集団/フィールドの特徴――情報の漂流/フィールドがメンバーのアイデンティティを組織する/フィールドには境界がない/フィールドは力として感じられる/フィールドには多数のチャンネルがある/フィールドには人間のような特徴がある/フィールドとはドリームボディである/フィールドは進化する/思考実験
○第3章 タイムスピリット
投影とプロセス/役割とタイムスピリット/変容するタイムスピリット/スペース(空間の)スピリット/フィールドエクササイズ
○第4章 フィールドへの介入
混乱と自己均衡化アトラクター/フィールドは自己均衡化する/知恵と自己均衡化/エッジと自己不一致の症状/アウェアネス/感じ取る/集団のアウェアネスに取り組む/分類する/タイムスピリットとスペーススピリットを特定する/客観性と中立性ロールスイッチ/モデルとしてのファシリテーター/エッジ/天気予報/意識状態の変化/パワーの盛衰/そのひと個人であること/調和は役に立たないことがある/将来を推定する/集団的無意識/ブランクアクセス/教えること/1 集団のエッジ/2 集団における問題の分類/3 ウェザーリポート/4 急速な状態の変化
第2部 リーダーシップのメタスキル
○第5章 武道家としてのリーダー
役割としてのファシリテーター/集団のエネルギーから学ぶ/セルフバランス/隠れた気と2次プロセスに従う/自然を愛すること/デタッチメント/薪を燃やす/対立の経験を積む/対立を自らの運命として受け入れる/ひとつの例/攻撃者を支援する/南アフリカの例/対立と攻撃に関するファシリテーションのエクササイズ
○第6章 ディープ・デモクラシーとインナーワーク
攻撃を予期する/プロセスワーカーとしてのリーダー/リーダーの無意識/草の根のリーダー/ワールドワークとインナーワーク/南アフリカの内側と外側/質問/エクササイズ
○第7章 混乱の中のタオイスト
物理学と心理学におけるアウェアネス/アウェアネスと変化/混乱のパターンとエッジ/混乱の渦中で/質問
第3部 グローバルワーク
○第8章 葛藤解決の実践
葛藤解決の段階1 回避vs理解/葛藤解決の段階2 気づく/葛藤解決の段階3 悪質性の判断/葛藤解決の段階4 関与することを意識的に選択する/葛藤解決の段階5 対立の相手に取り組む/葛藤解決の段階6 アウェアネスをプロセスする/葛藤解決の段階7 自分の味方をする/葛藤解決の段階8 中立の立場へとディエスカレートする(沈静化)/葛藤解決の段階9 自然と中立的になる/葛藤解決の段階10 相手の側に立つ/葛藤解決の段階11 サイクリング/葛藤解決の段階12 フィールドを離れる/葛藤解決の段階13 集団でのワーク/葛藤解決の段階14 個人でのワーク/まとめ/葛藤解決のエクササイズ
○第9章 マイノリティのアウェアネス
マイノリティ問題の否定/マイノリティのメンバーと集団の極端な意識状態/メタコミュニケーターの不在/マイノリティのアウェアネス/マイノリティの立場の心理/励まし/1 あなたのモンスターを知る/2 モンスターに餌を与える/人道的で恩着せがましい/お祭り好き/形式ばっている/抑圧的/人種差別的/宗教的/3 インナーワークを行う/4 自分の側に立つ/人前で自分の立場をプロセスする/5 ロールスイッチ/6 愛する/質問
○第10章 カーストと人種差別のシステム
人種差別と部族主義/カースト制度/不可触民/タイムスピリットとしての人種差別/分離主義と差異/人種・宗教的緊張をプロセスする/質問
○第11章 女性と男性
条約と解決策/エクササイズ
○第12章 路上とエコロジー
エコロジーと健康/エコロジーとシンクロニシティの効果/優れたエコロジー/リーダーは死ななければならない/地球への奉仕/ポートランドの路上生活者/エクササイズ
第4部 宇宙の可能性
○第13章 心の反転とヒーリング
時間を遡る/ファインマンのフィールドにおける電子のモデル/「二重身」の生成/時間と心の反転/内的経験と外的事象/グローバルな意味と結合した事象/時間を遡るエクササイズ
○第14章 アウェアネスとエントロピー
自己均衡化と自滅/物理学におけるエントロピー的な破壊/マクスウェルの悪魔/アウェアネスとエネルギー/歴史、変化、アウェアネス
○第15章 ディープ・デモクラシー
病気と対立/自己均衡化とアウェアネス/地球の未来/新しい神話とアウェアネス/ディープ・デモクラシー/都市のエルダーたち/エルダーの悩み